約束の7日目

バイトを終え、カーメラッドの自室へと帰ってきた俺は、今日出会った男の黒いモヤのようなものについて考察していた。


——あれは恐らく、人を操る【化け物】の力の影響だ。


なぜなら、男の右肩を叩く時に退使からだ。

事実、何かを弾いた感覚があったし、一瞬でモヤも消え去った。


人を操る【化け物】にはいくつか心当たりがあるが、大まかに分けると、取り憑いて操る直接型と何らかのツールを介して操る間接型の二種類存在している。今回は黒いモヤというツールから、間接型の方だったと考えるのが妥当であろう。


とはいえ、あれだけでは【化け物】の正体が断定できない。今後も同じようなことが起こる可能性がある以上、警戒しておく必要があるな。


———————————————————————


翌朝。ルナさんのライブ当日。

俺が起きた時点で既にルナさんはカーメラッドを出ている。

そして他の4人はルナさんの応援に行くそうで、準備を色々としているみたい。

聞くと、本人の招待チケットなるものを貰っていて、せっかくの機会だから、とのこと。


ちなみに、俺の分のチケットは無い。ま、ほんの一週間前にここに来たばかりだし、当然といえば当然か。


…って、そうか、今日が約束の一週間の最終日!


今日まで、俺は別に変なことをしてはいない…はず。幽霊成仏させたりとか風邪引いたりとかはあったけど多分関係ないよな?!


なら、今日一日大人しくしていれば問題ない!


…とは言ってもなぁ。


せっかくの日曜日だし、部屋に閉じこもるってのも…。

どうせ、ライブが終わる夜まで誰も帰って来ないだろうし、外出するか。


先週はうちの大学のイベントで、学生以外でも無料で講義を受けられるっていうオープン講義があったんだよなぁ。ま、色々あって受けに行く気力が無かったわけだが。


で、先週の穴埋めというわけじゃないが、遠坂と刈谷に連絡してみたんだが、残念ながらどちらも予定があって無理だった。無念。


そうこうしているうちに、4人がカーメラッドを出ていったようだ。


う〜ん、マジでどうすっか…。


俺もライブに行くっていう選択肢はあるが、あのスーパーアイドルの早乙女ルナのライブだ。当日チケットなんて無いだろうな。

ま、会場は夏樹原ナツバのすぐ傍の夏原中央公園だし、いっそのことその夏樹原にでも行って適当にブラブラするか。


何せ、あそこにはいくらでも遊べるところがあるんだし。


———————————————————————


ゲーセンや一人ボーリングとかをやっていると、そろそろ小腹が空いてきた。時計を見ると、ちょうど昼過ぎくらい。飯でも食うか。


今日のルナさんのライブは、確か5万人規模だったかな。で、前半部と休憩挟んで後半部の二部構成。


今はその休憩時間あたりかな?


夏樹原ナツバをこうやって適当に歩いているだけで、グッズを身に着けたルナさんのファンらしき人達とよくすれ違うし。


そういや、会場となっている夏原中央公園だが、ちらっと見たら普段出てない出店が結構あったな。

夏樹原にもフードコートはあるが、せっかくだし出店の方に行ってみるか—————



————うんうん、たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、アイスクリームにわたあめ等々…完全にお祭り気分だな。

特設ステージには行けないけど、出店はやっぱりチケット無くても利用可能みたいだ。


思うままに食べ歩きをして、ゴミを捨てに行く途中。


「「…あ」」


黒髪美少女の女子高生、蓮ちゃんに出くわした。


「…辰波さん、来てたんですね」

「…あ、うん。俺は夏樹原ナツバの方だけど」


どことなく気まずい雰囲気が流れる。


…うん、まぁ、気持ちは分かるよ?


カーメラッドには、俺だけ置いてかれたような感じだったし?


まさか、可能性があったとはいえ、こんなところでバッタリ会うなんて思って無かったし?


…さて、どうしよう。

普通に考えれば、蓮ちゃんは恐らく皆がいるであろう特設ステージ方面に戻るハズだし、俺は夏樹原に戻るつもりだから、ここで挨拶でもして自然に別れるのが正解だろう。

だが、この雰囲気だと、どっちがそれを切り出すか…お互いに譲り合っているようで、結局進まずに無言の時間が過ぎていく。


「…あー、えっと、俺………っ?!」


しびれを切らし、自分から言おうとした瞬間———

俺は地面に伝わる僅かな振動を感知した。


そして、それは蓮ちゃんも感じたらしく、表情が変わる。


これはもしや————


ただの地震とは違う、違和感。


その証左に、俺と蓮ちゃん以外、誰も気付いた様子はない。


すぐさま、〈竜の眼〉を発動する。


「た…辰波…さん…?」


どうやら、翡翠さん同様蓮ちゃんも、俺の〈龍気〉に気付いたっぽい。

だが、今はそんなことに構っている時間が無い!


「…?!マズい、この気配——【魔獣】が来るぞ!」


次の瞬間————

轟音と共に特設ステージをぶち破って、巨大な熊型【魔獣】が出現する!!


「まっ、魔獣だぁぁぁぁぁっ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


「えっ、嘘…どうしてこんなところに魔獣が?!」


悲鳴を聞き、驚きで硬直している蓮ちゃんに、俺は怒鳴るような声をかける。


「ここで驚いている暇はない!!すぐにみんなを避難させるんだ!!」

「は、はい!!」


事態を理解した蓮ちゃんは、近くの警備員達にも声をかけ、人々の避難誘導に動き出す。


それを確認すると、俺は魔獣のいる特設ステージへ向かう。

おそらく一番危険そうなのは、特設ステージ近くにいるであろうルナさんだ。


「ちっ…よりによってこんな人が集まっているところにピンポイントで魔獣が出現するとはなっ…!」


————無事でいてくれ、ルナさんっ!!

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