居候6日目

翌朝。昨日のカーメラッドの住人達のお陰で、風邪はすっかり良くなった。

リビングに下りると、皆が既に集まって朝食をとっているところだった。


「おはよーございます〜」


「治ったみたいね」


紫苑さん、お粥ありがとうございました。


「もう治っちゃったの〜?面白くないわね」


美咲さんは俺をからかうネタが一つ無くなっただけですよね?


「今後も気を付けて下さい」


はい、気を付けます、蓮ちゃん。


「誰にもうつさなかったのは評価してあげる」


そんなので評価されてもあんまり嬉しくないです、翡翠さん。


「馬鹿は風邪引かないっていうから、治るのも早いのね、きっと」


冷たい一言、相変わらず痛いです、ルナさん。


「皆さんの協力のお陰です。ありがとうございました!」

「「「「………ん」」」」


…あれ?

俺なりに真心込めて感謝を伝えたが、全員の反応が思ったよりも薄い?なんか虚しい…。


そんな皆の態度をフォローするように、紫苑さんが、


「昇くん。ひとまず席について朝食をとるといいわ。こんな感じだけど、みんな一応ホッとしているんだから」


いつもと同じニコニコ笑顔を見せる。ああ、癒やされるなぁ。


「はい、そうします」


俺は席につくと、早速皆と同じ朝食をとった。


———————————————————————


「よう、昇!どうやら風邪は治ったみたいだな」


大学の正門前で、遠坂に声を掛けられる。


「おう、どうにかな」

「あ、そうだ。ちょい待ち」


遠坂はバッグの中から数枚のプリントを出し、俺に渡してくる。


「ほれ、お前が休んだ講義のレジュメのコピーだ」

「おお、サンキュ!そのうち何かでこの礼はするから」

「へっ、期待しないで待ってるぜ」


それから二人で雑談しながらそのまま講義室へ向かう。


「そういや、あれから今日で6日経ったけど、住人達とは上手くやれてるのか?」

「いや、それほどでもないな。まあ、初日に比べると、かなりマシかも」

「そうか。俺の方はいつでも構わないから、あと1日頑張れよ」

「ああ、そうだな」


今のままいけば、多分大丈夫だとは思うが、油断は禁物だな。

万が一駄目でも、遠坂の保険がある。気楽にいくとしよう。


———————————————————————


講義を終え、一度カーメラッドへ戻り、バイトに向かう途中の夕方。


通りがかった商店街で、ちょっとした人集りができていた。


…ん?何かあったのか?


気になったので、近くまで行くと、ルナさんがファンサービスをしているところだった。


「明日のライブ、楽しみにしています!」

「ありがとう〜!」


へぇ〜、こうやって見ていると、やっぱりルナさんは凄いアイドルだったんだなぁ。


明日の準備があるから、と笑顔で言って解散させた後。


物陰からその様子を見ていたらしい、サングラスとマスクをつけた黒ずくめの怪しい人が、ルナさんの後を付けているのが見えた。


…え、何?あの如何にもな奴は?ストーカー?


と思って観察していると、そいつの異常性に気付く。


あれだけ怪しい格好なのに、すれ違った人は気にも留めない。

ほぼ夏場だというのに、黒を着ているにも拘らず暑そうな素振りを全く見せない。


そして——。


奴の周りに、薄っすらとした黒いモヤのようなものが立ちのぼっていたのだ。


………まさか。


奴とルナさんとの距離が、除々に短くなっていく。


俺は急いで奴に近づき————


「…、そんな格好で何してるんだ?」

「はひぃっ?!」


右肩を叩くと、奴は驚いた様子で俺を見た。


同時に、何かを弾いた感覚と共に黒いモヤのようなものが霧散する。


「…え?あれ、俺、なんでこんなとこに…?って、暑っ?!クソ暑っ!!」


30代くらいの男だ。黒いコートを脱ぎ、サングラスもマスクも取ると、モブ顔と言ってもいいくらいのフツメンだった。


男の声を聞き、ようやくルナさんも「い、いつの間にいたの?!」って顔で男を認識したようだ。


「大丈夫か?ちゃんと帰れるか?」

「あ、あぁ、すまない…。とりあえず、駅はどっちだ?」


男は、自分の意思でここに来たわけでは無さそうだな。


「ならちょうどいい。俺も駅方面に行くつもりだったから、案内するよ」

「…すまない、助かるよ」


それから俺は、申し訳なさそうにする男を無事に駅まで送り届け、ファミレスのバイトへと向かった。


「…。ふふふっ…」


…俺を捜していたであろう、の姿に気付かずに。


———————————————————————


昇がバイトに勤しんでいる中、カーメラッドのリビングには住人5人が集まっていた。


話題は勿論、明日で約束の一週間が経つ昇のこと。最初に口を開くのは、紫苑。


「皆、明日で約束の一週間だけど、これまでの彼の行動で、不審なところはあったかしら」

「私が思い当たることといえば、風邪を引いたことと、幽霊騒ぎですね」


そう言ったのは蓮。


「幽霊騒ぎ?何、それ?」


ピンときてないのはルナ。


「そういえば、ルナには詳細を話して無かったわね。ほら、今昇が使っている部屋、女性の幽霊が出ていたのは知ってるわね?」


美咲がルナに確認をとる。


「うん。あの白い着物の女性でしょ。あいつ、よくあんな部屋で寝起きしているわね…」

「あの幽霊、もう出ないの」

「えっ、どういうこと?」


ルナが目を丸くして紫苑に聞き返す。


「あの幽霊、昇くんが話を聞いてあげて、成仏させたようなの。私は直接見たわけじゃないけど、その辺は美咲がよく知ってるわ」

「そうなの?美咲」

「ええ。私はその場にいたから。とにかく、今でも現実味がないような光景だったわ。だから、あの幽霊が出なくなったのは確かよ。信じられないようなら、次の満月の深夜に確認しに行ってみたら?」


少々悪戯っぽい顔で答える美咲。


「…美咲がそういうなら」


幽霊話はここで終わり、紫苑は次へ進める。


「他には何かない?」

「じゃあ、私から」


スッと手を挙げたのは翡翠。


「…この間、ゆかりさんの喫茶店へ向かう途中のことですが、後ろから誰かがついてくる気配があったんです。その時辰波くんが、ストーカーらしき二人組の男たちを追い払ってくれました」

「へぇ〜。ちょっとは頼り甲斐がありそうじゃない」


感心するルナに、紫苑は、


「そういうルナも、ついさっき怪しい男から助けてもらったじゃない。偶々だけど、見てたわよ?」


と言ってくる。


「傘のこともあるじゃない?この中だと、あなたが一番助けられているんじゃないかしら?」

「あ、あれは…その、感謝、してるわよ…」


恥ずかしそうに耳まで赤くするルナ。

これ以上は可哀想だと思い、紫苑も黙っていたことを話すことにした。


「じゃあ、私からも。皆、この間の味付けが変わった朝食のこと、覚えてる?」

「この間の?あ、もしかして、和食のときですか?」

「ええ。あれ、実は昇くんが作ってくれたの。本人からは、私が作ったことにしてほしい、って言われていたけど」


一瞬の沈黙。そして。


「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」」」」


4人が同時に驚きの声を上げる。


「じょ、冗談ですよね…?」

「嘘じゃないわ。ほら、昇くんってここに来る前はアパートで一人暮らししていたでしょう?その時からずっと自炊していたらしいのよ」

「言われてみれば…」

「…それに、確かファミレスでバイトもしているって」


そこまで深く考えたこともなかった事実に気付かされ、唖然とする。


「…ね?そういうことだから、これからも彼をここに住まわせてあげようと思うのだけど、どうかしら?」


紫苑が皆を見回すと、どうやら反対する者はいないようだ。


「約束は約束だしね…」

「…まあ、いいでしょう」


ポツポツと賛成の意見も出たので、本人の知らぬ間に昇の継続居住が決まったのだった。

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