居候5日目

翌朝。

酷い頭痛で目が覚めた。


「あ゛〜、具合悪…」


慣れない環境での疲れか、昨日の雨の影響か。

いや、きっと後者だろう。


体温計で測ってみると、38.9℃と出ていた。うん、多分風邪引いたな。とりあえず、紫苑さんには伝えておこう。


よろよろと壁伝いにキッチンへ降りていく。


キッチンでは、いつも通り紫苑さんが全員の朝食の用意をしているところだった。


「おはよーございますー…」

「昇くん?!顔色がかなり悪いわよ?まさか、昨日のせいで風邪を…?!」


驚いた様子で駆け寄ってくる紫苑さん。


「あー、そうみたいです…。今日は一日部屋で過ごすので、2リットルのペットボトルに入った水、もらえます?近くに置いておきたいので…」


「わかったわ。後でお粥も持っていくから、しっかり休んでおきなさい?」

「お願いします…」


部屋へ戻ると、友人二人刈谷と遠坂に風邪で休む旨の連絡を入れておく。するとすぐに、ゆっくり休んで治せ、と返ってきた。うん、理解ある友人達で良かったよ。


しばらく寝ていると、翡翠さんと蓮ちゃんが様子を見に来た。


「辰波くん、風邪引いたんだって?」

「普段の行いが悪いからです」


………。

って、冷やかしかよ!

そして蓮ちゃん、普段の行いって、俺、別に悪いことはしてないぞ!


…と今は文句を言う元気も無いんだけどな。


「紫苑さんに頼まれて持ってきたわ。さっさと治すことね」


という翡翠さんの手には、2リットルのペットボトルに入った水と、タオルがあった。


「私たちにうつさないように気を付けて下さい」


という蓮ちゃんの手には、水枕が。


…うん、言い方はアレだけど、一応気遣ってくれたのか。


「ははは…。努力します」


枕を取り替え、水とタオルを枕元に置いていくと、二人は部屋を出ていった。


またしばらくすると、美咲さんがやってきた。


「あら〜?大変そうね。私が添い寝でもしてあげちゃおうかしら〜♪」


うーん…万全の状態なら喜ぶところなんだが。ま、いつもの冗談なんだろうけど。


「…暑苦しいので、それはやめて下さい」

「つれないわね。まあ、8割は冗談だけど」


2割は本気だったんかい!!


「ほら、風邪薬。今紫苑がお粥を持ってくるから、食後に必ず飲むのよ?」


ただ冗談を言いに来ただけじゃなかったのか。


「ありがとうございます」


お礼を言うと、美咲さんは満足そうに部屋から出ていく。

入れ替わりに、紫苑さんがお粥を持ってきてくれた。


「食欲はある?」

「はい。今のところは」

「じゃあ、ここに置いていくわね。後で食器を下げにくるわ」


紫苑さんは机の上にお粥を盛った茶碗、梅干しを乗せた皿、スプーンを置くと、すぐに出ていってしまう。


…うん、分かってたよ。ラブコメの1シーンみたいに、あーん、と食べさせてくれるようなイベントなんて無い、ってことは。


身体をどうにか動かし、なんとかお粥を食べ終えると、風邪薬を飲んで再びベッドへ戻った。


………。


住人達のカーメラッドを出ていく音が聞こえなくなると、辺りが静寂に包まれた。


………静かなものだな。


こういう時、普段考えないようなことを考えてしまう。


——あいつらは今頃どうしているだろうか。


ふと浮かんできたのは、高校時代の友人達の顔だ。彼らはにより、容易に連絡が取れない状態にある。


『俺は、たとえどんなことがあっても、お前の味方だ』


と言ってくれた、ややがっしりとした体格でいつも髪を立てていた親友、山崎剛やまざきたけし


『まったく…。仕方ないわね』


と、何だかんだで俺の訓練相手になってくれた、赤みがかかったセミロングの茶髪を左側に纏めて下ろしていた剛の彼女、綾瀬響あやせひびき


そして——。


『…◼️◼️◼️だよ、***くん。ううん、●●●くん』


言葉も、顔も、声も、誰の記憶にも残っていないはずの


時折こうやって剛達を思い出すと、連鎖的に浮かんでくるの存在は、すぐさま消え去っていく。

まるで、この世界からその存在を否定されているかのように。

その度に感情何かが溢れ出しそうになり、別の理性何かが蓋をしてしまう。


いつからこうなってしまったのか。

原因はあったはずなのに、今は思い出せない。


「…寝るか」


こういうときは、寝るに限る。さっさと夢の世界へ旅立てば、余計なことは考えずに済むはずだ。


目を閉じれば、薬の副作用かすぐに意識が薄れていった。


———————————————————————


再び目を覚ましたときは、既に太陽が西の空へ沈んでいく時間だった。

寝汗をタオルで軽く拭き、枕元の水を少し飲んでから机の上を見ると、朝に食べたお粥の食器が片付けられていた。きっと、紫苑さんが持っていったのだろう。


朝に比べて、そこそこ身体が軽くなった感じがする。念の為、体温を測ってみるか。

…37.2℃。まだ微熱があるようだ。でも、これならもうすぐ治りそうだな。


「…邪魔するわよ」


そんな掛け声と共に部屋に入ってきたのは、ルナさんだった。その顔は、どこかばつが悪いようだ。


「…ルナさん、心配してきてくれたんですか?」

「べ、別にそんなわけないじゃない!…ただ、これを渡しにきただけよ」


見ると、熱を直に下げてくれそうな、貼り付け型のひんやりするシートが。


「…動くんじゃないわよ。動いたり、余計な行動をしたりしたら即殺すわ」


そう言って近づいてくると、俺の額にシートを貼ってくれた。


「ありがとうございます、ルナさん。優しいですね」

「か、勘違いしないで。これはあくまで私のためよ。私に傘を貸したせいで風邪を引いたなんて言われたくないし、ライブ前にうつされたりもしたくないだけなんだから…」


あう…。相変わらずのツンツン具合。やっぱ、俺への評価はまだ変わってないのか…。


ルナさんはやることをやった、とでも言うように、ふぅ、とため息をつくと、そのまま出ていく………わけではなく、一度こちらを振り返り、


「………昨日はありがと」


と小さく言ってから去っていった。


やっぱ、昨日のことを気にしてたんだな。


———————————————————————


夜。紫苑さんが朝同様、お粥を持ってきてくれた。


「昇くん、気分はどう?」

「紫苑さん。朝と比べると、だいぶ良くなりました。この調子なら、明日にでも治りそうです」


そう言うと、紫苑さんはいつものようにニコニコ笑顔で、


「そう、それなら良かったわ。明日からは普通にみんなと朝食をとれそうね」


と言ってくれた。


「じゃあ、お粥は机に置いておくわね。薬は後で持ってくるわ」

「わかりました」


紫苑さんが出ていくと、俺はベッドから身体を起こしてお粥の置かれた机へ移動する。

うん、かなり身体も動かせるようになってるな。


お粥を食べ終えたあたりで、美咲さんがやってきた。


「調子はどう?昇…って、聞く間でもなかったわね。顔色がかなり良くなっているみたいだし♪」


「美咲さん。ええ、朝に比べて、かなり楽です」


「油断しちゃ、駄目よ。風邪は治りかけが肝心なんだから」


と釘をさされるが、そこは自分でも気を付けている。


「ははは。流石にわかっていますよ」


と返すと、疑り深い顔をして、


「…本当に〜?やっぱり、朝まで私が添い寝でもしようかしら♪」


と朝と同じようなセリフを言ってきた。もちろん俺は、


「暑苦しくなるので、やめて下さい」


と断る。


「つれないわねぇ。まあ、6割は冗談だったけど♪」


朝より本気度が2割増している!?


そんなことは置いといて、とでも言うように、美咲さんは話を切る。


「はい、紫苑に言われて薬を持ってきたわ。明日にはしっかり治っているといいわね♪」


うん、きっとこっちが本命だよな。

俺をからかうのはついでだよな。………だよな?


いや、あの美咲さんのことだ。実はからかうための口実として、薬を持ってきたってことも…。


手をひらひらさせて出ていった美咲さん。

…うん、まあ、どっちでもいいか。


俺は薬をもらえたし、美咲さんは俺をからかえた。WinWinじゃねーか。


よし、とっとと風邪を治しちゃいますか!


なんだかんだで、住人達に助けられた一日だったな。

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