居候4日目その2
目が覚めると、弱いながらも雨音が聞こえてきた。
スマホで時刻を確認すると、既に夕方の4時過ぎ。うん、睡眠のおかげで割と頭がスッキリしているな。自主休講にして正解だったわ。
あ、ゆかりさんからメッセージが届いている。
何々…今日は店を臨時休業にする、か。ふんふん、そりゃそうだよな。
ただ、ファミレスの方からはなんの連絡も来てない。…つまり、こっちはひとまず行かにゃならんか。
準備を整え、玄関を出ようとしたところで、紫苑さんに声をかけられた。
「昇くん、もしかして、これからバイトかしら?」
「はい、そうですね」
「大丈夫?これからもっと雨足が強くなるみたいよ?」
天気予報では、確か夜から明日の朝にかけて大雨になっていたな。ちょうどその辺りが台風通過っぽい。
紫苑さんはそこを心配してくれているようだ。
「まあ、連絡が無かった以上、行くしかないですから。もし店から帰還命令でも出たら、すぐに戻ってくるつもりですし」
あのファミレス、たまに連絡し忘れとかあるからなぁ。ま、後は男臭いところに目を瞑れば、それなりにいい待遇のバイト先でもあるけど。
「そう…。それじゃあ、気を付けてね」
「はい、行ってきます」
紫苑さんに見送られ、俺はカーメラッドを出た。
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昇が出た後。
「あら…?この傘…」
住人の傘置き場に、昼過ぎに仕事に出ていったルナの傘が置いてあった。
そういえば、と紫苑はその時のことを思い出す。
今日は偶々ルナのマネージャーが車で迎えに来ていたのだった。
普通に考えれば、帰りも乗せてきてもらうはずだ。
「だけど…」
朝の彼女の様子から、思ってもみない行動をとってしまうかもしれない——そんな予感がした。
なぜなら、彼女——ルナは、美咲のことを姉のように慕っているのを知っていたからだ。
そんな美咲が、自分が嫌っている昇にあんな態度を見せるなんて。
彼女にとって、とてもショックな出来事だったのかもしれない。
「…この予感が杞憂であればいいのだけど…」
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早乙女ルナは、駅構内で一人、途方に暮れていた。
「…失敗したなぁ」
今日の仕事が終わり、マネージャーの車でそのままカーメラッドまで送ってもらう予定だったのだが、朝のこともあり、何となく帰りづらくて駅で降ろしてもらったのだ。
結局はカーメラッドへ帰ることに変わりないが、少なくとも夕飯で
空を見上げると、分厚い雲が広がり、雨の勢いが増してきている。
こんなことなら、傘をちゃんと持ってくるべきだったなぁ、と後悔するも、もう遅い。
「…仕方ない。悪いとは思うけど、誰かに傘を持ってきてもらおうかな」
バッグからスマホを取り出したところで——絶望する。
「え…ウソ…。電池無くなってる…」
まさか、ここまで精神的な影響がでているとは、自分でも思っていなかったし、普段なら絶対にやらない失敗を連続してやらかしたことに憤りを覚えた。
(全部…全部…。あいつのせいよ………っ!)
ただ——ある程度のレベルを越えたところで、ふと、自分の理不尽さに気付いてしまった。
確かに、原因の一端は彼にあるのだろう。
だが、直接の原因は、己を律することが出来なかった自分自身だ。
感情に流され、注意を怠ってしまった自分にあるのだ。
それを全部他人に押し付けてしまうとは、なんと子どもじみて愚かで情けないことか。
「…自業自得、か」
涙が、溢れてくる。
ああ、今の自分は、何も出来ない赤子のようだ。
ただ、泣き叫び、周囲に己の存在をアピールし、構ってもらうだけ。
しかし、駅構内の人々は疎らで、各々が自分の家路を急ぐのに精一杯。他人を思い遣る余裕のある者は皆無だ。
——そんな時。
「…ルナさん?」
聞き覚えのある声の一人の男が、近寄ってくる。
「な、んで…」
そいつは、今一番顔を会わせたくない男だった。
「やっぱりルナさんだ。こんなところで何を…って、あぁ」
その男——辰波昇は、こちらの手元を見て、何となく状況を把握したようだった。
「これから帰るんですよね?これ、使ってください」
彼は、自分の傘をこちらの手に無理やり押し付けてくる。
「あ、俺、これからバイトなんで。傘のことは気にしないでください。バイト先にもレンタル用の傘が置いてあるんで。…それじゃ」
そう言って、雨粒の舞う向こうへと走って行った。
「何、なのよ…あいつ…」
どうやら、自分はこの危機を脱することができたらしい、ということだけは理解できた。
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ファミレスでのバイトは、いつもより早めに終わった。やはり台風の影響を考慮して、ここもさっさと閉めるそうだ。
で、帰りにレンタル用の傘を借りようと思ったのだが、残念ながら全部貸出中となっていた。
…クソっ、ツイてねーな、まったく!
諦めてずぶ濡れ覚悟で外へ出ると、強風と強雨が猛威を振るっていた。
…あー、こりゃ、傘あっても絶対濡れるやつだわ。
少しでも被害を抑えるべく、ダッシュでカーメラッドへ。
「ただいま帰りました〜」
「お帰りなさい…って、昇くん?!ずぶ濡れじゃない!!」
無事到着すると、出迎えてくれた紫苑さんにめちゃくちゃ驚かれた。
即風呂場に直行させられたよ。
それから、晩御飯を食べながらずぶ濡れ原因を説明すると、怒られつつも、呆れられた。
ま、先に帰ってきていたルナさんからも事情は聞いていたそうなので、ある程度の納得はしてもらえたよ。
「とりあえず、今日はちゃんと暖かくして寝ること。いいわね?」
「はい、わかりました」
さて、風邪とか引かなきゃいいけど…。
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