曰く付きの部屋

居候3日目。

朝から空はどんよりとしている。今にも雨が降ってきそうだ。


今日はとってる講義が無い日で、カーメラッドに残っているのは現在、俺と紫苑さんのみ。


そうそう、ここに来てようやく住人の肩書を知ることができたよ。


河合翡翠さん。俺と同じ大学、池田川大学の法学部法律学科1年(知ってた。)。


河合蓮ちゃん。私立正成高校2年、生徒会長。


早乙女ルナさん。池田川大学文学部英文学科1年。まさかの大学被り。


間宮美咲さん。池田川大学大学院在籍。年上だとは思ってたけど、まさか院生だったとは。


東条紫苑さん。カーメラッドの管理人の仕事の他、様々な資格を持っていて、多くのコンサル業をやっている。基本的にはリモートワークらしい。


いつものようにリビングで過ごしていると、紫苑さんに話しかけられた。


「ねえ、昇くん。今日で3日目だけど、そろそろ自分の部屋に荷物を移動したらどうかしら?着替えとか、結構苦労しているのでしょう?」


ここにきてからずっと、俺はこのリビングを寝床にしていて、荷物などは住人の目に入らないような隅に置いていた。


着替えは誰もいない時の脱衣所やトイレを使っているが、洗濯物は溜まっていく一方だ。そろそろ、コインランドリーの出番かもしれない。この近辺の場所はもう把握済み。

ああ、ちなみにシャワー関係は、男臭いあのファミレスのスタッフルームに備え付けられてるから、シフトが入ってるときはそれほど困らない。


え、洗濯機?

ここには二台あるけど、居候の身だから、使うなんて恐れ多いよ。

万が一住人の下着忘れ物とかあったら、俺に非が無かったとしても追い出す理由にされちゃうだろうし。


「確かにそうですが、まだ正式にここに住まわせてもらっているわけでもないので、それはなんか悪い気がするんですよ」


すると、紫苑さんはくすっ、と笑って、


「そんなことないわ。でも、昇くんがそう思っているなら、こう考えたら?『自分は客人だから、客間として一つの部屋を使わせてもらっている』って。どう?」


た、確かに…。

そう考えれば、悪い気はしない、な。


「そういうことなら…。ありがとうございます、紫苑さん」


紫苑さんはそれに付け足すように、


「それに同じリビングにずっといると、ニオイが染み付いちゃうこともあるじゃない?そうなると、あの子達も食事の度に変に気にするかもしれないでしょう?」


と。


あれ、なんか、軽く毒を吐かれた気が…。

気の所為、だよな?


「それで…、俺はどこを使ったらいいでしょうかね?できれば、今の住人のすぐ近くとかは遠慮したいのですが」

「なら、二階の一番奥を使うといいわ。ちょうどキッチンの真上にあたるところね。同じ階の翡翠と蓮の部屋とはそれなりに離れているから、大丈夫だと思うわよ」

「わかりました」


荷物を持ってその部屋へ行くと、大体6畳くらいの広さだった。

入口から向かって右側に備え付けのベッド、クローゼット。左側に作業に使えそうな机とイスが並んでいる。

正面の窓はそれなりに大きく、窓から下を眺めると家の庭が広がっていた。


…うん、いいな。


借りていたアパートよりも広く感じるし、まるで、ちょっとしたホテルの一室のようだ。


こんないい部屋でいいのかな、と思ったりもしたけど、紫苑さんの言葉に甘えて、遠慮なく使わせてもらおう。


しばらく誰も使ってなかったようで、多少ホコリが積もっていた。

ま、このくらいは問題無いな。

もし、ここに正式に住まわせてもらえるなら、いずれは本棚や家電とかも揃えなきゃな。


軽く部屋の掃除を済ませてから荷物を置いて、一階のキッチンへ戻る。


「紫苑さん、あんないい部屋なのに、誰も使っていなかったんですか?」


ちょっとした疑問をぶつけてみると、


「…ええ。一時期使っていたこともあったのだけど、あの部屋、曰く付きの部屋だから、みんな敬遠していたのよ」


紫苑さんはいつものニコニコ顔ではなく、何だか言い辛そうな顔をしていた。


…えっ、それ、結構重要なことじゃない?


ごくり、唾を飲む。


「曰く付き…?」


「ええ。あの部屋、満月の夜に…出るのよ」


「で、出るって…。まさか…」


やっぱり、アレですか…?


「白い着物の、女性の幽霊が」


やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!!


「別に、何かをするわけでもなく、ただ窓の外を見ているだけなのだけど。それでも、見たくないものは見たくないわ」


地縛霊ってやつですか…。


聞いている分には、無害そうな幽霊だけど。

でも、見たのは多分、このシェアハウスの性質上、女性だろうし、まさか、男に対しては、とことん悪影響を与えてくる、なんてことは無い、よな?


「ちなみに、次の満月って、いつでしょうね…?」


恐る恐る尋ねると、紫苑さんは少し考えて。


「…多分今日、かしら?」


お、おぅ………。なんたることだ………。


でも、住人の冷たい視線よりは、何もしてこない幽霊の方がまだマシか…。


それに、化け物退治なら、俺の十八番おはこだ。まぁ、何とかなるか。


「そうですか。わかりました。何とかします」


俺の条件を満たすのがこの部屋しかないなら、覚悟を決めようか。


そして、その夜。


予想通り、幽霊やつが現れた。

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