〈竜の眼〉

「お疲れ様です〜」


現時刻は午後6時。

今日のフルハウスは、いつもよりも多くのお客さんで賑わっていた。


「お疲れ様、辰波君。どうだい、カーメラッドでの生活は慣れた?」


ゆかりさんがそう聞いてくる。


「はは…。まだまだですね。相変わらず、住人達はみんな冷たいですね。あ、でも紫苑さんは好意的に接してくれてますよ」

「そうか。まぁ、まだ2日しか経ってないからね。除々に話もできると思うよ。本来の彼女達は、優しい性格だからね」

「そう信じたいですね…」


せっかく一緒の家にいるんだし、もう少し雑談とかあってもいいと思うんだけどなぁ。


「今日は休憩込みで6時間だったね。午後9時くらいに必ず休憩入るんだよ?」

「わかりました」

「それじゃあ、今日の前半はホール、後半は店周辺の掃除と裏の備品整理を頼むよ」

「了解です!」


今日は後半に翡翠さんが入る予定だったな。顔を合わせることがなさそうなのは幸いだ。早速取り掛かるか。


———————————————————————


仕事を初めて約3時間。

お客さんの数も落ち着いてきたようだし、そろそろ休憩に入るか。翡翠さんももうじき来るだろうし。


接客をこなしながらふと窓を見ると、予想通り翡翠さんが来たところだった。


が。


何かソワソワしているようで、いつもと様子がおかしい。


「お疲れ様です、翡翠さん」


と挨拶すると、


「あ、うん…」


と返ってきた。

その目にはいつもの冷たさではなく、焦りのようなものが宿っていた。


…一体何があったんだ?


気になったので、ほんの一瞬だけある力を解放する。


——〈竜の眼〉。あらゆるものを見通す力。


【神龍種】の一体でもある真竜〈レガード〉より授かった〈竜騎士〉の力の一部だ。

高校3年の終わりの時期に、師匠との猛特訓のおかげで何とか使いこなせるレベルまで持ってこられたが、大学に入ってから使うのは、これが初めてだ。


〈竜の眼〉は、ラノベでいうと【鑑定】スキルのようなもので、対象を見る時間が長ければ長いほど、全体的な詳細情報を見ることができる。

また、何を知りたいかを予め用意しておくと、短時間でもそれに伴う詳細な情報のみを得ることも出来る。


ただ一つ。難点とも言えるところがあって、師匠曰く、〈竜の眼〉を使うと、俺の周囲1メートル圏内にいる者の一部が【神龍種の気配】——〈龍気〉を感知することがあるそうだ。感じ方としては、一瞬雰囲気が変わった、程度のものだが。


で、その〈竜の眼〉を使った結果、翡翠さんは、ストーカー紛いの誰かから逃げてきたようだった。


「…えっ…辰波君…?」


どうやら翡翠さんは〈龍気〉を感知したようで、違和感を覚えてこちらを見たようだ。

うーん、とりあえず説明しても理解できなさそうだから、今は誤魔化すか。


「俺、これから休憩なんで、ホールお願いします」

「え、ええ」


翡翠さんが少し首を傾げながらもスタッフルームへ向かっていくのを確認し、俺は外へ出る。


すると、妙な二人組の男たち(どっちも筋肉質で、体型に見合わずおどおどしていた)が店の前の植木の陰から店内をそっと覗いていた。


…こいつら、客なのか?


相手に気付かれないように、そっと背後に立つ。


「可愛いよな〜、河合翡翠さん…」

「はぁ…、見ているだけで癒やされるな」


違った。

多分、翡翠さんのファンか何かだろう。

遠目から見るだけならまだいいが、さすがに店の前で見つめられていると、営業妨害になりかねん。


「なあ、あんたら。店に入るか、帰るかしてくれ。ここにいられると、はっきり言って迷惑なんだが」

「ひいぃぃぃぃぃっ?!!」


突然声をかけられたのに驚いたらしく、二人組の男たちは一目散に逃げ出していった。


…なんだ、声をかけてやったのは間違いだったか?

ま、とりあえず、それ以外は特に異常もないみたいだし、戻るか。


店内に戻ると、珍しく翡翠さんから声をかけられた。


「…付けられていたの、知ってたの?」


少し不安そうな顔で尋ねてくる。


「あ、いや…。何となく。妙な二人組だったけど、逃げていったみたいだよ」

「…そう」


小さく安堵の息をつくと、それだけで翡翠さんは仕事へ戻っていった。

俺も、休憩のためにスタッフルームへ向かうか。


———————————————————————


休憩を挟んでのバイトを終え、一人でカーメラッドへ帰宅する。時刻は既に午前0時をまわっていた。


あ、翡翠さんはとっくに先に帰っちゃってるよ?


にしても、同じ家に帰るなら、翡翠さんと一緒がよかったなぁ。

まあ、ここであれだけ嫌われているわけだから、それは夢のまた夢だろうけど。


今日も俺が最後だから、戸締まりをしっかりしてからリビングへ。

それから水を一杯飲み、今や俺専用のベッドと化したソファーへ腰を下ろす。


何となくテレビをつけると、台風接近情報が流れていた。この天気図だと、明日か明後日にはこの周辺に直撃するかもなぁ、などと思ってみる。


テレビを消してそろそろ寝ようかと思い、横になろうとすると、リビング入り口あたりから足音が聞こえてきた。


ここの近くの部屋は、たしか紫苑さんだったか。トイレにでも起きてきたのかな、なんて思ってそちらを見ると、まさかの翡翠さんだった。


あれ?たしか、翡翠さんは蓮ちゃんと同じ二階だったと記憶してるけど。


「翡翠さん、どしたの?」


と尋ねると、


「…。一言、言いたくて…」


と小さく答えた。

…ん?何だかいつもと違って、恥じらいを感じるぞ。まさか、告白、とか…。


って、そんなわけねーだろ、と自分に突っ込んでみる。


でも、どうしたんだろ。

…まさか、フルハウスでのこと、なのか?


やべ。〈竜の眼〉のこと聞かれたらどうしよ。説明すると、きっと長くなるだろうし。


内心ビクビクしていると、


「きょ、今日は…あ、ありがと」


とだけ言ってそそくさと自分の部屋へ戻っていった。


…え?何?


今日のことって、もしかしてあの二人組を追い払ったことか?


っていうか、お礼をわざわざ言いに来てくれたのか!


しかも、恥ずかしそうにお礼を言った表情、可愛すぎたぞ!スクショできたら良かったのに!


ツンデレか?

翡翠さんはツンデレだったのか!

これは大発見だ!


…なわけないか。

デレているわけじゃなかったし。

どっちかっていうと、言い慣れてないお礼を言うのが恥ずかしかったような感じだったし。


でもま、お礼を言われたのは素直に嬉しかったな。これはきっと、ゆかりさんの言ってた通り、本来は優しい性格だっていう証左なんだろうね。


よし、明日も何か役に立てるよう、頑張るか!

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