居候二日目その2

昇が出てから少したったあたりのカーメラッド。


「おはよう、紫苑さん」

「おはよう、翡翠」


いつもより早めの朝食の匂いにつられ、住人たちがリビングに集まってくる。


「おはようございます。今日は皆さん早いですね」

「あれ…?なんで私、ここで寝ていたのかな…?」


ソファーに寝ていた美咲も目を覚ます。


「あら、美咲。起きたのね」


それに気付いた紫苑は、コップ一杯の水を持ってくる。


「昨日ずいぶん飲んだみたいね。はい、お水」

「ありがと」


受け取った水を飲み干すと、美咲は思い出したように、


「…で、私をここに運んでくれたのは誰?」


と皆に問う。すると、紫苑と美咲以外の3人が顔を顔を見合わせた。


「まさか…。昨日一番遅かったのは…あの男、よね…?」

「じゃ、じゃあ…もしかして…?!」


3人の視線が美咲に向く。


「美咲さん!違和感とかない?何かされたような形跡は?!」


突然そんな事を言われ、美咲は少し戸惑ってしまう。


「え…?いや、特には…」


そこでようやく紫苑がフォローを入れる。


「ソファーに運んだのは昇くんね。あの子、昨日はキッチンのイスで寝ていたみたいよ?」


「えっ…?!」

「あいつ…、ただの馬鹿?まだ空き部屋とかあったんだから、そっち行けば良かったのに」

「…で、その当人は今、どこに?」


翡翠が尋ねると、紫苑は、


「もう家を出たわよ?今日は1コマからあるから、って」


ふふっ、と微笑を浮かべた。


「さあ、みんな。まずは朝食をどうぞ。私は先に頂いたから、コーヒーで失礼するわね」

「それもそうね」


紫苑の声がけで、全員席に着く。


「「「「いただきます!」」」」


食卓に並んでいるのは、久々の和食だ。


「和食なんて久しぶり!」

「このきんぴら、いつもと違う味付けなんですね。でも、美味しいです」

「だよね〜。なんか、落ち着くって感じ」

「そうですね。何か、実家の味を思い出すような…」

「あ、ありがとう。まだたくさんあるから、遠慮せずに食べてね?」


朝食は住人全員に好評だった。が、紫苑は少し罪悪感を覚えていたのだった。


———————————————————————


1、2コマの講義終了後。

学食で昼飯を遠坂ととっていたのだが、どうしても精神的に参っていて、俺は思わず大きなため息をついてしまっていた。


「どうした、昇?今日はいつもよりかなり疲れているじゃないか。何かあったのか?話くらいなら聞いてやるぞ」


遠坂の心遣いに感謝する。お前、馬鹿でエロいけど、いい奴だよな。

そういや、昨日の詳しい説明もまだしてなかったな。


「ああ、サンキュ。実は昨日の自主休講にも繋がってくるんだが…」

「おう」

「一昨日の夜、借りていたアパートにトラックが突っ込んでな…」

「ああ、ニュースでやってたやつか。あれ、お前のアパートだったのか…」


ふんふん、とうどんをすすりながら、遠坂は俺の話をちゃんと聞いてくれる。


「そうそう。んで、知り合いに紹介されたシェアハウスがあって、昨日からそこに居候させてもらっているんだ」

「なるほど、そりゃあ…災難だったけど、良かったじゃねーか」

「そこ、女の子だけのシェアハウスなんだ」

「ふむふむ………っ?!何っ?!女の子だけだとっ?!お前、俺を差し置いて………!!なんて羨ま……いや、けしからん!!」


遠坂はバキッ、と使ってた割り箸の中程を折り、今にも胸ぐらを掴んできそうな怒りの形相を向けてくる。殺気と言ってもいいくらいのヤバさだ!


「お、落ち着け!落ち着くんだ!こっから先が重要なんだ!」


ふん、と感情を押し留める遠坂。

…一瞬、マジで殺されるかと思ったぞ。


「…で、その先っていうのは?」


折った割り箸の下半分を器用に使い、再び麺をすすり始める。


「ほぼ住人全員が、俺に敵意むき出しなんだよ…。さっさと出ていけ、と言わんばかりに。顔を合わせただけで、露骨に嫌そうな顔をするんだぞ?しかも本人の目の前で!そんな態度をとられて、喜ぶ奴がどこにいる?!」


声がやや大きくなってしまったようで、周りの人は、何事かと視線を送ってくる。


…どうやら、少し熱が入ってしまったようだ。

落ち着け、落ち着くんだ昇。

…よし、大丈夫だ。


「…確かに、それはさすがの俺でもキツいな。なら、いっそのこと出たらどうだ?新しいアパートが見つかるまでなら、俺の家に来ても構わないぞ?」


ああ、やっぱこいつ、いい奴だわ。俺の為に、逃げ道を用意してくれる。

だけど、俺は。


「それはありがたいけど、まだ駄目だ。ここで逃げたら、あの住人達の思う壺だぞ。どうせ出ていくなら、一泡吹かせてやりたいじゃないか。それからでも遅くない」


そう、これは戦いだ。戦争だ!


あの冷たい視線を向けてくる連中を、デレさせてやりたいっ!


…無理だろうけど。


でも、せめて俺が住むことだけでも認めてもらいたいところだ。


「そうか…。お前らしいな。わかったよ。今は応援しておく。だが、万が一のときは、俺を頼ってくれていいからな?」

「ああ、そのときは頼むよ!」


友人の温かい心遣いに再度感謝した。

おかげでかなり、精神的に楽になったよ。


———————————————————————


夕方。

今日は男臭いファミレスのバイトは休みなので、久しぶりに買い物をした。


朝食の準備をしたとき、いくつかの不足している調味料があったからな。


この買い物が役に立てばいいけど。


あー、一人暮らしの生活がもう懐かしくなってるな。

ファミレスのバイトが休みな日はよく、新しい味を探そうとして、いろいろな調味料を混ぜたりしてたっけ。


それと、あのアパートは引き払うことにした。大家さんに連絡をとったところ、修復まで最低でも2ヶ月はかかるらしいし。


色々なことを考えながら、カーメラッドへ帰ってきた。


「ただいま帰りました〜」


ただいま、と言ったのはいつ以来だろう。


一人でいる時が長かったから、もう、何年も言っていなかった気がする。


エコバッグを提げ、キッチンへ向かうと、紫苑さんが料理最中で、困った顔をしていた。


「どうかしたんですか、紫苑さん?」


「ああ、お帰り、昇くん。実は、夕食の準備をしていたんだけど、調味料をいくつか買い忘れていたらしくて」

「それなら、俺が今買ってきたところです」


どうぞ、とエコバッグごと紫苑さんに渡した。


紫苑さんは中身を確認しながら、うんうん、と頷いている。


「ありがとう、助かったわ。よく気付いたわね」

「一人暮らしが長かったものですから、その賜物ですよ。紫苑さんの役に立てたなら、良かったです」

「そうなのね。本当に感謝するわ。色々と仕事をしながらも、料理に関してはほとんど私が担当するから、気付けないところもあるのよね。昇くんがいてくれて助かるわ」


紫苑さんが優しく微笑んでくれた!

ありがとうございます!最高のご褒美です!

助けになって良かった〜!


「そうだ、紫苑さん。俺、今日もこれからバイトなんで、夕飯いりませんから」

「ええ。わかったわ」


俺のスペース(仮)となっているリビングの隅に不要な荷物を置き、


「じゃあ、いってきます!」


と伝え、俺はフルハウスへ向かった。

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