居候一日目と二日目

「こんばんは~」


フルハウスを訪れると、昨日に引き続き双葉高志ふたばたかしさんが出迎えてくれた。


「お疲れ様、辰波くん。昨日は災難だったね」


双葉さんも、ニュースとゆかりさんから俺のことを聞いたらしい。もちろん、俺が一週間の猶予をもらっていることも知っているそうだ。


「はい。せっかく女の子だけのシェアハウスに住まわせてもらえそうですが、住人たちからひどく嫌われていて…。憧れのハーレム生活だったのに、現実の厳しさを痛感しています…」


昨夜の災難がなければ、今日は本来なら刈谷と遠坂と一緒に、昨日購入したであろう新作ゲームの話をしていたはずなんだよなぁ。

とりあえず二人には、朝の時点で今日は色々あって自主休講ってことを連絡しており、大学には行ってない。


代わりに今日のスケジュールは、朝はリビングの掃除、昼は庭の草むしり。

終わり次第、借りていたアパートの大家さんに連絡をし、荷物を取りに戻っても大丈夫だと確認したので、最低限必要なものをこっちに持ってきた。

そんなこんなで、気づけば夕方。いつもの男だらけのファミレスでバイトをこなし、現在に至る。


「…そうか。僕からは、なんとか頑張れ、としか言えないな。でも、万が一追い出された場合も考えて、こちらでもどこかいいアパートがないか、探してみるよ」

「ありがとうございます、双葉さん」


何か、同居人たちに冷たくあしらわれていると、双葉さんの優しさが心に染み入るようだ。


「じゃあ、とりあえず、今日も仕事頑張ろうか」

「はいっ!」


———————————————————————


フルハウスからカーメラッドへ戻り、ようやく長かった一日が終わる。だが、波乱はまだ残っていた。


午前0時半。

翡翠さんは今日シフトが入っていなかったし、紫苑さんから聞いていた皆の予定では俺が最後のはず。戸締まりをしっかりしておくように、と言われていたのだが。


「ただいま〜♪」


といって帰ってきたのは、美咲さん。


「美咲さん?!今日は飲み会だったんですか?」

「うん、突発的なやつでね♪」


顔の赤さ、酒臭さから、かなり飲んできたのがわかる。うん、確実に酔っ払いだな。


「まったく、飲み過ぎですよ!ほら、鍵掛けるんで、さっさと部屋へ戻ってください!」

「昇くん…」


その時、美咲さんは何かを思いついたようで、口の端をニヤリ、とつり上げた。


…なんだか、嫌な予感しかしないんですけど!


「部屋に…連れてって?」


上目遣いで艷やかな微笑み。

ヤバい、なんかドキドキしてきた………!

きっと普通の男なら、反射的に頷いてしまうに違いない!


だが、ここで屈しては、せっかく庇い立てしてくれた紫苑さんに申し訳ないだろう!

仮に頷いてしまったら、きっと美咲さんは、それを俺を追い出すための理由にしてしまいそうだし!


「自分で行きなさい!」


断腸の思いで美咲さんのお願いを却下して、俺はキッチンへ向かい、酔いを少しでも醒まさせるべく、コップ一杯の水を持ってくる。


が。


玄関へ戻って来ると、美咲さんは静かに寝息を立てていた。


「…こんなところで寝ていると、風邪引きますよ?」


肩を揺すりながら声をかけてみるが、反応無し。美咲さんの部屋がどこか聞いてなかったし、結局戸締まりをした後で靴を脱がせてリビングのソファーに引っ張っていき、毛布をかけてやった。


「…あ〜あ、俺の唯一の寝床、奪われちまったな」


仕方ない、と思って、俺はキッチンのイスに座って眠ることにした。

あ、用意していた水は、結局自分で処理したよ。


———————————————————————


翌朝。無理な姿勢で寝たせいか、体中が痛かった。時計を見ると、まだ早朝5時。4時間くらいしか眠ってないことになる。

せっかくだから、このまま朝食の準備をしておくか。


今日は1コマから講義が入っている。遠坂も登録はしているが、滅多に出てこない講義だ。

アパート暮らしのときは、俺も出席にはかなり消極的だったが、今は一刻も早くこの家から、否、俺に冷たい住人達から離れたい。

だって、みんな美女・美少女だけど、あの汚物を見るような視線が痛いんだもん…。


身嗜みを整えて朝食の準備をしていると、紫苑さんが起きてきた。


「あら、早いのね」

「おはようございます、紫苑さん」

「おはよう、昇くん」


紫苑さんはまだ寝間着姿だ。おそらく、これから洗面なり、着替えなりをするのだろう。

ちょっと色っぽく見えたのは、黙っておく。


挨拶を交わすと、紫苑さんはキッチンの中を覗き込んできた。俺が何か作っているのが見えたんだろう。


「…もしかして、わざわざ朝食の準備してくれていたの?」

「はい。昨日キッチンのイスで寝てたせいか、全身痛くなって早く目が覚めてしまって…」

「…えっ?どうしてソファーじゃなく、て………って、あぁ」


紫苑さんは、ソファーで寝息を立てている美咲さんに気付き、合点がいったようだ。ちょうどいいタイミングだし、説明もしておくか。


「昨夜は美咲さんが突発的な飲み会だったそうで、俺のすぐ後に帰ってきたんですよ。で、そのまま玄関で寝てしまったので、仕方なくソファーに」


「…美咲がごめんなさいね。それと、ありがとね、昇くん」


「いえいえ。どうせ今日は1コマからですし、元々早めに出るつもりだったんで、問題ないです」


「そう言ってもらえると、助かるわ。あ、もう少ししたら私も手伝うわね」

「わかりました」



十数分ほどして合流した紫苑さんと一緒に朝食の用意を済ませた。

ま、料理自体は俺がほぼ完成させていたから、紫苑さんには盛りつけ等をやってもらったけど。


ただ、問題が一つある。

それは、ここの住人が、俺の料理を食べてくれるかどうか。


カーメラッドの朝食は、基本的にパン食なそうだ。俺はそれを知らず、ついいつもの癖でご飯食にしてしまったが、紫苑さんは無いこともないから、と言ってくれた。

…うん、なんかすみません。


他の住人はまだ起きてこないので、俺と紫苑さんは先に二人でできたばかりの朝食をいただいた。

ちなみにメニューは、白米に豆腐とわかめの味噌汁、ゴボウとニンジンのきんぴら、鮎の塩焼き。


「和食なんて久しぶり…。なんだか懐かしい味だったわ。きっと、みんな喜んでくれるわよ」


紫苑さんはにっこり笑う。

ファミレスでバイトしてるだけあって、味には自信あるし、紫苑さんのそれは嬉しい反応だが、やはり俺の懸念は拭えない。


「あ、あの、朝食のことですが、これ、紫苑さんが作ったことにしておいてもらえませんか?まだ、皆俺が作った料理なんて食べてくれそうにないんで」


その意図を汲んでくれたのか、紫苑さんは、


「ええ、わかったわ」


と了承してくれた。


後片付けを済ませ、時計を見ると、時刻は7時過ぎ。他の住人達がそろそろ起きてきてもおかしくない時間だ。


「それじゃ、俺はそろそろ行きます。美咲さんのこと、宜しくお願いしますね」

「ええ。気をつけてね」


ニコニコしながら、紫苑さんは俺を送り出してくれた。

やっぱ、紫苑さんっていい人だよなぁ…。

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