退魔の力
俺————辰波昇は、目の前の女性の発した言葉に戸惑う。
「対話…?何と話をするんです?それに、確かに俺は辰波の者ですが、退魔の力なんて持ってませんよ?」
我が家系は、退魔の力を引き継いでいる———そんな話は幼い頃から両親に何度も聞かされていた。
何度か親父から力を行使した場面を見せられたこともあったが、実際何がどうなっていたのかを認識することが出来なかった。
親父は、いずれ分かる時が来るだろう、とは言ってくれたが、これまで俺にはその片鱗すら現れなかった為、自分はやはり一般人だとの認識に落ち着いていたのである。
まぁそれでも、何かあった時の為に役立つだろう、ということで、妖怪や怪物、化け物等の知識は徹底的に叩き込まれた。
実際に役立つかどうかは置いといて、俺個人としては昔話や神話、伝承に触れられて楽しかったから、特に苦痛とかではなかったが。
「………ふむ、なる程な」
目の前の女性———
「お主、【絆竜の夢】をまだ視ておらんのだろう?」
「えっ…なんですか、それは?」
絆竜の夢———レイファ曰く、辰波の者は、思春期の初恋を自覚することにより、その時点の本人と最も相性の良い竜の一体が夢に現れるようになるらしい。
その夢を視ることにより、辰波の血が活性化され、退魔の力を行使することが可能になっていくという。
「…なるほど。確かにそんな夢は視てないですね。てか、あなたはどうしてそんな事を知っているのですか?」
「それは、妾が辰波の者とそれなりに関係があるから、とだけ言っておこう。ただ、今のお主にはそれ以上は教えられんな」
「…わかりました。今はそれだけ分かれば大丈夫です」
彼女が本当は一体何者であるかとの疑問はまだ残るが、本人が話したくなさそうなので、それは一旦頭の隅に追いやっておく。
「うむ。それで、今後のことについてだが……お主、今のままだとおそらく、遠くない未来にあのような邪霊ごときに殺されるだろうな」
「…でしょうね」
レイファの言葉に、俺は深く項垂れる。何しろ、たった今命の危機に陥ったばかりだし。
「それにしても、何故今になって襲われたんですかね?最近までそんなこと無かったのに」
「ふむ…それは、お主が不完全ながら辰波の血を活性化させてしまったからであろう。お主、直近で成り行きのような形で
「…まぁ、確かにそうですが」
そう。俺は最近、クラス内でも結構人気のある女子、
噂では校内でも有名なイケメンの太田と付き合ってる、ってなってたけど、彼女自身は否定してたし、俺も彼女に憧憬を抱いていた男子生徒の一人だったから、即オッケーしちゃったんだよなぁ。未だに夢みたいで、めっちゃ舞い上がっている状態だし。
ただ、初恋かと問われれば、やはり成り行きという面が強く、正直首を傾げざるをえない。
「それが原因であろうな。お主は、それを自身の初恋と自覚しておらず、そのせいで僅かながら辰波の血が活性化してしまった。そうなると、退魔の力を本能で危険視している妖怪や化け物の類が、己の存続のために潰そうとして寄ってきやすくなるのだよ」
「えぇ……」
何それ。超迷惑なんですけど。
そうなると、やはり今まで通りの生活は送れなくなる、ってことになるよな。
そんな俺に、レイファは追い討ちをかけてくる。
「それと、不完全ながら辰波の血を活性化してしまったお主は、今後【絆竜の夢】を視ることがかなわない。つまり、現状退魔の力を行使できないにも拘わらず、妖怪や化け物の類に狙われやすくなっている、ということだ」
———え?マジ?
それって、もう詰んでない?
愕然とする俺。
いっそ、家族の誰かのところに行ってずっと守ってもらうか———いや、無理だな。
ちなみにうちは祖父母・両親・俺の5人家族だが、俺以外全員〈連合〉から依頼を受け、世界各地で化け物の情報収集や退治に赴いており、家には滅多に帰ってこない。
そのため、家族との連絡手段が手紙やスマホくらいになるのだが———そのスマホはあの邪霊のせいで昨夜ガラクタに成り下がってるし、新たなスマホを得るまではまだまだ時間がかかるだろうなぁ。
それに、会いに行くにしても、今どこにいるか分かってないし、交通費もまだ中坊である俺にはほとんど無いからなぁ。
…ヤバい。マジでどうしよう。
「———あの、俺は一体どうすればいいんでしょうか………」
縋るような目でレイファを見ると、彼女は薄く微笑む。
「そもそも、この現状の根本は、お主の潜在能力によるものだよ。通常の辰波の者は、【絆竜の夢】無しに辰波の血が活性化することはないが、お主のそれは、辰波の始祖のものに近い。そして、死を逃れるための現状打開手段は一つ————」
ここまで言われて、俺はやっと理解した。
要は、俺の潜在能力が高すぎるが故に辰波の血の不完全な活性化が起きてしまった、ということ。
そして辰波の始祖———ご先祖様は、夢ではなく実際に竜と対話し、満足させたことでその力を行使できるようになった。つまり———
「———俺が竜と対話するしかない、と」
「そういうことだ」
レイファがよくできました、と出来の悪い生徒を褒める教師のような笑みを浮かべる。
「竜との対話は、単なる会話ではない。いや、ほぼ決闘と同義と言っても過言ではないな。お主は聞いたことが無いか?先祖は丸4日竜と闘い、その力を証明し認められた、と」
「———え゛っ、初耳なんですが」
な、ナニソレ………?俺、絶対死ぬやつじゃん。
ただの中坊が、竜とまともに闘えるわけないじゃん………。
「クックック、まぁそう心配せんでもよい。その対話に向けて、これから妾がお主を徹底的に鍛え上げてやる。それまではお主の身の安全は保障してやるからの」
少しばかり嗜虐的に笑うレイファだが、俺が生き残るためには、彼女の力が必要であるのは事実。潔く受け入れるしかあるまい。
————そして、俺が中学卒業前。
レイファの
………高校生活に影響が出るほどの、大きなトラウマも抱えて。
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