プロローグ
転機
「うちの家系はな、退魔の力を引き継いでいるんだ」
そんな話を、物心つく頃からずっと家族から聞かされてきた。
どうやらうちのご先祖様が、守り神のように崇められてきた竜と対話をし、満足させたことでその力を授けられたらしい。
退魔の力とは、妖怪や
万が一があっても、ヒーローやヒロインがきっとどうにかしてくれるだろう――――そう思っていた。
転機が訪れたのは、俺――
―――――――――――――――――――――
その日はいつもと同じように、通い慣れた学校へ登校するはずだった。
ただ、一つ気がかりなことがあった。
昨日の深夜2時くらいに突然スマホに謎の文字化けした画面が現れ、出る気はないにも関わらず、勝手に通話ボタンが反応し、延々と
『あ――、――――――でしょ?』
という意味不明な声が流れてきたのである。
初めは途中の声が聞き取れなかったが、徐々に慣れてくると、その声が異様なものだと思えてきた。低い男性の声と女性の声が混じった、背筋が凍るような、あまりにも異質な声。
嫌な予感しかしなかったので、即終了ボタンをタップしたのだが、何故か反応せず、電源を落とそうとしても、ロックされております、との表示が出て操作不可の状態が続き。
最終手段として、スマホ自体を破壊することでようやくその恐怖から逃れられた。
異変を感じたのは、家を出てすぐのこと。
背後から妙な視線を感じ、振り向くと、電信柱の影から、見たことのない黒いドレスを着た女性らしき人物が、こちらをジッと見ていたのだ。
何日も手入れをしていないような、ボサボサの黒髪が顔を完全に隠しているのだが、その口元にはニチャァ、とした嫌悪感を抱くほど醜悪な笑みが浮かんでいた。
(――ヤバい……!あれは…悪質なストーカー並みに危険な存在だ!)
俺の全身が、この場からすぐに立ち去るように警告してくる。
視線を前に戻し、走り出そうとした時。
なぜか前方数メートル先に同じ人物が同じ笑みを浮かべて立っていた。
(な…なんで…?)
驚きと恐怖に駆られ、俺は一歩、二歩と後ずさると、その人物の姿が幻のように霧散する。
見間違いか、と思ったが、直後背中にゾクリ、とした悪寒が走る。
『―――あなた、死にたいんでしょ?』
「ヒッ……?!」
昨夜スマホ越しに聞いた、背筋が凍るような、低い男性の声と女性の声が混じった異質な声。
それが、すぐ後ろから聞こえてきた。
反射的にそこから飛び退くが、足をもつれさせて尻もちをついた瞬間、周囲から人の気配が消えた。
―――ああ、そうか。
俺はどうやら、こいつの領域に引きずり込まれたらしい。
両親から聞かされた話を思い出した。
化け物の中には、人間を自分の領域へと引きずり込み、肉体的、あるいは精神的に破壊し、死へと至らしめる奴もいることを。
同時に理解した。
――このままでは、俺は死ぬ、と。
……どうにかしてここから逃げなければ……!
頭ではわかっているのに、体が金縛りにでもあったみたいに動かすことができない。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい……!!)
焦れば焦るほど、死への恐怖は高まっていく。
奴が一歩ずつ、ゆっくりと近付いてきて、両手が俺の首へとのびてくると、髪の間から顔が垣間見えた。
ぶくぶくとした腫れ物のようなものが全体に広がっており、目は血で染まったように赤い。そして、肌の色は、明らかにこの世の者ではないとわかるほど青白かった。
(こいつは、ストーカーなんかよりももっとヤバい奴だ……!)
奴に触れられた瞬間、急速に精神力が削られていく。
まるで、何匹ものカサカサする黒光りした
発狂するほどの絶望感に
どこからか声が聞こえてきた。
「…失せろ、邪霊ごときが」
『ヌガァ!?』
その言葉に反応し、目の前の存在は一瞬で消し飛んでいった。
と同時に、人の気配が戻って来る。
(俺は、助かったのか……?)
ようやく動けるまで落ち着いたところで、声の主を探す。だが、探すまでもなく、その人物は、俺の前に姿を現した。
「ほう…。こんな雑魚に殺されかけるなんぞ、お主は腑抜けなのか?それとも、そういう特殊な嗜好の持ち主なのか?」
白に金の刺繍のある、チャイナドレスに身を包んだその人物は、見た目でいうと20代半ばの若い女性といったところだろうか。銀髪を後頭部で纏め、ツリ目で勝ち気な印象だが、それぞれのパーツが恐ろしいほどに整いすぎていた故か、どことなく神々しさを感じた。
そんな彼女(?)は現れるなり、俺に突然罵声を浴びせてきたのだ。
文句を言いたい気もあるが、それよりも自分が助けられたことに感謝を伝えるのが先だろう。
「あ、あの…助けていただき、ありがとうございます。俺、あんな化け物に出会ったのは初めてで…」
「ふむ…?」
俺の礼に、彼女(?)は腕を組み顎に手を当て、不思議そうな表情をする。
「お主、あの辰波の者であろう?そのくらいの年齢なのだから、とっくに対話を終えているはず。何故、退魔の力を使わない?」
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