プロローグ

転機

「うちの家系はな、退魔の力を引き継いでいるんだ」


そんな話を、物心つく頃からずっと家族から聞かされてきた。

どうやらうちのご先祖様が、守り神のように崇められてきた竜と対話をし、満足させたことでその力を授けられたらしい。


退魔の力とは、妖怪や化け物モンスターといった、人智を超えた存在を認識・弱体化・浄化・封印・退治するための力だ。とはいえ、自分にそんな力があるなんて信じられなかったし、魔獣を除いてそれまで化け物の類と遭遇することもなかったので、当時は与太話として受け止めていた。

万が一があっても、ヒーローやヒロインがきっとどうにかしてくれるだろう――――そう思っていた。


転機が訪れたのは、俺――辰波昇たつなみしょうに初めて彼女が出来た中学三年の15歳の時だった。


―――――――――――――――――――――

その日はいつもと同じように、通い慣れた学校へ登校するはずだった。


ただ、一つ気がかりなことがあった。




昨日の深夜2時くらいに突然スマホに謎の文字化けした画面が現れ、出る気はないにも関わらず、勝手に通話ボタンが反応し、延々と


『あ――、――――――でしょ?』


という意味不明な声が流れてきたのである。


初めは途中の声が聞き取れなかったが、徐々に慣れてくると、その声が異様なものだと思えてきた。低い男性の声と女性の声が混じった、背筋が凍るような、あまりにも異質な声。


嫌な予感しかしなかったので、即終了ボタンをタップしたのだが、何故か反応せず、電源を落とそうとしても、ロックされております、との表示が出て操作不可の状態が続き。

最終手段として、スマホ自体を破壊することでようやくその恐怖から逃れられた。








異変を感じたのは、家を出てすぐのこと。


背後から妙な視線を感じ、振り向くと、電信柱の影から、見たことのない黒いドレスを着た女性らしき人物が、こちらをジッと見ていたのだ。

何日も手入れをしていないような、ボサボサの黒髪が顔を完全に隠しているのだが、その口元にはニチャァ、とした嫌悪感を抱くほど醜悪な笑みが浮かんでいた。




(――ヤバい……!あれは…悪質なストーカー並みに危険な存在だ!)





俺の全身が、この場からすぐに立ち去るように警告してくる。


視線を前に戻し、走り出そうとした時。






なぜか前方数メートル先に同じ人物が同じ笑みを浮かべて立っていた。





(な…なんで…?)




驚きと恐怖に駆られ、俺は一歩、二歩と後ずさると、その人物の姿が幻のように霧散する。


見間違いか、と思ったが、直後背中にゾクリ、とした悪寒が走る。





『―――あなた、死にたいんでしょ?』


「ヒッ……?!」




昨夜スマホ越しに聞いた、背筋が凍るような、低い男性の声と女性の声が混じった異質な声。


それが、すぐ後ろから聞こえてきた。


反射的にそこから飛び退くが、足をもつれさせて尻もちをついた瞬間、周囲から




―――ああ、そうか。





俺はどうやら、こいつの領域に





両親から聞かされた話を思い出した。


化け物の中には、人間を自分の領域へと引きずり込み、肉体的、あるいは精神的に破壊し、死へと至らしめる奴もいることを。


同時に理解した。


――このままでは、俺は死ぬ、と。


……どうにかしてここから逃げなければ……!


頭ではわかっているのに、体が金縛りにでもあったみたいに動かすことができない。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい……!!)


焦れば焦るほど、死への恐怖は高まっていく。


奴が一歩ずつ、ゆっくりと近付いてきて、両手が俺の首へとのびてくると、髪の間から顔が垣間見えた。

ぶくぶくとした腫れ物のようなものが全体に広がっており、目は血で染まったように赤い。そして、肌の色は、明らかにこの世の者ではないとわかるほど青白かった。


(こいつは、ストーカーなんかよりももっとヤバい奴だ……!)


奴に触れられた瞬間、急速に精神力が削られていく。

まるで、何匹ものカサカサする黒光りしたGアレが全身を走り回っているかのようだ。


発狂するほどの絶望感にさいなまれそうになった時。

どこからか声が聞こえてきた。





「…失せろ、邪霊ごときが」

『ヌガァ!?』




その言葉に反応し、目の前の存在は一瞬で消し飛んでいった。

と同時に、人の気配が戻って来る。


(俺は、助かったのか……?)


ようやく動けるまで落ち着いたところで、声の主を探す。だが、探すまでもなく、その人物は、俺の前に姿を現した。


「ほう…。こんな雑魚に殺されかけるなんぞ、お主は腑抜けなのか?それとも、そういう特殊な嗜好の持ち主なのか?」


白に金の刺繍のある、チャイナドレスに身を包んだその人物は、見た目でいうと20代半ばの若い女性といったところだろうか。銀髪を後頭部で纏め、ツリ目で勝ち気な印象だが、それぞれのパーツが恐ろしいほどに整いすぎていた故か、どことなく神々しさを感じた。

そんな彼女(?)は現れるなり、俺に突然罵声を浴びせてきたのだ。


文句を言いたい気もあるが、それよりも自分が助けられたことに感謝を伝えるのが先だろう。


「あ、あの…助けていただき、ありがとうございます。俺、あんな化け物に出会ったのは初めてで…」


「ふむ…?」


俺の礼に、彼女(?)は腕を組み顎に手を当て、不思議そうな表情をする。


「お主、辰波の者であろう?そのくらいの年齢なのだから、とっくにを終えているはず。何故、退魔の力を使わない?」

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