第11話 蛇愛づる姫 -3-

 日曜日の午後、祥太郎は真朱まそおと一緒に、最寄駅から電車とバスを乗り継いで4、50分の場所にある待ち合わせの神社へ向かっていた。


 電車の景色を楽しみながら、真朱が祥太郎に尋ねた。

「それで今日行く神社は、どういうところなの?」

日付と時間以外、真朱にはあまり詳しい話をしていなかった。

「ええと、確か、何とかっていう系列の神社だって聞いた気がするんだけど。もうだいぶ昔のことだから、神様の名前までは覚えてないなぁ……。そうそう、神社の周りに池があって、魚もいて、確か上野の不忍池を型取って造られたって」


 池の話を聞いた途端、それまでニコニコしていた真朱の顔が一気に強張った。

「え……不忍池……? ……それってイチキシマヒメじゃない……」

「イキチヒマシメ……?」

「イチキシマヒメ、ね」

市寸嶋比売命いちきしまひめのみこと』と、手のひらに字を書いて教えてくれる。


「上野にある本家の不忍池には、弁天堂があることで有名だよね? 仏教における『弁才天』は、この市寸嶋比売命と同一視されることがあるんだ。さらに市寸嶋比売命は、多紀理毗売命たきりびめのみこと多岐都比売命たきつひめのみことと合わせて『宗像三女神むなかたさんじょしん』と呼ばれて、一緒にお祭りされていることが多い。この三柱の女神は水の神で、かつ旅の安全を守護するので、航海の神様とされているんだよ。だから、神社の周りに池があるのもうなずけるね……」

「へぇ~、なるほど」


 真朱はそう説明している最中も気もそぞろな様子で、徐々に言葉少なになっていった。二人で外出すれば、あれは何だこれは何だと、大はしゃぎで喜ぶと思ったのに肩透かしを食らったような気分だった。


 妙な空気を持て余して、ぼそっと祥太郎は独り言ちる。

「神使いはどんなひとだろう」

答えを求めて発した言葉ではなかったが、真朱から返事があった。


「僕は、そこの神社の神使いと直接会ったことは無いけれど……、お祭りされている神様と縁の深いものや動物が務めるから、大体見当はつくよ。……例えば天照大御神あまてらすおおみかみはニワトリ、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみいわゆる稲荷神はキツネ、日本武尊やまとたけるのイヌとかは有名だよね……」

そう歯切れ悪く話すと、真朱はついに一言も喋らなくなってしまった。祥太郎も無理に話しかけるのはやめて、二人はしばらく無言でバスに揺られた。


「着きましたよ…………あの、もう少し離れてもらわないと、歩きにくいんですけど……」

バスを降りてからというもの、真朱はまるでこれからお化け屋敷にでも入るかのように、祥太郎にべったりとへばりついていた。

「うっ……。じゃあせめて手を繋いでてくれない?」

若干涙目にも見える。とにかく理由はわからないが、どうやら自分は二択から選ばなければならないらしい。


 祥太郎は考えた。これから涼子に会うのに、二人で仲良く手を繋いで登場したら誤解を生むかもしれない。能動的に『手を繋ぐ』という動作をするよりも、受動的に『しがみつかれている』という方が、仕方なさというか、自分は不本意なのだというアピールになるのではないだろうか。


「わかりましたよ。そのかわり、ちゃんと歩いてくださいね……」

祥太郎は後者を選んだ。とはいえ、これだけひっつかれれば、同性と言えど平常心を保つのはまず不可能だ。祥太郎は深く息を吸い込み、雑念を振り払うべく、ふーっと長く吐き出した。『無』になろうとしている時点でそれは『無』ではないよなぁ、などと思いつつ健気な努力を続ける。そんなこととはつゆ知らず、真朱はぐいぐいと祥太郎の腕を自分の胸元に引き寄せる。吐息が耳の裏にあたってこそばゆい。滑らかな肌が密着し、彼の体温がダイレクトに伝わってくる。


 そうやって、神社の入り口付近でもたもたしていると、お~い、と境内から片手をあげて近づいてくる女の人がいた——涼子だ。

「祥太郎くん、わざわざ来てもらっちゃってごめんね。神使いさんも初めまして」

「涼子ちゃん! むしろ、無理言ってごめん。こちらは神使いの真朱さんだよ」

緊張で一瞬声が上ずる。


 真朱はあいさつもそこそこに、やたらとあたりをきょろきょろ見回している。

「うちの神使いはちょっと今外してて。彼女、自由気ままだから」

それを聞いて、あからさまに真朱はホッとした様子だった。しかし、祥太郎の腕をつかむ力は緩まない。まるで万力で挟まれているかのような頑固さだった。


 

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