第10話 蛇愛づる姫 -2-

「二人とも何してるの?」

髪を乾かし終わった真朱まそおが部屋に入ってくる。

「自分らは、武奏会の作戦会議中であります! な、祥太郎」

どの口がそれを言うか。祥太郎は歯ぎしりしそうな勢いでコガケンをねめつけたが、全く意に介した様子はなかった。


 真朱は「お、さっそくえらいねぇ」と、さも当然のように真横に座ってきたが、もうそのくらいでは祥太郎は動じない。


「ねえねえ祥太郎、この泡がぷちぷちしてる飲み物、何?」

炭酸飲料を指さして真朱が尋ねる。

「サイダー、飲んでみますか?」

「飲んでみたい!」


 コガケンが、俺のをどうぞとばかりにそそくさとグラスを差し出してきたので、一瞥をくれて祥太郎は自分のサイダーを真朱に手渡した。こいつの言いそうなことは大体わかる。あとで間接なんちゃらだとか言って、また一人で盛り上がって話を変な方向に持っていくに違いないのだ。10年来の付き合いをあなどるなよ。


 肝心の集まった目的であるカードゲームの方はというと、まず『ルールが書いてあると思しき本』を、解読するところから始めなければならなかった。古文書のような達筆で書いてあるので、そもそも普通に読むことすら困難な状態だったのだ。そこで、真朱に本の内容を音読してもらい、現代人の自分たちでも読みやすいようにノートにまとめ直していく、という作業をする必要があった。これはとても今日だけで終わりそうになかったので、また日を改めて続きを行うことになった。


「知り合いで同じように実家が神社の子がいるから、相談してみようかと思ってるんだ」

作業をしながら祥太郎が口を開く。

「あぁ~、あれだろ? 女版那須与一なすのよいち

「何また勝手に変なあだ名を……」

「違ったか? じゃあお前の好——」

「どぅわあああ」

コガケンの口をむぎゅっと両手で塞ぐ。本当に余計なことをべらべらと。口から先に生まれてきた、とはこのことだろうか。


 そのあとも、コガケンは頼んでもいないのに、祥太郎の小さい頃のエピソードなどを面白おかしく勝手に披露して、食卓を大いに盛り上げてくれた。そして8時半頃、親が帰宅したということでやっと帰っていった。祥太郎は、変なことを言い出さないようにと、コガケンをずっと見張っていなくてはならず、くたくただった。


「じゃ、続きはまた木曜に。デッキ編成の案もいくつか考えてみるわ」

「うん、助かるよ。俺も空いた時間に解読進めておく」

「ついでに、これをダシにして女ロビンフッドと進展があるといいな~!」

にっ、と笑ってコガケンはダッシュで言い逃げして行った。

(はあ、元気有り余ってるな……。おかげでこっちはへとへとだよ)


 しかし、コガケンの言うことはあながち間違いでもなかった。『ダシ』という表現ではいささか情緒がないので、『淡い期待』とでも言おうか。そのくらいは持っていても許されるだろう。


 速水涼子はやみりょうこちゃん。祥太郎の憧れの女の子だ。もともと祖父同士が知り合いで、小さい時には二人で遊ぶこともあったが、今は半年ほど連絡を取っていない。弓道の道場も同じところに通っていたが、今彼女は高校二年生で県下有数の進学校に通っており、そこの弓道部のエースである。真朱には及ばないが容姿にも恵まれており、まさに文武両道、『やまとなでしこ』という形容がぴったりである。


 祥太郎はさんざん頭を悩ませ、一時間程かけて文章を書いた。なにせ半年ぶりのメッセージだ。送信を押すのにもドキドキする。


『涼子ちゃん。久しぶり、お元気ですか?

じつは、相談したいことがあるんだけど、都合がつく時はありますか?

天上武闘奏上大会のことについてです。涼子ちゃんのところも出るのかな?

暇なときに返信ください。いつでも大丈夫です』


 いつでもいいとは言いつつ気になって、数分ごとにスマホの画面を確認しながらそわそわと待っていると、10分くらいして返信があった。今週なら、日曜日の午後は部活が休みで空いている、とのことだった。何度かやり取りをして、涼子の家の神社で待ち合わせすることになった。


 こんなに簡単なことなら、あまり深く考えず、もっと早くに連絡していたらよかったと、少し後悔した。だが、何はともあれ、これで一歩前進だ。念のため、真朱の都合も聞いておく必要があるだろう。


 真朱たちの部屋——元は祥太郎の部屋だった、に声をかけに行くと、そこには玄兎げんとしかいなかった。真朱は今トレーニング中で、外に出ているそうだった。


 急ぐ話でもなかったので、また明日にすることにした。最悪、真朱が行けなかったとしても、自分一人で行けばいいだけのことだ。むしろ、そちらの方が嬉しいかもしれない。


 歯を磨いてそろそろ寝ようかと洗面所に向かう間も、頭の中は日曜日のことでいっぱいだった。知らず知らずに鼻歌を歌ってしまうほど、最高に気分が良くなっていた。何を着て行こう、お土産を持って行った方がいいかな、などとあれこれ考えていた祥太郎は、注意力が散漫になっていた。


「フンフフフ〜ン」


 勢いよく洗面所のドアを開ける祥太郎。だがそこには……、



「わぁああああああ」




「もう、何回風呂入ってるんだよぉ〜〜〜!!」


 祥太郎の受難の日々は続くのであった。

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