第9話 蛇愛づる姫 -1-
翌朝、通学路でコガケンに声をかけられた。
「はよっす。昨日は家で何かあったん?」
祥太郎はドタキャンを詫び、かいつまんで昨日の出来事を話した。もちろん、風呂場での一件を除いて。
「へえ~。神様のお使いとトレーディングカードって異色の組み合わせだな。なあ、それ、今日持ってきてないの?」
コガケンは興味深々といった感じだった。
「ない。没収されたり失くしたりするとまずいし」
「ま、それもそうだな」
「そんじゃさ、今日お前ん家行っていい? カード、見せてくれよ」
コガケンは結構なゲーマーである。テレビゲームはもちろんのこと、こういったトレーディングカードも好きで、小学生の頃は大会にもよく出ていた。実のところ、彼がこの競技に興味を持ち、ブレーンとしてアドバイスをくれることを期待していたので、案の定食いついてくれて内心ガッツポーズだった。
夕方、いつものように可もなく不可もなく部活動を済ませて、二人は家路についた。練習が熱血過ぎずほどほどで、大会の実績もあまりなく、先輩がやさしそうという点から卓球部を選んでいた。祥太郎は小学校から弓道の道場に行っていて、本当は中学も弓道部に入りたかったのだが、無いので仕方がない。今の部活は高校までのつなぎだ。
「何か飲み物取ってくるから、適当に座ってて」
「おう、悪いな。その間にちょっとトイレ借りるわ」
コガケンをリビングに通すと、祥太郎は冷蔵庫にジュースを取りに行った。台所では母と
「祥ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま。今、コガケン来てる」
「あら、お夕飯食べていくかしら? 聞いておいてくれる?」
コガケンの家は共働きで両親の帰りが遅いので、うちで夕食を食べていくことも多い。わかった聞いておく、と答えながら炭酸飲料をグラスに注いで運んでいこうとした時、
「ぎゃあああああああ」
コガケンの悲鳴が家じゅうに響き渡った。
何事かと祥太郎が怪訝な顔をしていると、母が言った。
「あ、いけない。
グラスを慌てて置き、悲鳴のした方にダッシュで向かう。
もうひとつ、コガケンに言っていないことがあったのだ。
そこには、洗面所の床に尻もちをついているコガケンと、その手を引っ張って助け起こそうとしている真朱がいた。真朱は、風呂あがりで髪の毛を拭いている途中だったのか、上半身裸で肩からタオルをかけているだけという、男といえど目のやり場に困る恰好をしていた。
ドタドタと近づいてきた祥太郎に気づいて真朱が声をあげる。
「あ、祥太郎おかえり。この子はお友達?」
見かけによらず結構腕力がある様子で、片手でひょい、とコガケンを引き上げる。引っ張り上げられたコガケンは「あ」とか「う」とか言いながら、ゾンビのようによろよろとこちらに向かって来て、そのまま祥太郎にネックブリーカーをかけてリビングまで連行していった。
コガケンは息巻いて言った。
「おい祥太郎っ! 聞いてないぞ! いつからあんな美女と同居してるんだよ!?」
「男だよ! あの人が、今朝言った例の神使いの真朱さんだよ」
「イチモツのある美女だなんて、一言も言ってなかったじゃないか!!」
(いや、イチモツがあったら男だろっ!!)
「あ~あ、お前がもったいぶったせいで、ファーストインプレッション最悪だよ。俺は真朱さんにラッキースケベ野郎って認識されたに違いない……」
「別にそんなこと思いやしないよ」
「何で、そんなこと言い切れるんだよ。…………はは~ん、さてはお前……やってんな?」
(どっき~ん!!)
「は、はぁ? やってるって、何をだよ! 言いがかりも程々にしろよな!!」
まあ、お前が隠しておきたくなる気持ちもわかるけどな、とコガケンが訳知り顔でこちらをニヤニヤ見てくる。確かに意図的に、真朱の容姿について隠していたことは認めよう。しかし、彼が思っているような理由——具体的に何を思っているかは不明だが、では断じてない。なぜならきっと、絶対に、大騒ぎするのが目に見えていたから。もしこの一連のやり取りを学校でされて、他の誰かに聞かれようものなら、祥太郎は瞬く間に『むっつり』、『のぞき魔』、『エロ男爵』、エトセトラ……の不本意な汚名を着せられるに違いないのだ。
「もういいからさ! それより、夕飯食ってくよな!? 食って行けよ!!」
「お、おう、いつも悪いな! 今日も母ちゃん帰り8時過ぎらしいんだわ」
「……」
「…………」
「……でも、でもさ、言うて…………ぶっちゃけ、ありよりのありじゃね?」
本当に、このコガケンという男はしつこい奴である。
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