第8話 月には兎がいる -7-

真朱まそおさま」

「ん~?」

真朱の髪の手入れをしながら玄兎げんとは話しかける。

「あの少年、魂の形も視えていなくて、本当に大丈夫なのでしょうか」


 蘇芳すおうや真朱のような高い霊力の持ち主は、常時人型を取ることができるが、それは真の姿ではない。天敵に見つかることがないように、いくつものベールで魂の形を隠しているのだ。人間の中にも大なり小なり霊力を持つものがいて、そういった人は相手の本当の魂の形を認識できる。おそらく春原家では三人——祖父の雷蔵、その娘で祥太郎の母、そして妹スミレ。残念ながら、祥太郎は視えない人だった。だからと言って、じろじろ不躾に凝視されてもまた失礼にあたるのだが、曲がりなりにも神社のが、全くそれができないというのも如何なものか。


 玄兎は見た目こそ10歳程度の子供だが、蘇芳の代から仕えている老練で、真朱の生まれた時からずっとそばで成長を見守ってきた。だから、うっとおしがられるとわかってはいても、つい親心で心配になり、口を出さずにはいられないのだ。


「そうだね、力の強さでいったら、おそらくスミレの方が上だろうね」

「今からでも雷蔵殿に頼んで、変えていただいては? このままでは、これから華々しく戦歴を上げるであろう、真朱さまの前途に泥を塗ることになりかねません」

「まだ始まってもいないのに大袈裟だよ。それとも僕が信じられない?」

「いえ、そういうわけではありませんが……」


 真朱の強さを疑っているわけではなかった。

「もう、僕のやることにあれこれ口出ししないって約束でついて来たよね? いきなり初日から破るつもり?」

「……申し訳ありません」


 真朱は、ふっと軽く息を吐いて言った。

「心配してくれるのはありがたいけど、これは母から『僕へ』の課題でもあるんだから。過度な干渉は無用だよ。祥太郎も悪い子じゃないし」


「それに、持たざる者が歯を食いしばり、もがいて、努力して、どん底から這い上がる物語の方が、僕、好みなんだ。カタルシス想像するだけで身震いするよね」


「左様でございますか……」

むしろ自分は、刺激よりも安定感を求める性質なので、お決まりの展開のほうが落ち着くので好きだ。先が読めるくらいがちょうどいいとさえ思う。そういうワンパターンばかりだとけるらしいよ、と以前真朱に言われたのを思い出す。


「大丈夫だよ」

ニコッと真朱が歯をみせて不敵に笑う。


「だって、僕って結構強いもの」

「まあ見ててよ。僕らの紡ぐ物語を、特等席でさ」


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