第6話 月には兎がいる -5-

「うわ、すげえ、ずいぶんな御馳走だな!」


 その日の夕食はいつにも増して豪勢だった。食卓に並んだ料理を見て、兄は歓声をあげた。しかも、いつも母のレパートリーに無い、名前のよくわからない料理やなんかも並んでいて、出前でも頼んだのかというクオリティだった。


真朱まそおちゃんは、うさぎさんだからお肉やお魚は食べられないんだよね?」

妹が真朱に話しかける。

(『うさぎさん』って何だよ、その唐突なお花畑は)


「うん、全く無理ってわけではないんだけど、やっぱり食べると調子悪くなっちゃうんだよね。手間かけさせないように、皆と別メニューは玄兎げんとに作ってもらうから」

「全然手間じゃありませんよ。むしろ玄兎ちゃん手際が良くて、ママの料理にプラスで品数作ってくれて、とっても助かっちゃった」

「真朱さまのお側仕えとして当然のことです」

玄兎は母に褒められてちょっと得意な様子だった。


 春原家の夕食は早い。午後6時、遅くとも6時半には開始する。会社勤めの父や下宿している大学生の従姉は、その時間に間に合わず平日は全員揃わないことも多いが、今日は全員が揃っている。食事の席で順番に家族の紹介が始まる。真朱は、いつもなら祖父が座っている一番上座の席にいて、祖父と父からお酌を受けている。まさか成人しているとは。


 その隙に、祥太郎は斜め前に座る兄に話しかける。

「何で兄ちゃんじゃなくて、俺が武闘大会に参加することになってるの? うちを継ぐのは兄ちゃんでしょ?」

「うん、まあ俺は仕事あるし? そもそもルールで参加条件が21歳未満の者って決まってるからな。神使いは別にしてだけど」


 兄は27歳で祥太郎とは14歳、年齢が離れている。一度東京で就職したが、結婚を機に帰ってきて、今は後継者として祖父と一緒に神社を切り盛りしている。


「出て損も無いんだしさ、とりあえず深く考えずにやるって言っておけばいいんでないの? お前は考えすぎる節があるからなあ。じいさんも別に優勝しろとまでは言ってないんだし。参加することに意味があるのよ」

完全に他人事である。兄は逆に楽観的過ぎると思うのだが。次いで、横の妹にも話を振る。


「なあ、お前も知ってたのかよ」

「はあ? 何が?」

「さっき、じいちゃんの部屋で、真朱さんと知り合いみたいな会話してただろ?」

「ああ、あれ。一昨日の夜だったかな? インスタでフォローが来た。会ったのは今日初めてだよ」


「あ、でも、蘇芳すおうさまには会ったことあるよ」

と、妹が続ける。蘇芳さんといえば真朱さんのお母さんだ。

「は? いつ、どこで?」

おかずをもぐもぐ頬張りながら、「ん」と言って人差し指で下の方を指す。

「アタシ昔から視える人だからさ。女のほうが力強い家系だしね、うちって」

妹と喋るといつもこうだ。『何が』にあたる部分がすっぽ抜けていて話が噛み合わない。見えるとか、力が強いとか、一体何のことだ。


「ねえ、祥兄しょうにいさぁ、何が不満なわけ? ずぅ~っとしかめ面しちゃって、真朱ちゃんがイヤな気になるじゃん。そんなにやりたくないんならさあ、いいよ、やらなくて。アタシがやるから。じいちゃんに言えないなら、かわりに言ってあげようか? 何なら、今ここで————ねえ~、おじい~ちゃぁ~ん!」


「や、やらないなんて一言も言ってないだろ! 出るよ! その何とかっていう武闘大会に、出る!」

慌てて妹の言葉を遮る。思ったよりも大きな声になってしまった。祖父を始め、家族の皆が一斉に祥太郎の方を向いて、額から汗が噴き出す。妹はつまらなそうに『べー』っと舌を出していた。


「祥太郎!」

真朱が満面の笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。つられて口輪筋が緩みそうになるのをぐっとこらえる。ああ、やはりこの笑顔には抗えない。

「うれしいよ! 祥太郎、一緒に頑張ろうね!」

 



 さらにその後追い打ちをかけるように、祥太郎は災難に見舞われた。真朱が来たことで部屋が足りなくなったため、一人部屋から祖父との相部屋に移動になったのだ。無論、抵抗は虚しく終わった。当の真朱は、「祥太郎と一緒でも構わないけど?」などと真顔でぬかすので、一気に力が抜けて、怒る気も失せてしまった。冗談でもそういうことを言うのは本当にやめてもらいたい。こちらから丁重にお断りした。とはいえ、自分専用の部屋が無くなるのは、思春期の男子にとっては相当な痛手だった。

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