第5話 月には兎がいる -4-

 改めて祖父が仕切り始める。

「話を本題に戻そう。単刀直入に言うと祥太郎、お前にやってもらいたいことがある。何を隠そうこちらの御方は、我が月見神社のゴサイシンであるツクヨミノミコト様にお仕えするカミツカイのスオウさまがゴレイソクの真朱まそおさまである。そうそう、しばらくうちで一緒に生活なさるから、ご不便のないようよく取り計らってくれ」

(え、うちに住むんだ)

(ええとなんだっけ、ゴレイソク、ゴレイソク…………ご令、息……!?)


「母の蘇芳すおうは、出雲の方でも役職を持っているので忙しくてなかなか現場に立てないということで、今年、代わりに見習いですがカミツカイを仰せつかって来ました。さらにもし、今回の天上武闘奏上大会でいい成績を残すことができれば、正式に役職を継承させる心づもりだとも」


(ご令息……つまり、男!?)

祥太郎は衝撃で頭が真っ白になった。祖父の話は続いていたが、もう右から左だ。


「この天上武闘奏上大会というのは、30年に一度行われていて、ちょうど今年がその年なんじゃ。祥太郎、お前には真朱さまと組んでこれに出てもらいたい。10月は全国の神様が出雲に集まるから神無月、というのはお前も聞いたことがあるだろう?その際に、まあいわゆる神様を楽しませるための余興のようなものとして行われるのだが、これがかなり大人気のイベントらしくての。見て、応援して楽しむも良し、賭けて楽しむも良し、でなかなか盛大に行われるそうじゃ。といっても、わしの時は予選敗退で出雲には行けなんだが。そして、これの勝敗によって最終的に神社の番付が行われる」


 こっそり横の真朱に向かって尋ねる。

「ねえ、男の人、なの……?」

「ん? ちがうよ?」

(な~んだ、やっぱり違うんじゃん。こんな美人が男なわけなかったね)


 だんだん祖父の説明に熱がこもってくる。

「番付自体にあまり意味はないが、上位入賞すれば豪華な副賞があるのがミソでな。例えば金一封、神社の修繕に必要な費用を出してもらえたりする。あとは土地や家、一年分の米や酒、牛、馬、あるいは旅行券……などなど何でもござれじゃ」

「そして何といっても極めつけ――これはすごいぞ! なんと、優勝者は好きな願いを一つ叶えてもらえるのだ!さあ、どうじゃ、やる気になったか? ……おい祥太郎、聞いてるか!?」

「はいはい、聞いてるってば」

(嘘です。半分以上聞いてませんでした~!)


「……で、その武闘大会とやらはどういうことをするの?」

興味は全然沸いていないが、話を聞いてないことをごまかすために質問する。


 待ってましたとばかりに、祖父はいそいそと押し入れから小さな箱と一冊の本を取り出して見せる。

「カード?」箱をあけると、装飾を施された厚手の紙が何十枚も入っており、一枚ずつ取り出してみると、表面にはカードごとに異なったイラストと文字、裏面はすべてに同じ模様が描かれていた。古風なトレーディングカード、といった感じか。


 真朱が答えてくれる。

「昔は純粋にカミツカイ同士が闘って、相手を力でねじ伏せた方が勝ちっていうものだったんだけど、結局それだと毎回同じところばかりが勝って、試合内容もワンパターンでつまらないってことで。運とか、戦略とか、もっとゲーム性を高めるためにこのカードを一緒に使うようになったんだ」


「ざっくり言うと、まず二人一組になって、実際に戦闘を行う『闘者とうしゃ』と戦闘の補助をする『奏者そうしゃ』の役にそれぞれ分かれる。闘者はカミツカイの役だから、祥太郎がやるのは奏者の役ってこと。お互いのチームの闘者同士が順番に攻撃しあって、先に相手の闘者を倒した方が勝ち。たださっきも言ったように、単純な闘技と違うから、奏者がカードをうまく使ってゲームメイクして、時には運も味方につければ、誰にでも平等に勝てるチャンスがある…っていう感じかな。ちなみに闘者から奏者を攻撃するのは禁止だから、それは安心してね」

「カードにもいろいろ種類があるんだけど、細かいルールはそっちの本に載ってるから、見てみて。どう? つかみは何となくわかった?」

「うん……、ちょっとは」


 少し、ほんの少しだけだが、面白そうな気がしないでもなかった。しかし、ここで急にやる気を出し始めるのも上手く乗せられたようで癪なので、話を聞くだけはしてあげるけど、な体を崩さない。


「あの、あとさっきから気になってる、カミツカイっていうのは?」

「神様のお使いで、神使い。神様の意志を人々に伝えたり、逆に人々の願いや祈りを届けたりする、神様の代理みたいなものかな」


「日本の神様たちはその姿を人前に現わさない。そうすると神様はちょっと遠い存在って多くの人は感じるけれど、神使いはもっと身近で、生きている暮らしの中にいる。それこそ昔の人は神社に限らず、海や山、川なんかに現れる動物や自然現象などにも見出だしていたんだ」

「なんだか概念的な話ですね」

「そうだねぇ。要は、気づき、というか心の在り方なのかもしれないね」


 しばし沈黙が流れる。こういった微妙な間が苦手な祥太郎は、菓子をもそもそと口に詰め込み、ぬるくなったお茶をグイッと一気に飲み干した。

「げほっ! えっほ、ごほっ!」

お茶が変なところに入った。真朱が大丈夫? と背中をさすってくれる。


「まあ急な話じゃからの、今ここですぐに返事をせずともよいが。やらない理由は無いと思うがのう。いい返事を期待しておるぞ、祥太郎」


 祥太郎自身、大会に参加することが嫌なわけではなく、別に真朱に対しても悪い感情は持っていなかった。ただとにかく大人はわかっていないのだ。詳しい話は後回しで、本人の意思の確認や了承なしに話が進んでいることだとか、半ば強制される形になっていることだとか、それらに対して気に食わないことに。もし自分がすぐにオーケーしたら、そういったことがすべてうやむやになるようで、素直に「はい」と言えない複雑なお年頃だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る