第4話 月には兎がいる -3-

 家に到着すると、玄関先まで一家総出で迎えに来た。祖父に至っては、座礼までして深々と頭を下げている。


「雷蔵、久しぶりだね」

真朱まそおがにっこり笑って声をかけ、全員の顔を見渡して言う。

「皆も、この度は歓迎ありがとう」


「いえ、そんな」「ありがたいお言葉」「ようこそいらっしゃいました」「光栄の極みです」などと、家族の皆も口々に返答しているが、やや緊張した面持ちで、普段ふざけてばかりの妹ですら神妙にしている。


「遠路はるばるお疲れでしょう、さあどうぞお上がりください。私の部屋で甘いものでもいかかでしょう?」

「じゃあお言葉に甘えて、お邪魔させてもらうね」


 そうして真朱は祖父の部屋に通されていった。祥太郎は兎にも角にも自分の役目は終わったとばかりに、さっそく部屋に引っ込もうとした。

「何をしている? 祥太郎、お前も来るんじゃ」

祖父から呼び止められた。

(えぇ~まだ何かあるの? 5時半から見たいアニメがあるんだけど………)

とは、お客さんの手前言えず、またも不本意ながらついて行くしかなかった。


「はぁ………」


「どうしたの? 祥太郎、おなか空いた?」

「うおぉおっ!」 


  そしてこの渦中の人はといえば、——近い! 一体、距離感どうなっているんだ。話す時にいちいち顔を近づけてくるのはやめてほしい。欧米か? ただでさえ日本人はパーソナルスペースが狭いというのに、今の俺はATフィールド全開、パターン青、です!

 反射的に、飛んできた虫をよけるくらいの勢いで反ってしまう。奇行をしている自覚は重々ある。自分でももはや過剰防衛の域になってきていると思う。が、

「え、急にどうかした?」

「む、虫が………」

あなたが美しすぎて挙動不審になっているんです、なんてカッコ悪すぎて口が裂けても言えない。結局虫のせいにした。


 部屋に入ると早速、祖父と真朱は談笑し始めた。かくいう祥太郎も、なんだかんだと真朱の素性が気になっていたので、聞くとは無しに聞いていた。

 

蘇芳すおう様はご息災でいらっしゃるようで何よりです。先日、夢枕にお立ちになられた時には、初めてお会いした頃から全くお姿がお変わりなくお美しいままで。この老いぼれめは、ついにあの世から女神さまがお迎えにいらしたのかと思いましたよ。ハッハッハ」

「ふふ、女神は言い過ぎじゃない? 雷蔵も老いぼれだなんて自分を卑下しないことだよ。人生100年、まだまだこれからでしょう」


「うちの母、あの人はいつも誰にでもそうなのだけれど、自分より少ししか生きていない者は皆子どもと思っているから。雷蔵のことも『あの子』だなんて呼んで。成人していて立派にお務めもしているのだから、そんな子ども扱いは失礼ですよ。と言っても一向に取り合わなくてね。いつまで経っても子どもは子どもよ、なんて言って」


 真朱のお母さんはスオウさんといって、その人も祖父と知り合いのようだ。


「失礼しまぁ~す」

間のびした声がして障子がすっと開き、妹の寿美礼すみれが湯呑と茶菓子を乗せたお盆を手に入ってくる。

「どうぞ、熱いので気を付けてください」

湯呑を配膳しながら、真朱の顔をまじまじと覗き込む。

「ねえ、moonstone_masoh さん?」

「そうだよ!suuchan_violet ちゃん、だよね」


 キャ~、と急に何やら二人で盛り上がり始めた。

「マソオさんの写真、全部えててエモエモで超最高です~! とりま、心の中でいいね100万回押しました~!」

「本当に? 見てくれて嬉しいな! スマホもまだ使いこなせてなくて」

「おけぴ、マジ秒で教えますぅ~! ていうかこんなレベチに綺麗な人でヤバみ~。ねえねえ、後で自撮りアップしていい? LINEやってる?」


 妹は早速タメ口でマシンガントークを繰り出し、勝手にLINE交換を済ませると、二人で自撮りまでして去っていった。恐るべき陽キャめ。祥太郎など、気になる女子の連絡先を聞くまで半年近くかかった上に、交換直後に一度メッセージを送ったきり、以来タイミングが掴めず、そこからさらに半年が経っているという、情けない有様だというのに。

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