第3話 月には兎がいる -2-
「えっ、やばい、今の髪色派手な人見た? 芸能人ぽかったね!」
「ね~めっちゃ綺麗な顔してた!! スタイルいいしモデルかなぁ?」
そばを通りすぎる女子高生がキャッキャと話す声が聞こえる。
精算してもらっているのだろうか、その途中でくだんの人物が、何かを察知したかのようにこちらを振り向く。気づけば穴が開くほど凝視していた祥太郎は、思いっきり視線がかち合ってしまい、とっさに逸らすもワンテンポ遅かった。多分、アホ面でガン見していたことに気づかれただろう。
恥ずかしさで火を噴きそうだったが、やはり気になってもう一度こっそり盗み見てみると、
しかしその麗人は途中でキャリーバックを同行者と思しき少年に託すと、さらにずんずんと加速気味に進んできて、サングラスを少しずらしながら祥太郎の顔を覗き込むと、花がほころぶように優しく微笑んで頭を撫でてきた。ドッドッ、と音が聞こえてしまうのではないかというくらいに心臓が跳ねる。これは夢かまぼろしか。カッティングされた宝石のごとく瞬く、瞳の色はルビー。
「迎えに来てくれたんだね、祥太郎!」
見た目に反して女性にしては低めの声だったが、耳障りな感じはしなかった。
「弾丸で観光してきたから、さすがにちょっと疲れちゃった。はい、これお土産」
紙袋を2つ3つと渡され、それらをされるがままに受け取る。
「岡山のきびだんごと、京都の阿闍梨餅に——」
祥太郎の硬直した思考が十数秒ほど遅れてやっと動き出す。
「あの、なっ何で俺のこと知ってるの、……んですか?」
「ふふ、もちろん。だって祥太郎、雷蔵の子供のころにそっくりなんだもの。一目でわかったよ。祥太郎の方こそ、見つけてくれてすごく嬉しかった!」
「それは——」
別に見つけたからじっと見つめていたわけではないのだが。しかし、祖父の言っていたオーラというのは何となくわかった気がする。目を引く存在。感じるエネルギー。そしてそれらを
二人の顔と顔の距離約20センチ。まだ未知との遭遇に対応できない祥太郎は、反射的に上体をのけ反らせて、それ以上の接近を阻止する。とてもではないが、これ以上近づかれてはまともに直視できない。身長は周りにいる女性たちより頭一つ分はゆうに高いので、170センチ前後くらいだろうか。160ちょっとの祥太郎は、弓なりにそっくり返っているのもあり、完全に上から見下ろされる形になっている。
平静を保つため、やや失礼にはなるかもしれないが、なるべく相手の顔以外を見るようにしながら話を続ける。
「えっと、俺は
あなたがそうですか? と聞くのは疑っているようで気分を害するだろうか。見た目には、嘘やでたらめを言いそうな感じはしない。言葉が続かず、品定めするようでいけないと思いつつも、頭から足先までを舐めるように眺めてしまう。
よそおいは今どき流行りの上下セットアップ。一見色味は落ち着いているが、袖口や襟元には繊細な刺繍が絢爛豪華に施されており、量販されているものでは無さそうだ。肩先が隠れる程度の短い袖からのぞく二の腕は、うっすらと筋肉がついて引き締まっていたが、全体的に体つきは華奢だった。何かスポーツでもやっているのだろうか、それにしては肌の色は陶器のように白く滑らかで、爪先も綺麗に整えられてピカピカだ。惜しむらくはまな板————ってバカ、何を考えているんだ俺は。
「うん、雷蔵とはもうずいぶん長く会ってないから楽しみにしてたんだよ。もちろん他の家族の皆ともね。早く行こう!」
「あっ、名前はマソオって言います。真実の『真』に朱色の『朱』って書いて
なるほど、名前の由来を聞いて納得した。その瞳の色だからか。
「彼は
キャリーバッグを引きながら、遅れてきた小学生くらいの少年のほうに視線を遣ると、ぺこりと会釈が返ってくる。
真朱と名乗った人物は、ごく自然に祥太郎の手を引いて歩き始める。そして一つの疑問も解明されないまま、あれよあれよという間に帰路についた。祖父を筆頭に皆、圧倒的に説明が足りない。
それにしても祖父を名前で呼び捨てとは、二人は一体どういう関係なのか。せいぜい16、7歳くらいの年齢にしか見えないが、祖父の子供の頃の姿を知っているのは何故? 長い知り合いというのはいつから? そもそも着ているものや立ち居振る舞いからも豊かな暮らし向きがうかがえるうえに、これだけ美貌の人物だ。ドがつく庶民の祖父が、どこに知り合う余地があるというのだろう? 謎は深まるばかりだ。
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