第2話 月には兎がいる -1-
祥太郎は車の助手席で少しむくれていた。というのも、今日は日曜日で部活もないので、友達の家で宿題を一緒にしたあと、自転車でゲーセンに行く約束をしていたのに、朝の祖父の一言でそれらがすべておじゃんになったからだ。
「祥太郎、大事なお客様がいらっしゃるから、お前は駅まで迎えに行ってくれ」
「え、今日? 急に? 俺、用事あるから無理なんだけど……。他の人に頼んでよ」
「だめだ。他の皆は皆で別にやることがあるから、お前が行くんじゃ」
ダメもとで少し粘ってみたが、こういう時の祖父は一度言い出したら聞かず、いつも自分が折れるしかなかった。
「ていうかこれ、俺いなくても良くない? 車運転するの父さんなんだしさ。そもそも、じいちゃんの客ならじいちゃんが来るべきでしょ。『大切な』とか言うならなおさらじゃん」
と、運転要員として同行する父に愚痴る。
「まあお義父さんの決めたことだから、仕方ないさ」
父は長いものに巻かれるタイプの人間で、かつ婿養子でもあるので、はなから祖父が決めたことを覆すつもりは無い。そういう相手に何か言ったところで、同意も共感も全く得られないので、余計にむかっ腹が立ってくる。だがそれでも言わずにはいられない、13歳はまだまだ子供なのだ。
「相手がコガケンじゃなかったら、当日ドタキャンで友達失ってるとこだったかもしれないよ」
コガケンは徒歩5分圏内に住んでいるご近所さんで、幼稚園から中学までずっと一緒のいわゆるマブダチだ。恥ずかしいので口に出したことはないが、お互いに間違いなくそう思っていると思う――多分。そもそも祥太郎の交友関係はあまり広くないので、遊ぶ相手といったら大概コガケンか、あるいはごくたまに部活の同学年の友人達か、そのくらいだった。
少年漫画の主人公のように、たくさんの仲間とワクワクするような冒険をしたり、空から降ってきた美少女と恋に落ちるだとか、はたまた自分に秘められた能力が突然開花して悪い奴と戦うヒーローになるなどという、そんな刺激的なことは起こりはしない。それを望むこともない。平凡で小さな世界だけれど、それなりに楽しいことを見つける毎日。だから、大人からすれば大したことないかもしれない、ゲーセンに行くといった約束でも、祥太郎にとっては大切で、ちょっとやそっとで機嫌など直りはしないのだった。
駅に着くと日曜日ということもあって、大して栄えた駅でもないがそれなりに人出があった。父には駐車場で待機してもらい、祥太郎一人が改札前にて待つ。祖父から聞いた特徴、と言えるかわからない情報を口の中で
「そのお方は、高貴で、凛としたたたずまいをしており、知的な雰囲気の中にもダイナミックな躍動を—―」
「ねえ待って、ちょっと、そんなボヤっとした例えじゃわかりっこないよ。身長何センチくらいとか、太ってるとか痩せてるとか、年齢とか、男か女かとかさ」
「うむ……といっても、最後にお会いした時から日が経っているからな。まあ大きくお変わりはないだろうが。俗っぽい言い方をするなら、オーラがある、というのか。お前さんのように鈍感な一般ピープルでも、一目見たら間違いなくわかるはずじゃ。あとは先方が見つけて下さるだろう」
反論したそうな祥太郎の顔を見て、最後に祖父が一言付け加えた。
「そうさの、見た目に関しては強いて言うなら、めっちゃ美人じゃ」
じじいのサムズアップが脳裏をよぎり、はぁ、と軽くため息をつく。今降車してきた集団の中にはそんなオーラのあるような人物は見当たらなかった。祥太郎の第六感がきちんと機能していれば、の話だが。
大体祖父の言う美人が、果たして世間一般でいう美人と合致しているのかも怪しかった。祖父は「婆さん一筋」だと常々言っている。祥太郎は亡くなった祖母に直接会ったことは無かったが、写真で見る限り容姿は十人並みといったところだった。ただでさえ昨今はクラスで3、4番目に可愛い子がアイドルをやる時代で、美の基準も多種多様。結局あてにならないのではないか。あるいは、渋る祥太郎を迎えに行かせるためのブラフだったのかもしれない。
また何回目かの人の波がおとずれる。毎度のごとく改札を通る人をチェックしていると、ふと窓口で駅員に何事かを話している髪の長い人物に目が留まった。
銀白色、いや、それよりももっといくつもの色が重なり合ったような、例えるなら光に当たりキラキラと七色に輝く、貝殻の内側のような複雑な色合いをしていた。髪の色だけでも目立つのに、端正な顔立ちが薄い色のサングラスでは全く隠せていないのと、一般的には見ない独特な化粧をしているので、盛大に衆目を集めていたが、本人は全く気づいていないようだった。
行き違う人は必ずと言っていいくらい二度見しており、改札外にいる人もわざわざ歩を緩めてまで見ているほどだ。かくいう祥太郎も目が離せなくなっている一人であった。
なんというか、生まれてからこれほどまでに美しい人を直に見た経験が無かったから、つまり、これは一種のカルチャーショックのようなものであって、決して
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