二つ目

@yuryuri1477

第1話

妹と会うために新宿に行き、ランチをして虎屋カフェを行った後にさよならした。それから私は再びうんざりするような雑踏に入り、新宿南口から小田急線に乗って代々木上原に向かおうとしたところでアップルウォッチの振動が着信を知らせる。発信元はさっき別れた妹。

「どうしたの?」私は電話に出て答える。

しかし、無言で答えは返ってこない。そして5秒ほどピー音が入ったと思うと妹の声がする。

「知能レベル4以上に属する私たち高高度知的生命体は熱力学第二の法則であるエントロピーの増大を抑える方法をなんとか考えました。しかし、無秩序に対して秩序を保ち続けることはできなかった。つまり、この世は混沌に包まれます」

「なにそれ?」私は笑いながら言うが、同時に違和感を通り越して不気味さを感じる。うちの妹の悪ふざけにしては意味がわからない。「糖分が足りてなかった?」

妹からの回答はない。ガサガサという音がするだけ。それから耳に聞き慣れた音がいくつも入ってくる。着信音がいたるところで同時に鳴る。

「これからこの世界は混沌に包まれます。混沌のなかで言えるのは一つだけ。ご自身が誰かを忘れないでください」妹は言う。

そして沈黙。やがて電話が切れた時のプープーという音がする。

電話が切れてから、私は周りを見回す。新宿の雑踏は話し声に書き換えられてる。みんな電話に向かって話しかけ、その次にスマホを見る。私と同様に電話が切られてしまったのだろう。

明るく照らされた闇の中、私は多少の不安を感じながら妹にメッセージを送る。

私:大丈夫?

ゆり:大丈夫?

ゆり:電話かけた?

ゆり:??

ゆり:お姉ちゃんから電話きたけど

私:私も同じなんだよね

既読はつくが帰ってこない。

スマホから目を上げると、西武新宿線入り口お馴染みの巨大な電光掲示板が目に入る。電光掲示板には新しい映画の予告が流れている。それが唐突に白黒になり、次にゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」へと変わって行く。そして再び電光掲示板になり深刻そうな顔をしたニュースキャスターが出て来たと思ったけど、彼はなにを言うこともなく消えていった。正確には、ビルが丸ごと消えていった。そして再び周りを見ると、私の周りから全てが消えていた。道路のアスファルトは全てなくなり、夏のはずなのに異様に冷たい空気が私を包む。私は腕を組んで体を温めると、遠くから楽しげな声がすることに気がつく。最初は聞き間違いかと思ったが、音は徐々に大きくなり同時に明かりが目に入り何かが来ることを確信する。やがてその姿が見えて来る。

最初に目に入ったのは凛としたとした表情した背の高い天狗が列をなして歩いている。全員が赤い提灯を持ち、綺麗な整列をした状態で歩いている。その後ろにはお酒を持った猫また、さらにその後ろには巨大な骸骨が一体、さらにその後ろを九尾の狐が禍々しさと優雅さを振り撒きながら歩く。土の匂いが私の肺を満たす。

妖怪たちの列は前にも後ろにもずっと続いている。私の周りにはほとんど人はいなくて、ただ天狗たちの叩く金属音だけが虚空に響く。その光景に見惚れていると、妖怪の列になにかが入ってくる。最初はただ黒かったそれは徐々に形を表す。

最初にはっきりと姿を見た時、私はそれを伝統的な妖怪たちの一部なのかと思った。しかし、妖怪もまたその存在に違和感を覚えるのを言葉は分からないがその様子から悟る。彼らもそのなにかから距離をとり、固唾を飲んでそれを見ている。やがてお札を体中に貼り、手には錫杖を持つなにが姿を表す。札まみれのそれは錫杖を大きく掲げたと思うと次に地面に打ちつける。強烈な金属音は妖怪たちの奏でる音全てを上回る。そして「お前は誰だ?」すると、猫又たちは消え去る。火の玉になり、その火の玉も一瞬で燃え尽きる。天狗と骸骨は残っているが、彼らも同様は隠せないのか私には分からない言葉を発しながら周りを見渡している。

「お前は誰だ」お札を纏うそれは再び尋ねる。すると、天狗も骸骨も九尾の狐も火の玉になり、空気の中に消えていく。

札を纏うそれの視線が次に私を捉える。どこに目があるかもなにも分からないが、勘というよりかなり確度の高い確信で私は思う。自分の人生の終わりを確信しながら、それの動作を見守る。それはゆっくりと錫杖を上に上げる。そして勢いよく地面に突き刺すが、問いは続かない。体に暖かさが戻り、息が出来るようになる。視線がそらされた。そして楽しげな声がする。「あやつらは意外ともろかったなぁ」と男は笑いながら言う。それは人間の男だった。着物を羽織り、高い下駄を履く。とても楽しげな声で語る。

「お前は誰だ?」札を纏うそれは問う。

「誰でもいいだろう。そんなことになんの価値がある。そんなことより楽しむのが大事よ」男は手を叩く。すると先ほど消えた妖怪たちがまた戻ってくる。火の玉が灯ったと思うと、天狗も猫又も九尾も、全てが男の後ろにつく。

「お前はなんだ?」男は札を纏う機械に言う。「お前はなぜそこにいる」

「我こそは混沌の使者。世に不規則をもたらし、脆弱なもの全てを正す」札を纏う機械は答える。

「下らん。非常に下らん。お前のようなつまらぬ存在がいるから世は楽しくならぬ」男は言う。「今回の不敬は見逃すには大きすぎる。故に身をもって償え」

札を纏う機械から大きな音がする。

金属が丸まっていく。やがてそれは飴ぐらいの大きさになると止まり、男はそれを手に取ると口に入れる。そして「まずいのぉ」と弾んだ声で言い大きく笑う。彼につづき、妖怪たちも大きな声で笑う。

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