宇宙拳人コズマ 対 銀河帝王サタンゴルデス-6
「ほお、まだ立ち上がるか。そうこなくっちゃ、おもしろくねえ――――」
サタンゴルデス――叢雨覚龍斎の声は弾んでいた。
それも当然だ。
二度までも己の攻撃に耐えられる人間は、そうそういるものではない。
これまでの半世紀ちかい武術家人生において、覚龍斎が拳を交えた使い手は数しれないが、そのほとんどは一撃で沈んでいったのである。
めったに巡り合うことができない極上の獲物をまえにして、覚龍斎は歓喜と興奮を抑えきれずにいるのだった。
「まだ勝負は終わっちゃいない。おまえを倒すまで、俺は何度だって立ち上がってみせる」
「男の意地ってやつかい」
「ヒーローの意地さ」
言い終わるが早いか、コズマが動いた。
ついさっきまでのおぼつかない足取りが嘘のような、しなやかな豹を彷彿させる俊敏な動き。
コズマはセットを所狭しと駆けめぐり、サタンゴルデスの右へ左へ、あるいは後方へとすばやく回り込んでいく。
軽功。
ブラックコズマ――黒衛が先の闘いでみせた技術だ。
体内で練り上げた勁力は、攻撃や防御だけでなく、身体能力の向上にも応用することができる。
もっとも、コズマの場合は、見様見真似でやっているにすぎない。技術の水準において黒衛のそれとは比べるべくもないことは、あえて言うまでもない。
むろん、その効果も長くは続かない。
いまのコズマの体力から考えて、軽功が保つのはせいぜい一分と言ったところだろう。
それでいい――と、コズマはおもう。
実戦において、技が完璧である必要はない。
この絶望的な状況のなかで、一縷の望み――サタンゴルデスへの反撃の糸口を掴みとる。
その役目さえ果たせるなら、それいじょうを望みはしない。
「ちょこまかと動き回りやがる。ネズミみてえによう」
だれともなくごちたサタンゴルデスの声には、怒りも焦りもない。
――小童ごとき、その気になればいつでも殺せる……。
そんな強者の傲慢が、闘いのさなかにあって、サタンゴルデスに不思議な鷹揚さをもたらしているのだ。
コズマがなにを企んでいるのかはわからない。
それでも、ひとつだけはっきりしていることがある。
どんな手を使っても、この重厚な甲冑と、鍛え上げた肉体を破壊することは不可能だということだ。
サタンゴルデスは、コズマにむかっておおきく両手を開く。
さあ――――
おもいきり、拳を打ち込んでこい。
蹴り技もいい。
技術と経験のありったけを、思うさまぶつけてこい。
すべてをこの身体ではね返し、おまえのしてきたことが無駄な努力だったと教えてやる……。
転瞬、すさまじい衝撃がサタンゴルデスを揺さぶった。
コズマの放ったローキックが、右脚のふくらはぎをしたたかに打ったのだ。
「ぐおう」
サタンゴルデスが洩らした苦吟の声は、けっして演技ではない。
コズマの蹴りは、分厚い鎧を貫通し、覚龍斎の肉体にまで達したのだ。
骨折にこそ至っていないものの、激しい内出血によって、右脚はみるみる太く腫れ上がっていく。
「おめえ、いったいなにを……」
コズマを振り返ったサタンゴルデスは、おもわず「ぬう」と洩らした。
コズマの左脚は、足首のすこし上あたりで折れ曲がっている。
まるで自動車に轢かれでもしたような、異様な曲がり方であった。
ロングブーツに隠されているため、傷口の状態は判然としないが、折れた骨が皮膚を突き破っていても不思議ではない。
「なるほど、紫野と青江の合せ技か。……いまのは効いたぜえ」
「さすがにお見通しだな」
コズマが繰り出したのは、紫野=ミサイルコブラと、青江=カッターカマギラがそれぞれ得意とした技を合体させたものだ。
すなわち、硬気功によって紫野の鍛え上げられた外功を再現し、その肉体でもって青江の一撃必殺を実行したのである。
サタンゴルデスは、鋼と化した肉体を、銃弾もかくやという超スピードで叩きつけられたということになる。
いかに強靭な肉体をもつ覚龍斎でも、完璧に防御することは不可能なのだ。
いっぽうのコズマも、むろん無事では済まない。
自分の脚を、いうなれば使い捨ての武器として用いたのである。
二度は使えない。
それどころか、武術家にとって生命ともいえる脚を壊してしまったのだ。
このさき一生、まともに歩けるようになるかもわからないのである。
それがどうした――と、コズマは、自分自身に言い聞かせるように心中で呟く。
ここで勝たなければ、このさきの人生も、武術家としての将来もない。
たとえ五体ことごとく砕け散ったとしても、サタンゴルデス――叢雨覚龍斎を倒す。
これが正真正銘、『宇宙拳人コズマ』の最終回なのだから。
最初は、特撮などどうでもよかった。
それは偽らざる本音だ。
ただ強い
しかし、いくつもの闘いを経たいま、風祭とコズマは分かちがたく結びついている。
ここでサタンゴルデスに敗れることは、人間・風祭豪史と、ヒーロー・宇宙拳人コズマがともに否定されることにほかならない。
ここまでやってきたことを無駄にしないためにも、生命を賭ける価値はある。
「だが、おめえの左脚はもう使い物にならんぜ。それでどうやって闘うつもりだ?」
「それはお互いさまだろう」
「ひとついいことを教えておいてやるよ」
言いざま、サタンゴルデスが腰を落とした。
猫背になり、ぐっと両手を前に突き出した前傾姿勢。
プロレスラーがリング状でしばしば見せる構えに似ている。
その両手が音もなく動き、宙空に見えない円を描いた。
ちょうどサタンゴルデスの身体全体がすっぽりと収まるほどの円である。
「この叢雨覚龍斎はな、たとえ動けなくなったとしても、この円のなかでは世界で一番疾いんだぜ――――」
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