宇宙拳人コズマ 対 銀河帝王サタンゴルデス-5
大気を裂くするどい音がスタジオに響いた。
拳。
蹴り。
手刀。
肘打ち。
飛び膝蹴り。
そして、回し蹴り。
すべてコズマが仕掛けた攻撃であった。
コズマは、サタンゴルデスめがけて飛びかかるや、息もつかせぬ連撃を繰り出したのである。
どの技も一撃必殺の破壊力を持っている。
ふつうの人間なら、一発でも当たった時点でダウンを取られているはずであった。
甲冑をまとった巨体は、しかし、セットの中心に佇んだまま身じろぎもしていない。
「どうした、もう終わりか? お望みなら、もうすこしじっとしてやっててもいいんだぜ――――」
サタンゴルデスは軽く首を鳴らすと、コズマにむかって余裕たっぷりに呼びかける。
コズマが渾身の力を込めた猛攻も、サタンゴルデスには梢を揺らす
その身に重厚な甲冑をまとっているからでは、むろんない。
どれほど分厚い鎧も、外部からの衝撃を完全に遮断することはできないのである。
並みの人間であれば、鎧の内部に浸透してきた衝撃に打ちのめされ、とっくに気絶していてもおかしくはないのだ。
すべてはサタンゴルデス――叢雨覚龍斎の異常なタフネスの賜物であった。
コズマはすばやく後じさる。
いったん攻撃を中断し、仕切り直しを図ろうというのだ。
サタンゴルデスがまったくダメージを受けていない以上、いたずらに動き回って体力を浪費することだけは避けねばならない。
なにより、あのまま打ち込みつづけていれば、肉体よりも精神がさきに参っていたということもありうる。
まるでそびえたつ岩壁に拳を打ちつけているような、かつて経験したことのない徒労感……。
どんなに
その唯一の例外が、いまコズマが対峙している漢――叢雨覚龍斎なのだ。
「バケモノめ……」
「褒め言葉と受け取っておくぜ」
いまいましげに吐き捨てたコズマに、サタンゴルデスは肩を揺すって嗤う。
「おめえにひとつだけ頼みがある」
「なんだ?」
「簡単に倒れてくれるなよ。――――と言ったところで、どだい無理な相談だろうがな」
言い終わるが早いか、サタンゴルデスの巨体が動いた。
否。動いたと認識できたのは、すでに移動が終わったあとだ。
サタンゴルデスは、ほとんど空間を飛び越えるようにして、瞬時にコズマの眼前に現れたのである。
ほとんど足底を浮かせない古武術の歩法と、”抜き”とよばれる関節の脱力を組み合わせることで、サタンゴルデスは足音も気配もなく一気に間合いを詰めたのだ。
「まずは右の正拳突きからいくか」
サタンゴルデスが宣言したのと、じっさいに右の拳がコズマめがけて伸びたのは同時だった。
これから自分が仕掛ける攻撃を、わざわざ口に出して知らせる。
武術の常識ではぜったいにありえないことだ。
次にどんな攻撃を仕掛けてくるかが事前に分かっていれば、受け手は防ぐことも躱すことも簡単にできる。
ましてコズマほどの使い手であれば、万にひとつも攻撃を喰らうおそれはない。
そのはずであった。
「ぐううっ……!!」
鈍い音とともに、コズマの身体は二メートルあまり後方に吹っ飛んでいた。
マスクから苦しげな呻吟が洩れる。
致命傷こそ免れたものの、落下の衝撃で肋骨にヒビが入ったのだ。
ほんらいなら内臓破裂で即死している攻撃である。
この程度のダメージで済んだのは、コズマの卓越した受け身の技術があればこそだ。
もし回避をこころみていたなら、いまごろ生命はなかったかもしれない。
サタンゴルデスが攻撃を宣言した瞬間、コズマはぜったいに避けられないと判断し、防御を選んだのだった。
「くくっ、そうでなけりゃあおもしろくねえ。……次は中段蹴りだ」
サタンゴルデスとの間合いが消失したのは次の瞬間だ。
コズマはすでに防御を固めている。
ただガードするだけでは、サタンゴルデスの攻撃に耐えることはできない。
気息をととのえ、全身に勁力を巡らせることで、瞬間的に防御力を高めたのである。
これでどこに攻撃を受けたとしても、一撃まではどうにか耐えられる。
苦痛を長引かせるだけの無駄なあがきかもしれない。
それでも、わずかな勝機をつかむために、コズマは一か八かの賭けに出たのだった。
次の刹那、すさまじい破壊音がスタジオを領した。
コズマがカメラに突っ込んだのだ。
サタンゴルデスの蹴りを受け止めた瞬間、コズマはなすすべもなく宙を舞った。
そのまま背後のカメラに激突し、カメラマンごと機材をなぎ倒したのだった。
「風祭――――」
撮影を別のカメラに切り替え、しばらくサタンゴルデスをアップにするよう指示した橘川は、すばやくコズマに駆け寄る。
「おい、風祭!! しっかりしろ!!」
「すみません。情けない姿……見せちまって……」
「もういい。放送は中止だ。これ以上やれば、ほんとうにあの男に殺されるぞ」
橘川の言葉に、コズマは首を横にふる。
「番組はまだ終わってないんです。これが最終回なんだ。ここでやめたら、いままでのことがぜんぶ無駄になっちまう……」
よろよろと立ち上がったコズマは、おぼつかない足取りでセットへと向かう。
そして、振り返ることなく、ひとりごちるみたいに呟いたのだった。
「橘川先輩。このさき、なにがあってもカメラは止めないでください――――」
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