宇宙拳人コズマ 対 暗黒拳人ブラックコズマ-7

 びゅっ――と、するどい音が立て続けに生じた。

 おそろしく疾いものが空気を裂く音だ。


 拳。

 脚。

 手刀。

 足刀。

 膝。

 肘。


 およそ人体のありとあらゆる部位を武器に変え、コズマとブラックコズマは、一歩も引かずに激しく打ち合う。

 死闘という言葉さえ、二人の闘いを形容するにはなまぬるい。

 おのれの全存在をかけて対手の全存在を否定する。どちらかが倒れるまで、ひたすら暴力をぶつけあう。

 それは、悽愴にして悲壮な闘いであった。

 

「しゃっ!!」


 刃のような叫びとともに、ブラックコズマの身体が旋回した。

 後ろ回し蹴り。

 ブーツの踵をハンマー代わりに叩きつけようというのだ。

 まともに入れば、プラスチック製のマスクはあっけなく砕け散るだろう。

 当然、も無事では済まない。


「ぬうっ」


 コズマはその場から動かない。

 それどころか、迫りくる蹴りにむかって一歩踏み出していった。

 自分から攻撃を喰らいにいくようなものだ。

 闘いの定石セオリーを外れた――というよりは、ほとんど狂気の沙汰と言っていい行動である。

 

 どす――と、重い音が響いた。

 砂利がみっちりと詰まったサンドバッグを、金属バットでフルスイングすれば、あるいはこんな音が出るのかもしれない。

 すくなくとも、人間の身体から出る音ではなかった。


 コズマは、ブラックコズマの右脚をしっかと掴み取っていた。

 後ろ回し蹴りを放ったほうの脚である。

 蹴りが当たるかという瞬間、コズマは両腕と腹筋・胸筋を密着させ、筋肉の盾を作り出した。

 もっとも、いくら強靭な筋肉の盾でも、ダメージを帳消しにできるわけではない。

 まともに喰らえば即座にダウンするところを、なんとか一撃は凌ぐことができるというだけなのだ。

 

「愚かな……」


 呟くが早いか、ブラックコズマは高々と舞い上がっていた。

 地面につけた左脚で跳躍したのではない。

 に、さらなる高みへとブラックコズマは飛んだのだった。

 

 空中で猫みたいに一回転したブラックコズマは、落下しつつ下半身をひねる。


 左の斧刃脚――――

 べつに珍しい技ではない。どの流派でも使われる、中国拳法の基本的な腿技のひとつである。

 いまブラックコズマが繰り出したそれは、しかし、とはあきらかに性質を異にしていた。

 通常、斧刃脚は対手あいての膝下を払うように放つ。

 ブラックコズマは、自分自身が高く飛ぶことで、コズマの首を射程範囲に収めたのだ。

 さながら死刑執行人が罪人の首を刈るごとく、斧刃脚によってコズマの頚椎を破壊しようというのである。


 生命維持をつかさどる頚椎を砕かれれば、どんな人間でも即死はまぬがれない。

 ブラックコズマは、本気でコズマの息の根を止めるつもりなのだ。

 生放送の子供番組で人が死んだとなれば、たとえ故意でなかったとしても大問題になる。

 日陽テレビだけでなく、これまで番組に協力してきた叢雨流にも追及が及ぶだろうことは想像に難くない。


――それがどうした?


 ブラックコズマ――黒衛にとって、叢雨流がどうなろうと知ったことではない。

 かねてよりの『コズマ』の常軌を逸した番組内容がマスコミに取り沙汰され、叢雨流がワイドショーやゴシップ誌の好餌になったところで、黒衛には痛痒ともないのだ。

 目の前の男を倒す。

 それだけが、黒衛の闘う理由だった。

 ここで自分が勝てば、叢雨覚龍斎と闘う機会がめぐってくる。

 覚龍斎を倒し、衛大哥の無念を晴らす日を、黒衛はずっと待ちつづけてきた。

 あの男の忠実な部下をよそおい、時には使い走りのような真似をしてまで側近としての信頼を勝ち取ってきたのも、すべては仇討ちのためなのだ。

 

――ここで負ければ、すべてが無駄になる……。


 コズマ――風祭に怨みがあるわけではない。

 稀有な才覚を持った拳士だとさえおもう。

 二週間の療養期間を与えたのも、本気で闘ってみたかったからだ。

 だが、本来の目的の邪魔になるというなら、あえて生かしておく理由はない。


 斧刃脚がコズマの首筋に触れるかというときだった。

 骨と肉を断つ感触のかわりに、ブラックコズマは左脚に鈍い痛みを感じた。

 コズマの頸骨の抵抗ではない。

 なにかもっとずっと巨大な力に触れたのだ。

 そのすさまじい力は、斧刃脚を受け止めただけにとどまらず、ブラックコズマの脚を破壊したのだった。


。実戦で試したことはなかったがな。土壇場でうまくいくとは、ツイてるぜ――――」 


 コズマは体勢を立て直しつつ、だれともなくひとりごちる。

 首筋には肘を曲げた右腕をそえている。

 筋肉の盾からわずかに右腕だけを動かし、全身の勁力を一点集中して防壁を作ったのだ。

 地面に足をつけた状態ならいざしらず、空中で放たれた斧刃脚であれば、これで事足りる。


 ブラックコズマは、痛めた左脚をかばうように半身の構えを取る。


「私が二段構えの攻撃を仕掛けることがわかっていたのですか?」

「おかげで勁を貯める余裕ができた」

「面白い人だ、ほんとうに……」


 その言葉とはうらはらに、ブラックコズマの声色はどこまでも冷たい。


「ここで殺さなければならないのが残念ですよ」

「冗談なら笑えねえぞ」

「冗談で口にしてよい言葉ではないことくらい承知しています」

「ようやく本気マジになったってことかい」


 それきり、二人のあいだに沈黙が降りた。

 時間にすればほんの数秒だ。

 客観的な事実が闘っている人間の主観と合致するとはかぎらない。

 極度の緊張のなかで一秒は凝縮され、ほとんど永遠のようにも感じられただろう。


 凍てついた時がふいにほころんだ。

 コズマとブラックコズマは、ほとんど同時に動き出していた。

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