宇宙拳人コズマ第二号 対 怪星人マグナムウルフ-6(終)

 来る――――!!


 マグナムウルフがそう思ったときには、コズマ二号はすでに内懐に飛び込んでいた。

 疾い。

 単純なスピードもさることながら、真に恐るべきは、近づいたことをギリギリまで気取らせない足運びだ。


 両者をへだてる距離は、ざっと五◯センチほど。

 掴み技や、膝・肘を使った技を仕掛けるには絶好の間合いである。

 攻撃を受ける側も、それらの攻撃を想定して防御を固めるべき局面であった。

 もっとも、それはあくまでであればの話だ。

 発勁使いである黒衛は、定石セオリーの埒外の存在と言っていい。

 拳や蹴りを出せない間合い――互いの身体が隙間なく密着した状態からでも、おそるべき破壊力の攻撃を繰り出すことができる。


 いったん距離を取らねば――と、マグナムウルフが後じさった瞬間、ふいにコズマ二号の姿が消えた。

 むろん、実際に消滅したわけではない。

 両膝から足首にかけての関節にかかっていた力を抜き、瞬時に姿勢を低くしたのである。

 古武術において”膝抜き”と呼ばれる技術だ。

 コズマ二号は、マグナムウルフの前でほとんど地面に這いつくばるような格好になった。


(そんな体勢でなにができる!?)


 マグナムウルフが訝しんだのも無理はない。

 そのような体勢から繰り出せる技は多くない――というよりは、どの流派を見渡しても、ほとんど皆無と言ってよい。

 わずかな例として、ブラジルのカポエイラには、両手を地についた状態で放つ上段蹴りが存在する。

 だが、コズマ二号の両手は地面についていない。

 不審な点を挙げていけばきりがない。

 マグナムウルフの武術家としての本能は、しかし、熟考ではなく攻撃をえらんだ。


 ひゅっ――と、風を巻いてマグナムウルフの右脚が空を裂いた。

 腰のひねりを利用したローキック。

 まともに入れば、ちょうどコズマ二号の側頭部にヒットするはずであった。

 ことによったら、首の骨が折れるかもしれない。

 そうなれば、当然コズマ二号――黒衛は即死することになる。

 すべて承知の上だ。

 いまさら黒衛を殺すことにためらいはない。

 柔道家としての自分は、二年前、この男に敗れたときに死んだ。肉体は生きているが、心はたしかにあのとき死んだのだ。

 たとえ黒衛の生命を奪うことになったとしても、その借りを返すだけのことだった。


「ぬおおっ!?」


 マグナムウルフの右脚が跳ね上がった。

 むろん、自分の意志でそうしたのではない。

 コズマ二号が地面すれすれの位置から一気に跳躍し、マグナムウルフのローキックを弾き飛ばしたのだ。

 とはいえ、慣性の乗った蹴りの軌道を曲げるのは容易ではない。

 腕の力だけでは、ガードごと蹴破られてしまう。

 コズマ二号は、斜め上方にむかって、全体重をかけて突進したのである。


 カオ――中国拳法では、体当たりをこのように呼ぶ。

 ふつう、立った姿勢でおこなう靠を、コズマ二号は這いつくばった体勢から繰り出したのである。

 さらに、発勁は靠にも応用することが可能だ。

 身体全体で対手あいてにぶつかっていく靠には、四肢の末端にすぎない拳や蹴りにくらべて、はるかに巨大な勁力を込めることができるのである。

 はたして、マグナムウルフの太い右脚は、まるで木の枝でも押しのけるみたいにあっさりと弾かれたのだった。


 コズマ二号は勢いを殺すことなく、マグナムウルフに肉薄する。

 そして、右肩から右肘、右太腿と、身体の右側面を隙間なく押し当てていく。

 二人の挙動をスローモーションで撮影すれば、じゃれあっているようにしか見えないだろう。

 コズマ二号のひとつひとつの接触ではマグナムウルフは小揺るぎもせず、およそダメージが入っているようにはみえないからだ。


 と、マグナムウルフの巨体がふわりと地面を離れたのは次の刹那だった。

 まるで身体そのものがヘリウムガスに充たされた風船と化したみたいに、ひとりでに宙に浮き上がったのである。

 そう見えたのは、むろん目の錯覚だ。

 コズマ二号のカオが完全に極まった瞬間、マグナムウルフの肉体には想像を絶するほどの勁力が流れ込んだ。

 なにかが自分の身体に染み込んでいく感覚……。

 その量は、しかし、最初に発勁を喰らったときとは比べものにならないほど多い。

 いったん身体に浸透した勁力を抜くことは、達人であっても容易ではない。

 聴勁(勁を感じ取る能力)すら習得していないマグナムウルフは、ただ自分の身体に流れ込んだ力に翻弄されるがままであった。

 

 得意の受け身も取れずに、マグナムウルフは二度、三度と地面を転がる。

 そのあいだひとことも悲鳴を上げなかったのは、強靭な精神力があればこそだ。

 腹のなかに直接手を突っ込んで内臓を揉みつぶされるような、これまで経験したことのない不快感。

 は、いまなお腹の底に留まっているようだった。

 マグナムウルフは、こみあげてくる吐き気をこらえつつ、片膝を支えに立ち上がろうとする。


 のぞき穴越しの狭い視界を黒いものが遮った。

 コズマ二号。

 凛々しく佇むヒーローは、みじめな怪人を見下ろして告げる。


「特撮にギブアップがないことはごぞんじですね」

「く……黒衛……」

「あと三分ばかり、付き合っていただきますよ」


 コズマ二号は、マグナムウルフが立ち上がるのを待っているのだ。


 むろん、番組の放送時間いっぱい痛めつけるために、である。


 そこからさきの展開は、試合と呼ぶにはあまりに一方的な構図に終止した。

 ヒーローは勝ち、悪が敗れるという揺るがない結末にむかって、ドラマは進んでいく。

 それは、特撮がほんらい持っている演劇性そのものだ。

 万に一つも逆転など起こりようがない。

 あらかじめ決められたシナリオを完璧になぞるという意味では、コズマ二号――黒衛は、これ以上ないほど優秀な演者であった。


 やがて、番組のエンディング・テーマが流れはじめた。

 もはやボロ雑巾同然のマグナムウルフにとって、それは、地獄のような時間の終わりを告げる福音にほかならない。

 倒れ伏したマグナムウルフ――桃井の視界に映ったのは、紅いマフラーをなびかせて立ち去っていくコズマ二号の背中だった。


【第五話 完】

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