宇宙拳人コズマ第二号 対 怪星人マグナムウルフ-5

 コズマ二号とマグナムウルフが動いたのは同時だった。


 いや――ほんのわずか、マグナムウルフが疾い。

 すっとマグナムウルフの上半身が沈んだ。

 左右の拳を肩の高さまで持ち上げ、頭をそのあいだに入れた姿勢。

 ボクシングのダッキングによく似ている。

 ただし、ダッキングが脇をかたく締め、肘を深く曲げるのにたいして、マグナムウルフの構えは肘がかなり伸びている。

 なにより、両の掌は開いたままである。

 柔道の掴み技――――桃井の来歴を知る者なら、当然それを警戒しただろう。


 両手がコズマ二号の身体に触れるかというとき、マグナムウルフの右拳がふいに形を変えた。

 親指以外の四指をぴったりと揃え、するどい手刀を作ったのである。

 左の掌は、あいかわらず開いたままだ。

 左手の握力でコズマ二号の着ぐるみを引っつかみ、逃げられなくなったところで右の手刀を叩き込む……。

 相手の腕を掴んでから拳打を入れるという点では、ジークンドーのラプサオにちかい。


 額や脳天、顔面の急所である人中を狙ってもいい。

 マスクごしとはいえ、まともに当たれば悶絶するはずだ。

 あるいは、無防備な喉に水平チョップを見舞うという手もある。 

 ともかく、当たりさえすれば、あとはマグナムウルフのペースに引き込むことができるはずだった。


 二年前、黒衛に敗れた原因は分かりきっている。

 あくまで柔道の技で勝つことにこだわったのが直接の敗因だ。

 マグナムウルフ――桃井には、もはや柔道家としての矜持プライドはない。

 もともと至高の域にある掴みと投げの技術に、打撃と関節技を織り交ぜることで完成した独自のファイトスタイルは、まさしく現代のパンクラチオンと呼ぶにふさわしいものだ。

 総合格闘技としての叢雨流が生み出した最高傑作と表現しても、けっして言いすぎではない。


「――――!!」


 コズマ二号が動いたのはそのときだった。

 マグナムウルフの手刀は、しかし、すでに回避不能な間合いに迫っている。

 どの方向に逃れようとしても――たとえ後方に飛びずさったとしても、身体のどこかに当たる。

 当たれば、筋断裂をともなう重度の打撲傷を負うか、悪くすれば骨が折れる。

 マグナムウルフが繰り出したのはそういう攻撃であった。


 ふいにコズマ二号の右腕が上がった。

 まるでフィルムの回転速度を落としたような、ひどくスローモーな動作。

 もっとも、それはあくまでだ。

 あまりになめらかで無駄がないためにそう見えているのである。

 津波や雪崩といった自然現象を思い浮かべてみるがいい。

 いずれも実際にはすさまじい速度で動いているかかわらず、遠目にはゆるやかな流れにみえる。

 まったく切れ目のない動作は、人間の眼と脳にそのような錯覚をもたらすのである。


 マグナムウルフは内心に不吉なものを感じてとっさに距離を取ろうとするが、身体は思うように動かない。

 それも当然だった。

 どんなにゆっくり動いているようにみえても、間近に迫ってきた津波や雪崩から逃れることはまず不可能である。

 おなじように、脳が認識している速度と、現実の速度のあいだに生じる誤差が、思考と肉体の不一致というかたちでマグナムウルフをその場に釘付けにしたのだった。


 ままよ――――と、マグナムウルフはコズマ二号の脳天めがけて手刀を振り下ろす。

 あえて後退ではなく前進をえらんだのは、柔道家時代から培ってきた格闘家としての勘だ。

 退いても攻撃を確実に回避できるという保証はどこにもない。

 考えうる最悪の状況は、こちらの攻撃は当たらず、敵の攻撃だけを喰らうことである。

 ならば、いっそ捨て身の突進をしかけ、痛み分けに持ち込んだほうが得策だと判断したのだ。

 自分のほうが黒衛より大柄で体力もあるぶん、殴り合いなら優位に立てるはずだった。


 コズマ二号の手が、マグナムウルフの手刀にかるく触れた。

 拳や手刀ではない。ゆるく五指を開いたそのかたちは、たとえるならほころびかけた蕾に似ていた。

 

「うおおおっ!?」


 次の瞬間、マグナムウルフは驚嘆の声を洩らしていた。

 が手刀を弾き飛ばし、マグナムウルフの上半身をおおきく傾がせたのである。

 硬いものではない。しいていうなら、がぶつかってきたような感覚……。

 バランスを失ったマグナムウルフは、頭からつんのめるような格好でコズマ二号の足元に倒れ込む。

 さすがに元・柔道家だけあって受け身はみごとなものだ。

 転がりながら間合いを取ったマグナムウルフは、コズマ二号にむかって吠える。


「貴様、いったいなにをした!?」

「そういえば、以前あなたと闘ったときはを使うまでもありませんでしたね」

「なんだと?」

「私にけいを使わせたのです。あなたの二年間の努力は、けっして無意味ではなかったということですよ」


 勁!?

 コズマ二号の言葉に、マグナムウルフは動揺を隠せなかった。

 中国拳法に、発勁だとか寸勁と呼ばれる技術があることは知識として知っている。

 しかし、じっさいの闘いで勁を喰らったのはむろん、使う場面を目にしたのもこれがはじめてなのである。

 ぞわぞわと、無数の虫が這うような不安がマグナムウルフの心を蝕んでいく。


「さて、放送時間はまだたっぷり残っています。視聴者を愉しませるのもヒーローと怪人の役目ですからね」


 言い終わるまえに、コズマ二号はマグナムウルフにむかって飛びかかっていった。


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