宇宙拳人コズマ第二号 対 怪星人マグナムウルフ-4
照明のまばゆい光がセットに降り注いでいた。
その中心に佇立するのは、二人の
どちらも異形の着ぐるみをまとっている。
一方の外見は人間とさほど変わらない。
もう一方は、真っ赤な口から獰猛な牙を突き出した狼男だ。
宇宙拳人コズマ第二号――
怪星人マグナムウルフ――
彼らは『宇宙拳人コズマ』第五話の生収録のために、日陽テレビのスタジオで相対したのである。
「まさか、こんなかたちで貴様と再戦することになるとはな」
マグナムウルフ――桃井は、ひとりごちるみたいに呟いた。
二年前――
叢雨流の本部道場に殴り込みかけた桃井は、黒衛に敗れた。
それも、ただ敗れたのではない。
完膚なきまでの敗北。柔道家としてのプライドをへし折られるような、そういう敗け方であった。
オリンピックにも出場した輝かしいキャリアを捨て、叢雨流に入門したことに後悔はない。
黒衛との闘いのなかで、打撃も肘以外への関節技も禁止されている柔道の限界を思い知らされたためだ。
叢雨流に勝つためには、自分も叢雨流を習得するしかない……。
勝利へのあくなき執念にくらべれば、過去の栄光などなんの価値もない。
はたして、いまの桃井の闘い方には、柔道家だったころの面影はない。
拳を使う。
蹴りを使う。
手刀も、肘打ちも、レスリングのタックルも使う。
もちろん
ボクシングのアッパーカットや空手の回し蹴りのような、ほんらい柔道家には一生縁のない技までも、いまの桃井は自在に使いこなすことができる。
実戦で使えると判断した技は、我がものにするまで、ひたすら練習に打ち込んだのである。
武術家のなかには、叢雨流を指して「技のつまみ食い」「雑多な流派のごった煮」と揶揄する者もいる。
その指摘はあながち的外れともいえない。
あらゆる流派の技を学ぶことが許されている叢雨流だが、それは武術としての確固たる軸を持たないことと同義だ。
実際、門下生のなかには、あちこちの流派の美味しいところをかじっただけの半端者も少なくない。
だが、桃井はちがう。
彼の中心には、いまなお柔道という確固たる軸がある。
いまの桃井は、打撃も関節も掴み技も使える柔道家ということだ。
正式な柔道の試合ではまったく役に立たない強さである。
打撃や関節技を使ったとたん、反則負けを取られてしまうからだ。
しかし、金的と目突きを除くあらゆる攻撃が許される”
桃井は、あえて邪道に足を踏み入れることで、ルールの先にある強さを手に入れたと言い換えてもよい。
桃井――マグナムウルフは、コズマ二号――黒衛を見据えて、言った。
「今日はとことんまでやらせてもらうぜ」
「どういう意味でしょう」
「どっちかが死ぬかもしれないってことさ。すくなくとも、俺は貴様を殺すつもりでやる」
マグナムウルフの言葉には、有無を言わさぬ迫力が宿っている。
二年の歳月は、けっして平坦なものではなかった。
世間から後ろ指をさされる屈辱に耐え、再戦の日を夢見てひたすら心身を鍛えつづけた日々は、若い柔道家の心を獣に変えるのにじゅうぶんだったのだ。
黒衛を倒す。
それも、ただ倒すだけではあきたらない。
壊す――
腕を。
脚を。
背骨を。
腰を。
徹底的に、容赦なく、壊しぬく。
それで相手が死んだとしても、かまわない。
みじめな敗北者の烙印を背負ったまま生きていくよりは、いっそ犯罪者になったほうがましだ。
とにかく、黒衛が武術家として二度と再起できなくなるほどに肉体を破壊するか、殺してしまうかしないかぎり、桃井の復讐は終わらないのである。
「あなたがどんな心構えで闘いに臨もうと、私の知ったことではありません……が」
コズマ二号は、あくまで飄々と言った。
「私としても、どうしても負けるわけにはいかない理由がありましてね」
「本物への義理立てか?」
「さて。いずれにせよ、ここで負けては先の楽しみがなくなってしまいますからね」
マグナムウルフの全身からすさまじい殺気が放たれたのはそのときだった。
黒衛は、この闘いの先を見ている。
俺との闘いは、あくまで通過点にすぎないとでもいうのか。
この執念、この気迫にじかに触れても、まだ俺を見下すというのか!?
マグナムウルフの着ぐるみがひと回り大きくなったようにみえたのは、気のせいとも言いきれまい。
怒りとともに全身を駆け巡った血流が筋肉を
「貴様はここで終わりだ、黒衛。次などない」
「ひとつ勘違いをなさっているようですね」
「なんだと?」
すごみのある声で言ったマグナムウルフに、コズマ二号はあくまで飄然と答える。
「あなたは私にとってこれまでの、そしてこれからの人生で闘うかずおおくの人間の一人にすぎません。釣り合いのとれない感情を向けられるのは、正直なところ、あまり愉快ではありませんね」
マグナムウルフの眼――着ぐるみののぞき穴の奥にある桃井の瞳に殺意の炎が灯った。
いまにも殺し合いが始まりそうな、剣呑きわまる雰囲気がスタジオを包んでいく。
撮影開始を告げるブザーが鳴り響いたのはそのときだった。
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