宇宙拳人コズマ第二号 対 怪星人マグナムウルフ-2
「叢雨覚龍斎が俺にいったいどんな言付けをしようってんだ?」
風祭は、
話の内容次第ではいつでも相手になってやる。
そういう闘志を隠そうともしないまなざしであった。
「総帥は、これまでのあなたの――宇宙拳人コズマの闘いぶりを高く評価しています。叢雨流の三万人の門弟のなかでも選りすぐりの
「お褒めにあずかり恐悦至極と言いたいところだが、わざわざそんなことを伝えにきたわけじゃないだろう」
「はい」
黒衛はそっけなく言うと、なおも言葉を継いでいく。
「総帥は、すばらしい闘いを見せてくれたお礼に、ぜひあなたに贈り物をしたい……とおっしゃっています」
「あいにくだが、金ならいらねえぜ。叢雨流の段位もな」
「いいえ。総帥がお贈りになるのは、あなたがいま一番必要としているものですよ」
「なんだと?」
怪訝そうな面持ちで問い返した風祭にむかって、黒衛は右の人差し指をぴんと立ててみせる。
「風祭さん。あなたがいま最も必要としているもの――それは、次の戦いにそなえて、じゅうぶんな休養を取ることです。連戦の疲労から回復するには、最低でも二週間のインターバルが必要になる。ちがいますか?」
「よけいなお世話だ。だいいち、俺が休んだら、だれがコズマの中に入る」
「その点についてはご心配なく――――」
黒衛は、ベッドの上の風祭からついと視線を外す。
氷のような瞳がかすかに動き、先ほどからスツールに腰掛けたまま押し黙っている橘川を見据えた。
「私がコズマを演じてもかまいませんね、橘川プロデューサー」
「叢雨流の君がか!?」
「もちろん、残り三話のうち、私が着ぐるみに入るのは一話か二話だけです。風祭さんが復調されるまでの代役と言ったところでしょうか」
橘川は信じられないといった面持ちで黒衛を見つめ返す。
「君も知ってのとおり、『宇宙拳人コズマ』は叢雨流の意向でこういう番組になっている。特撮を潰そうという叢雨流の人間がコズマに……特撮側の代表になるというのは、本末転倒じゃないか!?」
「おっしゃるとおりです。そして、まがいものの特撮をテレビから駆逐するという叢雨流の方針は、いささかもブレておりません」
「だったら、なおさら……」
「総帥はコズマを叢雨流の”敵”としてお認めになったということです。そういう敵は、万全のコンディションで打ち負かしてこそ価値がある。疲れ切った相手に勝っても、われわれ叢雨流にとっては不名誉どころか、これまで築き上げてきた武術界最強の看板にみずから泥を塗ることになるのですよ」
黒衛が言い終わるや、重い沈黙が病室を支配した。
聴こえてくるのは、壁時計の針が動く規則的な音と、互いのかすかな息遣いだけだ。
沈黙を破ったのは風祭だった。
「ようするに、叢雨覚龍斎は、そこまでして俺を最後まで戦わせたいってわけだな?」
「そのように理解していただいてけっこうです」
いつのまにかベッドにあぐらをかいた風祭は、面白そうに唇を歪める。
「まさか、最後の最後にあのオヤジが出てこようってハラじゃねえだろうな」
「さて……残念ながら、私もそこまでは存じ上げておりません」
素知らぬ顔で答えた黒衛に、風祭は鼻白んだように片目をつむる。
「おまえ、黒衛とか言ったか。どうも喰えねえ野郎だが、その話、乗ってもいいぜ」
「風祭!?」
「橘川先輩も今日はその話をするために見舞いにきたんでしょう? ちょうど渡りに船ってやつじゃないですか」
「しかし、だからといって叢雨流の人間に……」
「そのことなら心配いらないスよ」
まだ言いたりない様子の橘川をよそに、風祭は黒衛をちらと見やる。
「たとえ同門同士だろうと、
黒衛は答えず、かわりにふっと唇をほころばせる。
白く端正な面貌に、かすかな微笑が浮かぶ。
風祭と橘川の背筋を冷たいものが走り抜けていった。
もし天使の姿を借りた悪魔がいるとすれば、きっとこんな顔をしているにちがいない。
やがて訪れる暴力への期待に充ちあふれた、子供みたいに無垢で純粋な笑顔だった。
***
翌日――――
日陽テレビが所有する撮影スタジオの中庭に、橘川と黒衛の姿はあった。
週末の第五回放送までには、あと三日ほどある。
きょう二人がスタジオを訪れたのは、コズマの衣装合わせのためだ。
黒衛は風祭よりひとまわりほど細身ということもあって、着ぐるみのフィッティングを調整しなければならないのである。
黒衛が本番で着ることになるのは、コズマのNG版スーツである。
NG版スーツとは、番組の企画段階で候補に上がったデザイン案のなかで、なんらかの理由で採用が見送られたものをいう。
ほんらいなら使用されることなく廃棄されるか、アクション用スーツの予備として改造されてしまうはずのものだ。
珍しい事例では、決定版スーツのかわりにオープニング映像に使われたり、NG版スーツをモデルにした商品が市場に出回る場合もある。
コズマのNGスーツは、どういうわけか処分されることもなく、造形を担当した工房の片隅に放置されていたのだった。
おおまかな意匠や配色は、決定版スーツとほとんど変わらない。
最大の違いは、NG版は両眼が赤く、またグローブとブーツが黒いことだ。
もっとも、それも両者を並べてじっくりと見比べてはじめて気づく程度の差異にすぎない。
怪星人と激しいアクションをおこなっている最中に、細部の違いに気づく子供はほとんどいないだろう。
「どうかな、着心地は?」
橘川の言葉に、黒衛――コズマ第二号はちいさく頷く。
まだマスクをつけたまま会話をすることに慣れていないのだろう。
「すこし動いてみてくれ。改善点を見つけるためにも、まずは普段どおりの動作をこなせるか試してほしい」
やはり無言のまま、コズマ第二号の四肢がゆっくりと動き出した。
歩幅を長く取り、腕をおおきく広げた独特の構え。
長橋大馬――――橋は腕、馬は脚を意味する。
数多ある中国拳法のなかでも、大陸南部で発達したいわゆる南拳の特徴であった。
(この男、洪家拳を使うのか!?)
橘川はコズマ第二号の流れるような套路を見つめながら、ごくりと唾を飲んだ。
中国拳法は、おおきくわけて内家拳と外家拳に大別される。
洪家拳は外家拳に属しているが、その修行内容には内功も含まれている。
拳の極意を会得するためには、筋骨だけでなく、心身の両方を鍛える必要があるということだ。
「ようやくマスクをつけたまま会話するコツが分かってきましたよ」
言って、コズマ第二号は橘川に顔を向ける。
「腕試しに、あれ、壊してしまってもかまいませんね」
言って、コズマ第二号が指さした先にあるのは、中庭の片隅に転がっている一台のバイクだ。
車体のサイズからみて
かなり荒っぽいスタントに使用されたらしい。フロントフォークは両方とも前輪ごと失われ、後輪はホイールがむき出しになっている。
すっかり赤錆びた車体はいかにも廃車といった風情だが、エンジンをふくめた車体重量を考えれば、とても人間が持ち上げられるような代物ではない。
まして、素手で破壊するなど、到底不可能であるはずだった。
そうするあいだにも、コズマ第二号はつかつかとバイクに近づいていく。
そして、シートのあたりを無造作に掴んだと思うと、そのままバイクを直立させたのだった。
なにをしようというのか。
橘川が固唾をのんで見守るなか、コズマ第二号の掌がエンジンに触れた。
力を込めた掌打ではない。
あくまでやさしく、そっと手を添えたと言ったほうが正しいだろう。
異様な物音が一帯に響いたのは次の瞬間だった。
しゃらしゃらと、なにか狭い道を水が流れていく音。
みきり、みきり、と、鉄と鉄とがこすれあって軋りを立てる耳ざわりな音。
それらの不協和音は、時間とともにじょじょに大きくなっていく。
たぱっ、と、軽い音を立てて血のようなものが飛んだ。
シリンダーヘッドやガスケットがゆるみ、エンジン内に閉じ込められていたどす黒いオイルが吹き出したのだ。
コズマ第二号は、力まかせの打撃でエンジンを物理的に破壊したわけではない。
ただ、掌をそっと添えただけなのだ。
「洪家拳じゃない……あれは……」
橘川は震える声で、ようよう言葉を継いでいく。
「発剄――――」
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