宇宙拳人コズマ 対 怪星人カッターカマギラ-5

 カッターカマギラに近づいた瞬間、すさまじい衝撃がコズマの着ぐるみを震わせた。


 拳や蹴りのような打撃とはあきらかに別種のものだ。

 刃物とも、またちがう。

 おそろしく疾く、するどいものが、コズマの顔のすぐそばを掠めたのだ。

 強いていうなら、それは――


――銃か!?


 コズマ――風祭は、すばやくバックステップを踏みつつ、脳裏をかすめたイメージを即座に否定する。

 まさか、カッターカマギラがスタジオ内に拳銃を持ち込んでいるはずはない。

 この距離で発砲したなら、銃声が聴こえないはずはないのだ。


 なにより――

 叢雨流では素手であるかぎり急所への攻撃も許されるが、武器の使用は禁じられている。


「おみごと……」


 カッターカマギラ――青江が小声でささやいた。

 顔は見えないが、その声には弾むような響きがある。

 着ぐるみの下では不敵な笑みを浮かべているにちがいなかった。


「初撃をかわされたのはいつ以来かねェ」

「……」

「あんたとは愉しい試合ができそうだよ――――」


 言い終わるが早いか、カッターカマギラの上半身がすっと沈んだ。

 もっとも、それをコズマが認識したのは、後方に飛びずさったあとのことだ。


が見えないのは怖いだろう?」


 カッターカマギラはくつくつと忍び笑いを洩らす。


 起こり――人体のあらゆる運動に付随する予備動作を、日本の伝統武術ではそのように呼ぶ。

 人間をはじめとする動物の肉体は、全身の骨格と筋肉、腱が複雑に連動することでさまざまな動作を可能としている。

 肩を上げるという動作ひとつにしても、胸筋や背筋といった周辺の筋群がなければ成立しないのである。

 それが部位ごとのバネや軸だけで動作が完結する機械との最大の相違点であり、闘いにおいては勝敗を左右する重要な要素にもなる。

 熟練した武術家は、対手あいてが実際に動くまえに、次の攻撃をかなり精確に予知することができる。

 対手の肉体をつぶさに観察し、わずかな予備動作を捕捉できれば、そうした芸当も可能になるのだ。

 これが起こりを読むということである。


 その起こりがカッターカマギラにはない。

 むろん、人間は予備動作なしに肉体を動かすことはできない。

 カッターカマギラの起こりは、コズマの眼では捉えられないほど早いのだ。

 実際はどうあれ、事前に捕捉できなければ、それはないのとおなじことである。


 起こりが見えないとはどういうことか。

 コズマには、カッターカマギラが次に仕掛けるのが拳か蹴りかの判別がつかないということだ。

 それだけではない。

 攻撃が右からくるのか左からくるのか、そして自分の身体のどこを狙っているのか……あらゆる予測が不可能なのである。

 それらが判明するのは、すでに攻撃が仕掛けられたあとだ。


 ここまでコズマがカッターカマギラの攻撃を回避できているのは、無意識のうちにそうした結果にすぎない。

 危険を察知した瞬間、考えるよりさきに身体が動くのである。闘いのなかで培った勘の賜物であった。


 もっとも、そんな綱渡りのような芸当がいつまでも続くはずはない。

 ほんのわずかでも勘が狂えばそれで終わりだ。

 銃弾と錯覚するほどの速度が乗った攻撃をまともに喰らえば、もはや闘いを継続することはできなくなる。

 その意味で、カッターカマギラの攻撃は、銃や刀とおなじ性質をもっているといえた。

 ふつうの格闘技における攻防は成立せず、触れた瞬間に致命的なダメージを受けるのである。


「だったら、よ――――」


 マスクの奥であるかなきかの声で呟いた次の刹那、コズマはカッターカマギラにむかって突進していた。

 

 捨て鉢になったのではない。

 むしろ、その逆だ。

 コズマは自分から能動的に動くことで、闘いの主導権を握ろうというのである。

 拳にしろ蹴りにしろ、じゅうぶんな速度を発揮するためには一定の間合いが必要になる。

 互いの身体が隙間なく密着した状態では、起こりが見えないというカッターカマギラの利点は失われてしまうのだ。


 まして、ウェイトではコズマが圧倒的に有利なのである。

 近づいてから関節を極めるもよし、寝技グラウンドに移るもよし……。

 いったん主導権を握ってしまえば、そのあとはいかようにも闘いを進めることができる。


「間合いを詰めればどうにかなると思ったかい」


 カッターカマギラは慌てるふうでもなく、常と変わらずひょうひょうとした声音で言った。


「意外と甘いねェ、あんた」


 細長い身体が動いたのは次の瞬間だった。

 カッターカマギラもコズマとおなじように前進を開始したのだ。

 鎌のついた両手をおおきく開いたかとおもうと、コズマの首めがけて一気に振り下ろす。

 攻撃を仕掛けたのではない。

 左右の鎌はコズマの首の後ろで交差し、ちょうどカッターカマギラがコズマを抱きかかえるような格好になった。

 ムエタイでいう首相撲の姿勢だ。


「――――!!」


 コズマの胸のあたりでいやな音が響いた。

 カッターカマギラの右膝はほとんど垂直に持ち上がっている。

 密着した状態で繰り出す、ムエタイ特有の膝蹴り――ティーカウであった。

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