宇宙拳人コズマ 対 怪星人カッターカマギラ-4

 日曜日――――『宇宙拳人コズマ』第四回の放送当日。


 生放送を間近に控えたスタジオは、異様な雰囲気に包まれていた。

 地面を模したセットのほぼ中心に、がじっと佇んでいるためだ。


 巨大なカマキリの怪物――正確には、その着ぐるみである。

 頭の先から爪先まで光沢を帯びたメタリック・グリーンに塗られている。

 金色の複眼がライトを照り返してぎらぎらと輝く。

 両腕の肘から先は、半月状の斧になっている。

 刃はついておらず、切っ先も丸い。

 それでも、根本から切っ先にかけて細くなっていく造形は、カマキリの手というよりは、西洋の死神がもつ大鎌を彷彿させた。


 それいじょうに目を引くのは、異様なほどの四肢の細さである。

 針金のような……というありきたりな形容詞も、この場合はけっしておおげさではない。

 二の腕や脛は言うに及ばず、太腿でさえ大人の男の手のひらにすっぽりと収まってしまうだろう。

 とても中に人間が入っているとはおもえない。

 等身大のプロップ(模型)と言われても疑う者はいないはずであった。


 カマキリの怪物は、しかし、不動の模型などではない。

 それを証明するように、その腕はゆるゆるとくうをたゆたっている。

 ときおり両手の鎌をぴったりと合わせるのは、合掌の代わりだろう。


 言葉はなくとも、その所作が意味しているところは容易に察せられる。

 祈っているのだ。

 だれに? なにを? ……疑問は尽きないが、しかし、あえて問おうという者はだれもいない。

 その動作を、は、すでに何十回と飽かずに繰り返している。


 怪星人カッターカマギラ――叢雨流の青江あおえであった。


「なるほど。それがダイバダッタのヨーガってやつか」


 ふいに背後から声がかかった。

 カッターカマギラは振り向くことなく、ただちいさく首肯しただけだ。

 声の主――宇宙拳人コズマは、自分もストレッチを始めている。

 手足の関節をほぐしながら、コズマはなおもカッターカマギラに問いかける。


「邪魔しちまったかな」

「気になさらず。この程度で集中を乱されるほど未熟ではありませんので」


 わずかな間をおいて、コズマはひとりごちるみたいに呟いた。


「あんた、あのときから俺の正体を見抜いてたのか?」

「いえ――ただ、人よりもほんのすこし勘が鋭いだけですよ」

「まあ、いいさ。今日は俺もようやく本調子だ。思いっきりやろうぜ」

「おてやわらかに……」


 と、ふいにカッターカマギラの動きが激しいものになった。

 両手を合わせ、腿を高く上げながら、セット内をぐるぐると動き回る。


「ワイクルーか」


 コズマはだれにともなく言った。

 ワイクルーとは、ムエタイにおける試合前の儀式である。

 傍目には踊っているようにもみえるが、その動作には師匠や父母に感謝を表し、必勝を誓う意味合いが込められている。

 タイの地下闘技場でも、選手たちは音楽に合わせたワイクルーを欠かさなかった。

 もっとも、青江の場合はただのワイクルーではなく、ヨーガの調息法プラーナヤーマを取り入れた独特のものだ。


 カマキリは古くは”拝み虫”と呼ばれ、西洋でも”祈り虫プレイング・マンティス”の別名をもつ。

 両手の鎌をこすりあわせる様子が、まるで左右の掌を合わせて祈っているようにみえるためだ。

 身長二メートルちかいカマキリの怪物が一心不乱に祈る光景は、ひどく不気味であると同時に、どこか神々しさすら漂っている。

 

 流れる水のごとくよどみのない祈りの動作が、ぴたりと止まった。

 コズマは手首を軽く回しながら、カッターカマギラにむかって語りかける。


「お祈りの時間はもう終わりか?」

「あなたの分まで祈っておきましょうか」

「せっかくだが、救いの手を差し伸べてくれるような神様には、生まれてこのかた縁がなくてね」


 撮影監督が本番開始一◯分前を告げたのは、それからまもなくだった。

 コズマとカッターカマギラは、ともにセットの中央へと進み出る。

 ヒーローと怪人が対峙する、特撮作品ではおなじみの構図。

 違いといえば、どちらの中身もであるということだけだ。


 ひりつくような緊張のなか、勇壮だがいささか場違いなメロディがスタジオに響きわたった。

『宇宙拳人コズマ』の歌が終わったのと、二人が動いたのは同時だった。

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