第四話「宇宙拳人コズマ 対 怪星人カッターカマギラ」

宇宙拳人コズマ 対 怪星人カッターカマギラ-1

 薄闇のなかには佇んでいた。


 怪物ばけもの――――

 姿かたちこそ人間だが、としか表現しようのない男であった。

 年齢は、二十五、六歳。

 下半身は黒い道着を着ているが、上半身はむきだしの裸だ。


 身長は一九◯センチを超えたかどうか。

 その長身よりも目を引くのは、尋常でないほどの痩躯である。

 あばらの骨が、くっきりと浮き上がっている。

 あばらだけではない。

 鎖骨も、肩甲骨も、背骨も、橈骨も尺骨も。

 青白い皮膚を透かして、骨のかたちそのものがはっきりと見て取れる。

 顔に至っては、げっそりとこけた頬と、落ちくぼんだ眼窩のために、ミイラと大差ないありさまだ。

 ほとんど肉のない四肢は、そのぶん長くみえる。

 細長い胴から、ひょろながい腕と脚がにょきりと生えたさまは、昆虫のナナフシを彷彿させた。


 体脂肪率は、一◯パーセントを割り込んでいるだろう。

 もしかすると、生存に最低限必要な五パーセントを切っているかもしれない。

 体重は、三◯キロからせいぜい四◯キロ前半といったところか。

 猛烈なトレーニングで限界まで身体を絞りきり、絶食にくわえて水さえ断った計量前のボクサーでさえ、男に較べればにみえる。


 そういう凄まじい肉体であった。

 というよりは、いっそ生ける屍と言ったほうがしっくりくるだろう。

 人体の神秘があるとすれば、骨と皮だけの男を生かしているメカニズムこそがそうであるにちがいなかった。

 

 ゆらり、と――――

 男の身体が、まるで風に揺れる柳みたいに動いた。

 自分の意志で動いているのか、ただふらついているだけなのか。

 そのどちらともつかない、ひどく頼りない挙動であった。

 見ようによっては、ベッドから起き上がった病人が、おぼつかない足取りで歩き出そうとしているようにもみえる。


 ややあって、男の手足が規則的に動きはじめた。

 先ほどとは打って変わって、その動作はあくまでするどく、そして力強い。

 どうやら武術の形を演じているらしい。

 空手とも中国拳法ともちがう、それは異国の舞踊を思わせる奇妙な動きだった。

 

 と――

 四方よもの暗がりから、白い道着に身を包んだ四人の男が進み出たのはそのときだった。

 いずれも屈強な体つきの青年である。

 年の頃は、二十代後半から三十代なかばと言ったところだろう。

 武術家として最も脂が乗っている年齢だ。

 それを裏付けるように、四人の道着は、いずれも筋肉ではちきれそうだった。

 

「さあさあ、遠慮はいらんよ。――――どこからでもかかってきなさいな」


 死人のようなか細い声が流れた。

 痩せ男は、自分を取り囲んだ四人の男たちにむかって手招きをする。

 四人の男たちが躊躇するような素振りを見せたのも無理はない。

 軽く拳骨を打ち込んでやれば、ころりと死んでしまいそうな痩躯なのである。

 そういう相手に本気を出すというのは、なまじな大男を相手にするよりずっと難しいものなのだ。

 

 ふうっ、と、短く息を吐く音が洩れた。

 

「来ないなら、こちらから行かせてもらうよ――――」


 言い終わるが早いか、痩せ男の姿が消え失せた。

 否。

 実際に消失したのではない。

 地面にべったりと這いつくばることで、四人の視界の外に出たのだ。

 

「あ、ほうれ――――」


 痩せ男の腕がひとりの男の右脚に絡みつく。

 膝十字固めか!?

 男の推測は、しかし、とんだ見当違いだった。

 痩せ男は、わずか数秒のあいだに、男の右膝と右足首の関節をきれいに外してのけたのだ。

 こうなっては、どんな使い手もギブ・アップするほかない。

 恐るべきは、その速度と正確さだ。

 外された当人さえ、倒れ込んでようやく気づいたほどなのである。


「ちいっ!!」


 仲間を倒されたことに気づいて、残る三人の男はすかさず戦闘態勢に入っていた。

 痩せ男を囲い込み、三方から一斉に攻撃を仕掛けるはらだ。

 どんな達人でも、同時に三人の相手をすることはむずかしい。

 というより、不可能と言ってもいいだろう。

 はたして、三人の男たちが仕掛けたのは、多方向からの同時攻撃であった。

 蹴り、突き、関節技――――

 性質の異なる三つの攻撃を捌き切れる使い手など、この世にいない。

 そうだ。

 あの叢雨覚龍斎でさえ、この攻撃を防ぎ切ることはできないはずなのだ。


 たとえ一人、あるいは二人が返り討ちに遭ったとしても、残るひとりの攻撃はかならず当たる。

 たとえ一発でも、当たればじゅうぶん致命傷になる。

 男たちは、みずからが犠牲になることを覚悟のうえで、捨て身の戦術を仕掛けてきているのだった。


「くくくっ。君たち、甘いねェ――――」


 痩せ男の唇がわずかにつり上がった。

 死人同然の顔に浮かんだ、それはまぎれもない喜色の相であった。

 

「!!」


 次の瞬間、三人の男たちは、ほとんど同時に意識を失っていた。

 いったいなにが起こったというのか?

 痩せ男は倒れた男たちに一瞥もくれず、薄暗がりのむこうに立つ男に視線を向ける。


「いかがです、総帥? 私の実力を証明するには、これで充分と存じますが……」


 数秒と経たぬうちに、ぽんぽんと分厚い音が響いた。

 叢雨覚龍斎が、野球のグローブみたいな両の掌を打ち合わせたのだ。


「いや、たいしたもんだ。さすがだな、青江あおえよう?」

「恐縮です」


 痩せ男――青江の声は、言葉とはうらはらに謙遜は感じられない。

 それどころか、自分ならこの程度のことは出来て当然だという自負がにじんでいる。


「おめえをインドでの修行から呼び戻したのは、ちょいと事情があってなあ」

「と、いいますと?」

「じつは特撮に出てもらいたいんだよ」


 覚龍斎の太い唇に、太い笑みが浮かんだ。


「特撮と言っても、台本ありきのお芝居じゃあねえ。正真正銘の真剣勝負ガチンコさ。しかも、相手はとびきりの使い手ときてやがる。引き受けてくれるな、青江よ」


 青江は「ほう」と呟く。

 骸骨みたいな顔がふっとほころんだ。


「こう見えて、ヒーローものは好きですよ。悪役はもっと好きですがね」


 見るものの腹の底まで凍りつかせるような、それは死神の笑みであった。

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