宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-8(終)
動き出した瞬間、ミサイルコブラ――紫野にはすべて分かっていた。
いまのコズマに”震天”を仕掛ければ、まちがいなく当たる。
当たれば、死ぬ。
運がよければ、一命は取り留めるかもしれない。
それでも、このさきの一生を健康な身体で生きていくことはむずかしいだろう。
叢雨流”震天”とは、そういう性質の技なのである。
相手を殺すか、一生を台無しにする覚悟がなければ、けっして使ってはならない。
精神修養だとか、礼儀作法だとか、格闘技を通してなにかを達成することをお題目としている現代の武道では、こういう技はぜったいに許されない。
相手を殺すためだけの技だからだ。
闘いをとおしてなんら得るものもなく、ただ生命を奪うだけの、むなしい暴力の極致と言ってもいいだろう。
しかし、武術のほんらいの目的は、敵の生命を断つことではないのか。
精神修養だとか礼節だとかは、あとからひねり出したそれらしい建前――もともと反社会的な営みである武術が、人間社会と折り合いをつけるための、いわばおためごかしにすぎない。
だからこそ、殺しの技は美しい。
やはり人を斬ることしか使いみちのない日本刀が美しいように、人を殺すためだけに洗練された技には、独特の美が宿っている。
すくなくとも、紫野はそう信じている。
自分がひたむきに鍛え上げてきた武術の真髄は、殺し技にこそある。
だからといって、誰彼かまわず使いたくなるわけではない。
むしろ、その逆だ。
紫野が殺し技を使うのは、本心から強敵と認めた
だから、いま、ミサイルコブラはコズマに”震天”を喰らわせようというのだ。
この男が死んでもかまわない。
自分が逆の立場だったら、それはむしろ本望でさえある。
おもえば、あの練習試合でもそうだった。
尊敬に値する強敵だと思ったからこそ、危険な殺しの技を仕掛けたのだ。
というよりは、そうしなければ非礼に当たると思ったのだ。
ああ、そうだ。
おれは、わざとやったのだ。
そして、いま、確固たる意志のもとで、二度目の殺しをやろうとしている。
後悔はなかった。
***
(死ぬな、これは―――)
意識はまだもうろうとしている。
しかし、そのことだけは、はっきりと理解できた。
コズマ――風祭の心は、自分の死が間近に迫っているというのに、不思議なほど落ち着いていた。
恐怖はない。
ただ、もうじき死ぬという現実を、ありのままに認識しているだけだ。
酸欠から回復したばかりの脳においては、動物的な本能さえ鈍ってしまうのか。
否。
そうではない。
コズマはまず死という結論を置き、そこから逆算しているのだ。
生き残り、そして勝つための方法を、である。
ほんのすこしでも楽観が入り込めば、計算は台無しになる。
自分が死ぬことを客観視したまま、そこから抜け出す道をもとめて思考を巡らせる……。
なんという精神力。
なんという狂気。
そのいずれが欠けても、この闘いを生き残ることはできないだろう。
すでにミサイルコブラの右脚の踵は目前まで迫っている。
もはや躱すことも、受け止めることも不可能だ。
いまのコズマに出来ることといえば、両腕で頭をガードする程度だろう。
むろん、それをすれば、腕の骨はまちがいなく砕け散る。
ダメージを完全に相殺できるという保証もない。
まさしく絶体絶命の状況であった。
ふいにコズマの右腕が動いた。
左腕は動かさず、右腕だけでミサイルコブラの”震天”を止めようというのか!?
全体重と慣性が加わったミサイルコブラの右脚は、両腕でも受け止めきれるものではない。
それを片腕だけで、どう止めようというのか。
「叢雨流――――」
コズマのマスクから、低い声が洩れた。
「――――”
刹那、コズマの右腕がふっとかき消えた。
もちろん、実際に消えたわけではない。
おそるべき速度で腕を動かしたことで、肘先が消失したように見えたのだ。
みぎっ――と、背筋が寒くなるような音が生じた。
コズマの手刀が、ミサイルコブラの脛にふかぶかと食い込む音であった。
ミサイルコブラの右脚は、膝のあたりで前方に曲がっている。
言うまでもなく、ふつうならぜったいに曲がるはずのない角度だ。
外家拳の達人であっても、関節や軟骨までは鍛えられない。
コズマは、ミサイルコブラの膝の軟骨に手刀を突き刺したのだ。
慣性が乗った脛から下は、それでも前へと進もうとする。
その結果、なにが起こったか。
ミサイルコブラの右脚は、膝を境界線として、ふたつの軌道を描いたのである。
相反するふたつの運動エネルギーは、みずからの肉体に牙を剥く。
はたして、ミサイルコブラはおのれが繰り出した”震天”の比類なき威力によって、自分の膝を完全に破壊してしまったのだった。
「ありがとうよ。――――いい闘いだったぜ」
右脚を壊され、バランスを失ったミサイルコブラめがけて、コズマは一気に間合いを詰める。
その身体がコマみたいに回転したのは次の瞬間だ。
飛びながらはなつ後ろ回し蹴り――――叢雨流”震天”。
コズマが繰り出した技は、しかし、ミサイルコブラのそれとはわずかに性質を異にしている。
蹴るのは踵ではなく、爪先だ。
とん――――と、コズマの”震天”は、まるで吸い込まれるみたいにミサイルコブラのこめかみに入った。
番組終了を告げるスタッフの声を聞きながら、紫野の意識は暗い淵へと沈み込んでいく。
敗北の悔しさはない。
ただ、自分自身が赦されたような、ひどく心地よい感覚だけがあった。
【第三話 終】
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