宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-7

 ぶつり、と、いやな音が響いた。


 肉が切れる音。

 伸びきった靭帯が断たれる音だ。

 ミサイルコブラの右腕は、だらりと力なく垂れ下がっている。

 肘関節を動かすための側副靭帯が切れてしまったためであった。


 コズマの飛びつき腕十字固めをまともに喰らったこともだ。

 ひとつというのは、たんに腕十字をかけられただけなら、脱出する方策もあったのである。

 うつぶせに倒れこんでもいい。あるいは、左腕でコズマの急所に攻撃を仕掛けるという手もある。

 ミサイルコブラは、あえてそれをしなかった。

 それどころか、みずからの意志で腕が折れるように仕向けたのだ。

 最大の武器であるはずの利き腕を、みすみす捨てたと言ってもいい。


「やるねえ、あんた」


 コズマ――風祭は、心底から面白げに言った。

 ミサイルコブラ――紫野は、すでに左半身を前に出した構えを取っている。


「もしあそこで右腕を庇っていたら、だろう」

「理屈ではそうだ。しかし、なかなかできることじゃないぜ」


 コズマがミサイルコブラに仕掛けた飛びつき腕十字は、それ自体が本命の技ではない。

 コズマの真の狙いは、ミサイルコブラに右腕を守るための行動を誘発させることだ。

 もし寝技グラウンドに移行していたなら、右腕は無事だったかもしれない。

 そのかわり、いったん寝かされてしまえば、ミサイルコブラの最大の武器である外家拳の威力は激減する。

 いっぽうのコズマにとっては、関節技サブミッションを仕掛ける絶好の機会到来というわけだ。

 ミサイルコブラはそこまで見越したうえで、相手の土俵に引き込まれるよりも、みずから利き腕を捨てる判断を下したのだった。


 武術家にとって、もっとも重要なことはむろん闘いに勝利することだ。

 まちがっても腕や脚を守ることではない。それらはあくまで闘いを遂行するための手段であり、目的ではないのだから。

 敗北という最悪の結末を回避するためなら、手足の一本や二本など気前よくくれてやればよい。……言うは易しである。


 現実におのれの肉体が壊される痛みと恐怖に耐えられるかどうか。

 それは、技術の巧拙とはまったく別の問題だ。

 悪くすれば、もう二度と元通りにはならないかもしれない。

 このさきの一生を不自由な身体で過ごさねばならないかもしれない。

 あらゆる動物のなかで人間だけがもつ想像力が、闘いの場においてはしばしば致命的な桎梏しっこくになる。

 それを克服することができるのは、理性が麻痺した人間だけだ。

 常人の精神状態から逸脱しているという意味では、狂っていると言い換えてもいい。


 ミサイルコブラ――紫野は、言うまでもなくの人間だ。

 我が身にふりかかる破滅をはっきりとイメージしたうえで、より大局的な破滅を避けるためになにをすべきかを理解しているのである。


「もし私とおなじ立場だったら、君もそうしただろう?」

「まあ、な」


 ミサイルコブラの問いかけに、コズマはこともなげに答える。

 どちらも狂気の一線を超えたところに立っている。

 そういう闘いであった。


 ミサイルコブラが動いたのは次の瞬間だ。

 氷の上を滑るような、無駄のないなめらかな挙動。

 その足運びからは固さがすっかり抜けている。

 片腕が使えなくなったことで、かえって立ち回りの自由度が増したようであった。

 

 コズマがバックステップで間合いを取るよりはやく、ミサイルコブラが一気にインに飛び込んでくる。

 ミサイルコブラの右足首が浮いた。

 ローキック。

 一見なんの変哲もない一撃だが、その威力はすさまじい。

 コズマは避けるかわりに、ミサイルコブラの右太腿を両腕で掴み取る。

 キックの威力が最も高くなるのは、股関節から遠い部位――脛から足首にかけてである。

 コズマは、いうなればキックの原動力である太腿を抑えることで、ダメージを最小限に留めようというのだ。


「ぐうっ」


 刹那、コズマの身体が宙を舞った。

 ミサイルコブラの蹴りを受け止めきれず、後方に弾き飛ばされたのだ。

 体重八◯キロを超える人間を、まるで空き缶でも蹴飛ばすようにふっとばす……。

 それも、ほんらいなら威力が出ないはずの部位でやってのけたのだ。

 おそるべきは、ミサイルコブラの鍛え抜かれた外功であった。


「ちいっ」


 コズマは回り受け身を取る。

 着地の瞬間に合わせて身体を回転させ、衝撃を相殺するテクニックだ。

 それでも、まったくの無傷というわけにはいかない。


 ぜいぜいと、マスクごしに荒い呼吸音が洩れた。

 コズマの肺のなかはほとんど空になっている。

 肺が空気で膨らんだ状態で胸や背中を強打すれば、充血した気管支や肺胞の血管はたやすく破れてしまう。そこに折れた肋骨が刺さろうものなら、致命傷にもなりうるのだ。

 それを避けるため、コズマは着地までにありったけの空気を吐き出したのである。


 ダメージは最小限に抑えこむことには成功したが、その代償はおおきい。

 コズマの身体は酸欠状態に陥っている。


 意識がもうろうとする。

 ただでさえ狭い視界は、もやがかかったみたいにかすんでいる。

 いますぐマスクを脱ぎ捨て、胸いっぱいに空気を吸い込みたい。

 全身に酸素が行き渡るまで、あとどれくらいかかるのか。


 ぼやけた視界の片隅でが動いた。

 近づいてくる。

 蛇。

 手足の生えた蛇だ。

 ミサイルコブラ。

 

「叢雨流……」


 ミサイルコブラが跳んだ。

 ふわりと宙に浮いた身体は、右まわりに旋回する。

 体幹をひねることで生じた慣性力は、まっすぐに伸ばした右足を経由し、円運動の最も外側に位置する踵で最高潮に達する。

 その力を、コズマに叩きつけようというのだ。


「――――"震天"」

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