宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-6
ぞわりとした悪寒をともなって、ねばい汗がコズマの――着ぐるみをまとった風祭の背中を伝っていった。
ミサイルコブラが繰り出した
マスクの表層をほんの数ミリ削ぎ取っただけである。
それは、しかし、コズマの心胆を寒からしめるにはじゅうぶんだった。
例えるなら、研ぎ上げられた
もし攻撃を受けたのが素顔だったなら、皮膚どころか肉まで持っていかれていたにちがいない。
その光景を脳裏に描くだけで、身体じゅうの毛という毛がそそけだってくるようであった。
武術には、直接当てるよりも、かすめた程度のほうが効果的な攻撃というものがある。
ミサイルコブラの掌はまさにそれであった。
生きながらにして肉体を削られる。
死には至らないまま、耐えがたい苦痛だけがえんえんと積み重なっていく。
たとえ実際には軽微なダメージしか受けていなかったとしても、そういうイメージを抱かせるだけでいい。
人間の本能的な恐怖を惹起するにはそれで事足りるのだから。
「おもしれえ――――」
コズマはミサイルコブラを見据えてひとりごちる。
この状況を心の底から愉しんでいる。
そういう弾みをもった声だ。
「しゃっ」
コズマの身体が動いた。
動く。
なおも、動く。
一気にミサイルコブラの間合いの
危険な領域と知りながら、あえて飛び込んでいこうというのだ。
ミサイルコブラの右腕が閃いた。
狙いはコズマの頭部である。
コズマのマスクは耐えられても、風祭の脳が重篤なダメージを負うことは避けられない。
コズマは、しかし、なおも前進を止めない。
ミサイルコブラの拳を避けるどころか、自分から当たりに行っているようにもみえる。
それも、拳や肘でブロックするのではなく、頭をいちばん前に突き出しているのである。
――俺の頭を砕いてみろ!!
じっさいにそう言葉にするよりもなお露骨な挑発であった。
じりっ――といやな音がした。
カメラマンは、なにかが焦げるにおいを嗅いだはずだ。
ミサイルコブラの拳が、コズマのマスクをかすめたのである。
ミサイルコブラがわざと外したのではない。
コズマが、マスクの表層が削られるような角度で当たってきたのだ。
反動で一気に身体を沈み込ませたコズマは、ミサイルコブラの右脚を取る。
「叢雨流――”獅子崩し”」
”獅子崩し”――
相手の一方の膝に自分の全体重をかけ、うつ伏せに倒す技である。
この技自体には、さほどの威力はない。
もうすこしでミサイルコブラが完全に倒れるというところで、コズマはなにを思ったか、せっかく取った右脚を手放した。
なんの未練もない――というよりは、喫緊の必要に迫られたとでもいうような、ひどくあわただしい動作であった。
ずうん――と、にぶい音を立ててセットの地面が揺れたのは次の瞬間だ。
金属でつくられた重量物が倒れたような音と衝撃。
それを生ぜしめたのは、ミサイルコブラの左脚にほかならなかった。
ミサイルコブラは右脚を”獅子崩し”にかけられたまま、コズマの背中にむかって左脚を振り下ろしたのである。
中国拳法の諸門派でもちいられる膝蹴りだ。
ふつうの蹴り技にくらべて威力は劣るとされているが、外家拳を究めた紫野に常識はあてはまらない。
まともに入っていれば、コズマの背骨はむざんに砕けていただろう。
「やるねえ。油断の隙もありゃしねえ」
「本気でやろうと言ったのは君だ。いまさら取り消せないぞ」
「むしろ望むところさ」
言うが早いか、コズマはふたたびミサイルコブラに急迫する。
打撃戦で勝ち目がないことはわかりきっている。
かりにこちらの拳や蹴りが入ったとしても、カウンターを合わせられてしまえば終わりだ。
ミサイルコブラの攻撃を受けた手足は、二度と使いものにならなくなる。
たかが一発二発を入れるために重すぎる代償を支払うつもりは、むろんコズマには毛頭ない。
関節だ。
ひたすら関節を狙っていくしかない。
だが、どうやって?
ミサイルコブラを寝技に持ち込むことは不可能に近い。
それは、ついいましがたの一連の攻防をとおしてはっきりしている。
寝技の関節はいちど極まってしまえば強力なぶん、相手の手足がフリーになっている時間が長いという欠点がある。
とりわけミサイルコブラのような、指先や膝だけでもおそろしい破壊力を発揮する相手は最悪だ。
関節を極めているあいだに、こちらがダウンさせられてしまう。
(だったら、よ――――)
コズマは軽快なステップを刻みながら、ミサイルコブラの右側方にまわる。
まずはロー。
間髪をいれずミドル。
すべてフェイントである。
ミサイルコブラも、それはわかっている。
脚を取られることを警戒しているのか、カウンターを合わせてくる気配もない。
コズマにとっては好都合だ。
ミサイルコブラが右腕を突き出した。
握りこぶしではなく、五指をゆるく開いた掌だ。
開いた指で、相手の身体を掴み取ろうというのである。
中国拳法には豊富な関節技が存在している。
そのうえに叢雨流で柔術やレスリングを学んだミサイルコブラ――紫野は、
コズマが関節を狙ってくるなら、こちらも同じ手で迎え撃ってやる。
ミサイルコブラは、そういう腹づもりでいる。
究極の域に達した外功がその威力を発揮するのは、なにも打撃技だけにかぎらない。
相手の関節を強固に極め、ねじあげる力は、内家拳の比ではない。
人体の急所である点穴(ツボ)を責める技も心得ている。
はたして、ミサイルコブラの掌がコズマの右肩をしっかと掴んだ。
こうなってしまえば、もはやコズマは逃げることさえままならない。
そのまま一気に内懐まで引き寄せる。
――これで終わりだ!!
ミサイルコブラが勝利を確信した瞬間、ふいに右腕が重くなった。
「バカな――――」
ミサイルコブラは信じられないといったふうにつぶやく。
コズマの姿は、ミサイルコブラの視線よりも上にあったからだ。
肩を掴まれたコズマは、そのまま地面を蹴り、高々と舞い上がったのだ。
「手助けしてくれてありがとうよ」
コズマは自由落下に身を任せつつ、ミサイルコブラの右肘を両太腿で挟む。
飛びつき腕十字!
コズマの体重に落下の慣性もくわわって、ミサイルコブラの右肘の靭帯はおそろしい勢いで引き伸ばされていく。
生の肉がちぎれるような水っぽい音が響いたのと、コズマが地面に落ちたのは同時だった。
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