宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-5

 まばゆい光がセットに降り注いでいた。

 いま、その中心で向かい合うのは、二人のおとこだ。

 どちらも異形の着ぐるみを身にまとっている。


 宇宙拳人コズマ――風祭かざまつり豪史たけし

 怪星人ミサイルコブラ――紫野しの鐵兵てっぺい


 ともすれば滑稽な着ぐるみショーだが、彼らの周囲に漂う剣呑な雰囲気は、まぎれもなくだ。

 着ぐるみの下に息づく武術家の肉体が、まるで抜き身の真剣みたいにするどい殺気を放っているのである。

 セット内のみならず、スタジオ全体にひりついた空気が張り詰めている。


 撮影開始まで、あと五分を切っていた。


 ふいに、ミサイルコブラが口を開いた。


「闘うまえに、君にひとつ伝えておきたいことがある」

「手短にたのむぜ」

「私は、試合で対手あいてを死に追いやったことがある」


 ミサイルコブラ――紫野の声は、鉛の重さを帯びている。


「もちろん故意にやったのではない。しかし、じっさいに人がひとり死んでいることはまぎれもない事実だ。私もじゅうぶん注意するつもりだが、もし危険だと感じたなら――――」


 言い終わらぬうちに、ミサイルコブラは言葉を切った。

 コズマが「何も言うな」というように、開いた掌を突き出したのだ。


「せっかくだが、余計なお世話だぜ」

「なんだって?」

「あんたの過去になにがあったかなんて、俺の知ったことじゃない。遠慮は無用だ。時間いっぱい、お互い全力でやろう」

「君はそれでいいかもしれないが、私は――――」

「闘いは一度きりだ。おなじ試合は二度とない。あんたも武術家なら分かってるだろう」


 きっぱりと言いきったコズマに、ミサイルコブラはそれきり黙り込んだ。

 たしかにそのとおりだ。

 たとえおなじ相手、おなじ場所でも、試合の内容はつねに変化する。

 今回の闘いと、人を死なせてしまったあの他流試合とは、なにもかもがちがうのである。

 過去に囚われ、おなじ轍を踏むまいとみずからの実力を封じることは、いま対峙している対手への侮辱にほかならない。


「ほんとうに、全力で闘ってかまわないんだな」

「俺は最初からそのつもりだ。対等な条件でらなけりゃスッキリしねえだろ?」


 コズマとミサイルコブラは、無言で握手を交わす。

 スタッフが撮影開始を告げたのは、それからまもなくだった。


***


 カメラが回り、戦いの幕が上がった。


 最初に動いたのはコズマだ。

 脚掌(足の裏)をほとんど地面から離さない歩法。

 攻撃にせよ防御にせよ、しっかりと地面を踏みしめることが最低条件だ。

 コズマがほとんど足を浮かさないのは、攻防いずれの動作にも即座に対応するためであった。

 

 一方のミサイルコブラは、かかとをわずかに浮かせ、爪先に重心をかけた姿勢を取っている。

 いわゆる”猫足立ち”だ。

 空手の形としてひろく知られているものの、演武ならともかく、試合でもちいられることはめずらしい。

 その理由ははっきりしている。猫足立ちでは自在に身体を動かすことができず、機敏に動き回る敵に対応することがむずかしいためだ。

 そういう構えを、ミサイルコブラはあえて取っているのである。


「せやっ」


 コズマは地面をスライドするように間合いを詰める。


 電光石火の疾さでコズマの右足が動いた。

 ローキック。

 狙いはミサイルコブラの左膝側面である。

 まともに入れば、膝の半月板と靭帯が破壊される。

 太腿や脛でブロックすれば致命的なダメージは避けられるが、いずれにせよ無傷では済まない攻撃であった。


 ミサイルコブラの左足が浮いた。

 自分にむかって放たれたコズマの右ローキックを、左のローキックで迎え撃とうというのだ。

 真っ向から激突するかにみえた二本の脚は、しかし、交差することなく虚空を薙いだ。

 コズマがとっさに蹴りの軌道を変え、ミサイルコブラの蹴りとバッティングすることを避けたのである。

 両者の蹴りによって圧縮された空気が渦を巻き、セットの地面から土埃が舞い上がる。


――この蹴りはじゃない……。


 そう判断したのは、コズマ――風祭の武術家としての勘だ。

 結果として、それが彼を救うことになった。

 もしまともにかちあっていたなら、コズマの右脚は完全に破壊されていただろう。

 外家拳を究めたミサイルコブラ――紫野の肉体は、四肢の末端に至るまでが凶器と言っても過言ではない。

 相手の技を見てから繰り出したカウンターであっても、一撃必殺の威力を発揮するのである。


 コズマはすばやくバックステップを踏み、間合いを取る。

 この敵と打撃技でやりあうのは危険すぎる。

 となれば、掴み技グラップリング関節技サブミッションで決めるしかない。

 ミサイルコブラもそれを見越して対策を打ってくるだろう。


 ならば――と、コズマは半身になった状態で両脚をゆるく開き、中段突きの構えをとる。

 むろんフェイントだ。

 打撃戦と見せかけて、ミサイルコブラが近づいてきたところで一気に懐に飛び込む。

 そこからは寝技グラウンドに持ち込むか、あるいは立ったまま関節を極めるか……。

 拳にしろ蹴りにしろ、打撃技が威力を発揮するには一定の距離が必要だ。

 ミサイルコブラの反撃を封じるためには、まずはゼロ距離の密着状態に持ち込む必要がある。

 

 ミサイルコブラが前進したのはそのときだった。

 刹那、ミサイルコブラの右腕が動いた。

 まだ正拳の間合いではない。

 はたして、ミサイルコブラが繰り出したのは、拳ではなく五指をそろえた掌尖であった。


 牛舌掌ぎゅうぜつしょう――

 八卦掌の代表的な技である。

 その名が示すとおり、牛の舌のように五指をそろえ、敵の喉や目といった急所を突く。

 八卦掌自体は内家拳に分類されるが、内功の才を持たない紫野にとって、その拳はあくまで外見そとみを真似たものにすぎない。

 内功の鍛錬をともなわない以上、ほんらいなら出来の悪い猿真似だ。


 だが、外功を究めた紫野が使うことで、内家の技はまったく別の性格を帯びる。

 伸ばした五指ことごとくがするどい刃となり、その硬さによって敵を刺し貫くのである。

 急所を狙う必要はない。皮膚と肉を裂き、骨さえも断つ破壊力があるのだ。

 身体のどこに刺さったとしても致命傷になりうる一撃であった。


「ぬううっ!!」


 コズマはとっさに上体を反らし、牛舌掌の射程から逃れようとする。

 硬くするどい破壊音が響きわたったのは次の瞬間だった。





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