宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-3

 都内某所―――叢雨流の本部会館ビル。

 最上階の応接室で、ふたりの男がテーブルを挟んで向かい合っていた。


 ひとりは叢雨流の総帥・叢雨覚龍斎。

 もうひとりは、紫野しの鐵兵てっぺいである。


 紫野が東京に到着したのは、昨日の夜のこと。

 そのまま覚龍斎が手配したホテルに投宿し、朝一番で本部を訪れたのである。

 伊豆の診療所には、しばらく休業する旨の張り紙を残してある。


「ご無沙汰しております、総帥――――」


 紫野は深く頭を下げる。

 伸び放題だった無精髭はきれいに剃り上げ、ぼさぼさの髪はぴったりとなでつけてある。

 服装は、上下ともに濃紺色のビジネススーツである。

 一流企業のサラリーマンと言ってもじゅうぶん通用するだろう。

 粗末な作務衣に下駄をつっかけた昨日までのとは、まるで別人であった。


「堅っ苦しい挨拶は抜きにしようや。急に呼びつけちまって悪かったな、紫野よ」


 覚龍斎は豪放に言って、本革のソファに腰を下ろす。


「じつはな、おまえとらせたい相手がいるんだよ」


 紫野の表情がにわかに険しさをました。

 覚龍斎は腕を組んだまま、いかにも深刻そうに言葉を継いでいく。


「元プロボクサーの朱木あかぎ、それに黄瀬川きせがわがやられた。それもたったひとりの相手に、だ」

「黄瀬川さんが!?」

「信じられねえだろう。俺もおンなじ気持ちさ」


 覚龍斎は長いため息をつく。


 黄瀬川の力量は、おなじく師範代の印可を受けた紫野もよく知っている。

 これまで何度か拳を交え、ときには勝ち、ときには敗れもした間柄である。

 見上げるほどの巨体から繰り出される精密無比な技には、闘うたびに舌を巻いたものだ。

 すでに現役を退いているとはいえ、その実力はいまなお一流であるはずだった。


「それで、その相手というのは?」


 問いざま、紫野は我知らずに身を乗り出していた。


「ま、百聞は一見にしかずだ。おい――――」


 覚龍斎が指を鳴らしたのと、応接室のドアが開いたのは同時だった。


 威勢のいい「押忍」の声とともに、若い門弟たちがどっと室内に入ってくる。

 紫野がいぶかしげな表情を浮かべたのは、彼らが肩に担いでいる機械を認めたためだ。

 一台の映写機であった。

 それも家庭用の八ミリなどではなく、ちょっとした映画館で使われているような本格的なものだ。


「総帥、あれは……」

「百聞は一見にしかずと言っただろう。俺の口から説明するより、じっさいに観てもらうのがいちばん手っ取り早い」


 ほどなく準備が終わり、部屋の灯りが落とされた。

 スクリーンは応接室の白い壁だ。

 じりじりと低い作動音をたてて映写機が回りはじめる。


 次の瞬間、紫野の耳を打ったのは、あきらかに場違いな勇ましいメロディ――『宇宙拳人コズマのテーマ』だった。


***


「……どうだい、紫野よ」


 部屋が明るくなったのを見計らって、覚龍斎は紫野に問いかける。


「とても信じられません」

「俺も同感だ。だが、こいつは正真正銘、仕込みなしの真剣勝負ガチンコよ」

「真剣勝負で、あの二人が敗れたというのですか」


 紫野の声には、隠しきれない動揺がにじんでいる。

 無理もないことであった。

 叢雨流の猛者が二人までも敗北したという事実を突きつけられたこともある。

 だが、それ以上に紫野に衝撃を与えたのは、フィルムに写し取られた死闘――――文字どおり、一歩まちがえば死に直結する危険な戦いであった。

 それが、子供向け特撮番組のなかで展開されている。

 芝居の皮をかぶった殺し合いが、公共の電波に乗って全国に流れている。


――こんなことが現代日本で許されるのか!?


 紫野の内心を読み取ったみたいに、覚龍斎はにやりと唇を歪める。


「特撮番組でを日本じゅうに広めてるテレビ局を、われわれがちょいと懲らしめてやろうと思ったんだがな。なかなかどうして、むこうもとんでもない野郎を用意してきやがったのさ」


 わずかな沈黙のあと、紫野はひとりごちるみたいに尋ねた。

 

「総帥。このコズマという男、叢雨流の使い手ですね。それも相当な手練れと見ましたが」

「うむ」

「つまり、同門から裏切り者が出た……と?」

「そこまではわからんよ。”去る者は追わず”が叢雨流うちのモットーだからな。辞めていった奴もごまんといるさ」


 こともなげに言って、覚龍斎はまっすぐに紫野を見据える。

 並みの人間ならたちまちに気死してしまいそうな凄い視線であった。

 紫野は臆することなく、覚龍斎と真っ向から対峙している。


「紫野よ、おまえを東京に呼び出した理由ワケは、もう分かっているな」

「私に特撮に出ろ……と、そうおっしゃるのですね」


 紫野の声音がにわかに低くなった。

 その表情は、こころなしか硬くこわばっている。

 

「お言葉ですが、私の拳のことは総帥もご存知のはず」

使――――そうだったな?」

「そのとおりです。もし本気で戦えば、相手を殺してしまうかもしれません」

「べつにかまわんぜ」


 覚龍斎は、まるで世間話でもするみたいに何気なく答える。


「殺しちまえよ。真剣勝負ガチンコってのは、ほんらいそういうもんだろう」

「しかし……」

「おめえも野郎が”雷霆落とし”を仕掛けたのを見ただろう。もし極まっていたら、黄瀬川は首の骨がへし折れて即死、それともなくば一生不具の身にされてたところだ。むこうがそういうつもりでいるのなら、こっちだけが遠慮するのは不公平ってもんだろう」


 驚愕に目を見開いた紫野にむかって、覚龍斎は呵呵と大笑する。

 ほがらかな声とは裏腹に、ひどく残忍で獰猛な、飢えた肉食獣を彷彿させる笑顔であった。


「叢雨流総帥として俺が許す。紫野、あのコズマとかいう野郎をぶっ殺してこい」

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