第三話「宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ」
宇宙拳人コズマ 対 怪星人ミサイルコブラ-1
午後四時――
一台の車が首都高を走っていた。
シルバーのロールス・ロイス。
日本には数えるほどしか輸入されていない最上級グレードのファントムである。
後部座席にどっかりと腰を下ろしている。
欧米人の体格に合わせて設計された余裕のあるシートも、この男にはいささか窮屈にみえる。
それもそのはずであった。
男がもつ肉体の質量が桁違いに
叢雨覚龍斎――――
叢雨流の総帥にして、日本最強の名をほしいままにする稀代の武術家。
きょうはいつもの道着姿ではなく、格子柄のスリーピーススーツという出で立ちだ。
常人離れした身体にフィットするよう、生地から仕立てさせた
覚龍斎は腕を組み、まぶたを固く閉じたまま、物思いにふけっている。
「まさか、
その隣でふいに声が上がった。
けっして小柄ではない――むしろ一八◯センチを超える長身の黒衛だが、覚龍斎と並ぶとまるで大人と子供といった風情がある。
女と見まがう秀麗な面立ちと、豹を彷彿させるしなやかな体つき……。
肉体を構成するあらゆる要素が、覚龍斎とはまったくの対極に位置しているのだ。
「たしかにそうだな。しかし、いいモンが見られただろうがよ?」
言って、覚龍斎はにいっと相好を崩す。
地獄の鬼が笑えば、きっとこんな顔になるのかもしれない。
獲物に食らいつかんとする肉食獣にも通じる、それは獰猛な笑みであった。
「コズマは、やはり叢雨流の者でしたね。”
「黄瀬川の奴はとうとうなにも言わなかったがなあ」
ほんのすこしまえ――
覚龍斎と黒衛は、東京駅のホームで黄瀬川を見送った。
黄瀬川は首をギプスで固定し、腹にコルセット、歩行には松葉杖が欠かせないという痛々しい姿である。
『コズマ』第二話の収録が終わった直後、黄瀬川は日陽テレビそばの大学病院に搬送された。
黄瀬川の怪我は予想以上にひどいものだった。
かろうじて脊椎損傷はまぬがれたものの、背骨と肋骨には無数のヒビが入っていた。
右足の膝靭帯も傷つき、杖なしには歩行もままならないというありさまだ。
そのほか、全身の細かな骨折や打撲を挙げていけばきりがない。
無理もない。
あれだけ危険な技の応酬を繰り広げたのである。
生命があっただけでももっけの幸いとおもわねばならない。
黄瀬川の入院生活は、しかし、たった一日で終わった。
絶対安静を厳命する医師をよそに、独断で退院したのである。
大怪我をおしてまで、女が待つ長野へ帰ろうとしたのだ。
――面目次第もありません、総帥。
長野行きの列車に乗り込む直前、黄瀬川は覚龍斎に深々と頭を下げた。
ギプスとコルセットでこちこちに固められた身体である。
ひどくぎこちない、それゆえに心底からの思いが込められた詫びだった。
――金のことなら気にするな。それより、あいつの正体は、とうとう教えてくれないんだな?
――申し訳ありません。
――とにかく、いまは
黄瀬川は、三百万円だけを受け取って帰っていった。
黒衛が渡した前金が、けっきょく報酬のすべてになった。
覚龍斎が満額を渡そうとしても、かたくなに固辞したのである。
それは黄瀬川なりの武術家としてのけじめであり、戦いに敗れてなお譲れない矜持でもあった。
「それにしても――――」
黒衛は覚龍斎をちらと見やると、低い声で問うた。
「黄瀬川ほどの男が、どうして辺鄙な田舎に引っ込んでいるのでしょう。叢雨流の門弟三万人のなかでも、まちがいなく五指に入る実力者と見ましたが」
「なんだ、おまえは知らなかったか」
「一昨年まで
覚龍斎は長いため息をついたあと、視線を前方に据えたまま、ひとりごちるみたいに語りはじめた。
「あいつはなあ、いっときは俺の後継者と見込んでいた男なんだよ。体格も技術も人格も申し分ない。欠点があるとすりゃ、一本気すぎるところくらいでな」
「……」
「そんなときに、ある政治家が
覚龍斎はそこでいったん口を閉ざした。
ややあって、苦しいものを吐き出すように言葉を継いでいく。
「……結果的には、それが
「と、いいますと?」
「その政治家ってのがとんでもねえ野郎でな。外じゃ仏さんみたいなツラしてるが、家に帰りゃ亭主関白なんてもんじゃない。些細なことで殴るわ蹴るわ、それで最初の嫁さんを首吊り自殺に追い込んだような奴なんだ。ちょうどそのころ二十五も歳下の後妻を娶ったばかりだったんだが……」
「黄瀬川は、それを毎日のように見せられたというわけですか」
「俺も諭したよ。つらいだろうが我慢しろ、これも社会勉強だ……とな」
覚龍斎の声のトーンが一段低くなった。
「あるとき、後妻がなにか気に食わねえことをしたらしい。政治家は木刀を持ち出して、全身めった打ちにしたそうだ。黄瀬川は必死に止めたが、そうしたらその野郎、おまえら陰で密通してやがるなと喚き出しやがった」
「それは事実だったのですか?」
「もちろん根も葉もないでまかせに決まってる。だが、男がいったん口に出したら、そうそう引っ込みがつかねえもんでな。やっこさん、床の間の日本刀を――ほんものだぜ――ひっつかんで、浮気女と間男、重ねて四つにしてやると啖呵を切りやがった」
「それで……」
「ビール腹のおやじが日本刀を持ったくらいで
覚龍斎は「ふう」と、ひときわ大きなため息をつく。
「なにしろ事情が事情だ。むこうさんとしても週刊誌のネタになるようなことは避けたい。けっきょく怪我の件は事故ということにして、警察には届け出ないということで手打ちになった。黄瀬川もしばらくブラジルあたりに修行に出して、ほとぼりが冷めたら俺の手元に戻そうと思っていた」
「それでは納得しなかった、と?」
「そういうことだ。あいつは自分自身が許せなかったんだな。叢雨流を辞めて、長野の田舎に隠れ棲むようになったというわけだ」
「では、黄瀬川といっしょに暮らしている女というのは――――」
「さあねえ。そこまでは知らんよ」
言って、覚龍斎はわざとらしく肩をすくめてみせる。
「そういやあ、黄瀬川の弟子に襲われたこともあったな。どうも俺があいつを破門したと早合点したらしい。混血児みたいなツラの、なかなか筋のいい小僧だった。おもわず本気でぶちのめしちまったよ。言って聞かせるより、そっちのほうが面白いからなあ」
覚龍斎は呵呵と愉しげな笑い声を上げる。
それもつかのま、その顔に凄絶な鬼気が宿った。
「さあて、黄瀬川が倒されちまったからには、次を決めにゃならん。――本部に戻ったら、すぐに
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