宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-9(終)
――地震!!
スタジオにいるすべての人間の脳裏をよぎったのは、その二文字だった。
照明が、揺れている。
カメラが、揺れている。
セットどころか、スタジオそのものが揺れている。
人間も、うっかりするとバランスを崩して、その場に尻餅をついてしまいそうになる。
かなり大きな地震であった。
そして、スタジオの中にいる人間しか知らない地震であった。
震源地は彼らから数メートルと離れていない。
セットの中心である。
デッドマンモスが、背中からいきおいよく墜落したのだ。
雷霆落としを仕掛けたコズマもろとも跳躍し、みずからの身体ごと地面に叩きつけたのである。
プロレスでいうジャンピング・ボディプレスだ。
重量級のレスラーが繰り出せば、
身長二メートル・体重百キロ超のデッドマンモスがおこなえば、文字どおりの必殺の威力を発揮する。
位置的に全体重がかかったわけではないとはいえ、コズマにも相当なダメージを与えているはずであった。
と――デッドマンモスの身体の陰から、ゆらりと立ち上がったものがある。
コズマ。
あんのじょう、ひどい姿であった。
マスクの右の額から顎先にかけて、ジグザグ状の亀裂が走っている。
もうすこしで、演者である風祭の素顔が見えてしまいそうだ。
胸と肩に装着したプロテクターのうち、右肩のものはどこかへ消えてしまっている。
墜落の衝撃で吹っ飛んだか、壊れてしまったにちがいなかった。
肩で息をしながら、コズマは構えをとる。
番組終了まであと一分もない。
それでも、カメラが回りつづけているかぎり、戦いは続いているのだ。
しかし、
どんなことがあろうと、ヒーローの勝利というあらかじめ決められた結末を迎えなければ、虚構は破綻する。
これは特撮番組という体裁を借りた、現実と虚構とのせめぎあいにほかならないのだ。
ゆらり――と、デッドマンモスが立ち上がった。
悄然とたたずむ巨体には、すこしまえまでの力強さはすっかり失われている。
無理もないことだった。雷霆落としを途中まで決められたうえに、自爆同然のボディプレスを敢行したのである。
デッドマンモスの着ぐるみは、コズマ以上にひどく損傷している。
それは同時に、黄瀬川の肉体が負ったダメージを表しているにちがいなかった。
「まだやるかい、黄瀬川師範代――――」
かすれた小声でコズマ――風祭は問いかける。
マイクに肉声が拾われるのをおそれているのではない。
肺を圧迫されたことで、こんな声しか出せなくなっているのだ。
「当然だ」
デッドマンモス――黄瀬川は、それだけ言うと、ぐっと腰を落とす。
山をおもわせる重厚な構え。
あの夜、空き地での戦いでみせた構えとまったく同一だ。
叢雨流の基本の形のひとつ――”
ただ守りを固めているのではない。
あえて敵の攻撃を誘い、そのうえで後の先を取る攻撃的な構えであった。
黄瀬川の”深山”は、かつて師・覚龍斎をして自分より上と言わしめた境地にある。
「そうくると思ったぜ、師範代――――」
コズマは愉しげにひとりごちる。
黄瀬川が最後まで全力を尽くしてくれることがうれしいのだ。
おたがい着ぐるみを着込んでいることも、いまの二人にはなんの障害にもならない。
先に動いたのはコズマだ。
これまでの脚掌をほとんど離さない歩法とは打って変わって、両足のストライドを最大限に活かしたダッシュである。
大股で走れば、それだけ敵に動きを読まれやすくなる。
それを承知のうえで、コズマはスピードという利点を取ったのだった。
自分より身長も体重もまさる相手に有効なダメージを与えるにはどうすればいいか?
所属する流派、あるいは個々人の考え方によって、その答えはさまざまだろう。
コズマが導き出したのは、加速をつけた攻撃だ。
銃弾を考えてみるがいい。
発射されるまえの銃弾は、火薬が収められた薬莢と弾丸が一体になっている。
薬莢はあくまで推進力を生み出すためのものであり、標的にむかって飛んでいくのは弾丸だけだ。
拳銃などで使用されている九ミリ・パラベラム弾を例に取れば、弾丸の大きさは小指の爪ほどにすぎない。
これを素手で投げつけたところで、せいぜい豆粒が当たったほどの痛みしかないだろう。
しかし、火薬による爆発的な推進力を得れば、人間に致命傷を与えるほどの破壊力を発揮するのである。
質量が小さくても、じゅうぶんな速度さえあれば、巨大な相手を貫くことができる……。
デッドマンモスは避けない。
すくなくとも、最初の一撃はぜったいに受けるだろう。
もし避けたり攻撃する側の手足を打ったりすれば、自分はダメージを受けないかわりに、後の先を取ることもできなくなる。
だから、デッドマンモスは、コズマの一撃をかならず真正面から受け止めるはずなのだ。
深山の構えを取ったのがなによりの証拠だ。
一撃までなら、どんな攻撃が来ようと耐えきってみせるという自信の表れなのだ。
じっさい、黄瀬川は耐えるだろう。
そういう男だ。
それは、弟子である風祭がだれよりもよく理解している。
それでも、負けるわけにはいかない。
ヒーローだから、ではない。
師である黄瀬川より自分のほうが強いことを証明したいからでも、ない。
自分を見込んでくれた橘川のためでも、やはりない。
勝つことに理由など必要ない。
ただ、勝つ。
それだけでじゅうぶんだ。
すべてを叩きつける値打ちがある。
死んだってかまわない。
負けて生きるよりは、勝って死にたい。
他人からみれば、着ぐるみ同士の馬鹿馬鹿しい殴り合いだ。
それで死ぬのは、ほんものの大馬鹿者だ。
格闘技の歴史のどこにも、風祭の名前は残らない。
――だからどうした?
世界最強といわれるボクシングのヘビー級チャンピオンよりも。
満場の観客から万雷の拍手を浴びるプロレスのスター選手よりも。
そして、叢雨流の頂点に立つあの男よりも。
――いまの俺のほうが幸せだ‼︎
こうして、死んでもいいとおもえる相手と戦えているのだから。
「おおっ――――」
雄叫びとともにコズマが地を蹴る。
跳んだ。
デッドマンモスの内懐へ。
わざと隙を作っていたのはわかっている。
後の先を取るために、わざと誘い込んだのだ。
罠のなかに飛び込んでしまった以上、もう後には引けない。
最初の一撃だ。
それでデッドマンモスを沈める。
ほかに勝つ方法はない。
できるのか⁉︎
「やってやるさ」
マスクの内側で、風祭はだれにともなくひとりごちる。
「叢雨流……」
コズマの右拳がにわかに変形した。
五指を握り込んだ正拳から、人差し指と中指の第二関節をわずかに突出させたかたちへと。
デッドマンモスとの距離はわずか三◯センチたらず。
それだけで充分だった。
この距離なら確実に当たる。
どんな強力なパンチも、当たらなけばなんの意味もない。
デッドマンモスがふいに構えを崩した。
後の先を取るという戦略を棄てたというこだ。
一撃も喰らうわけにはいかないと判断したということだ。
そのときには、しかし、コズマは完全に打撃の体勢に入っている。
「――――
コズマの拳が触れた瞬間、デッドマンモスは飛ぶように後じさった。
巨大が膝から崩折れたのは、それから数秒と経たないうちだった。
黄瀬川が着ぐるみのなかで失神したためだ。
もはやデッドマンモスが立ち上がることはない。
「おれの、かちだ」
番組終了を告げるスタッフの声を聞きながら、風祭は糸が切れた人形みたいにぐったりとその場に倒れ込んでいた。
【第二話 終】
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