宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-8
――なあ、師範代。あんたを倒せる技を教えてくれよ。
風祭がそう黄瀬川に問うたのは、修行を始めて一年ほど経ったころだった。
当時の風祭は十五歳。
年齢的にはまだ子供だが、もともと大人顔負けの体格の持ち主である。
黄瀬川に敗れたことをきっかけに、風祭は叢雨流に入門した。
生来の力と勘にまかせた我流の喧嘩殺法を捨てたのは、世の中にはそれが通用しない相手が存在することを思い知らされたからだ。
そして、黄瀬川が彼の入門を許したのも、荒削りながら光る才能を見出したからにほかならなかった。
はたして、乾いた土が水を吸い込むように、風祭は黄瀬川のもとでめざましい成長を遂げた。
半年後には、叢雨流の基本的な形を完璧にこなせるようになった。
どんなに筋のいい人間でもふつうなら三年はかかるのである。
乱取り稽古を許されるようになってから、風祭の成長速度はさらに加速していった。
ちょうど、そんな折のことであった。
風祭の質問に、黄瀬川は片手で拳立てをしながら反問した。
――なぜそんなことが知りたいんだ?
――決まってる。あんたに勝つのが俺の目標だからさ。あるのか、ないのか、それだけでも教えてくれないか。
黄瀬川はにこりともせず、
――ある。
それだけ、短く答えた。
――その技の名前は!?
――叢雨流”雷霆落とし”……。
おもわず身を乗り出した風祭に、黄瀬川は念を押すように言った。
――危険な技だ。いまのおまえにはまだ教えられん。だが、もし完璧な雷霆落としを使えるようになったら、私にも勝てるだろう。
***
めきり――と、いやな音が鳴っていた。
骨と筋肉が上げる悲鳴だ。
背中側に折れようとする頚椎を、首の筋肉が必死に引き留めている。
自分の身体のなかで、そういう音がしているのである。
デッドマンモス――黄瀬川でなければ、とうに後ろに倒れるか、あるいは首の骨がへし折れていただろう。
首の骨が折れるとどうなるか。
脊椎の内部を走っている中枢神経がぶっつりと切れる。
いわゆる頸髄損傷だ。
首から下の自由がまったく利かなくなるだけではない。
呼吸が麻痺する。
そうなれば、人間は数分のうちに死ぬ。
黄瀬川は、まさにそういう崖っぷちに立たされている。
叢雨流”雷霆落とし”。
それは自分の全体重を相手の首にかけ、後ろ向きに倒す技である。
人間の脊椎は前方にはかなり深く可動するいっぽう、後方にはほとんど曲がらない。
レスリング選手がやるブリッジにしても、頚椎から尾椎までの小刻みな可動域を組み合わせたものだ。
雷霆落としは、まず敵の首をがっちりと固定する。
可動域を制限された脊椎は、もはや曲げによって荷重を逃がすことができなくなる。
そういう状態で、さらに慣性の法則が働けば、首の骨はたやすくへし折れてしまう。
たとえば――
体重五十キロは男の武術家としてはだいぶ心もとない数字だが、人間の首にかかる重量としてはかなり危険である。
身長二メートル百キロの巨漢でも、脊椎の構造は常人と変わらない。瞬間的に五十キロの荷重プラス加速度が加わわれば、簡単に首の骨が折れてしまう。
雷霆落としは、本質的に巨人殺しの技なのだ。
痩せぎすの小男でも、自分の全質量を凶器とすることで、見上げるほどの大男を倒すことができる。
技をかける相手の身長が高ければ高いほど、雷霆落としの破壊力は増大するのである。
着ぐるみを着込んだ風祭――コズマの体重は、およそ八十キロ。
それが、二メートルの高さから落ちる。
デッドマンモスの首にかかる負荷は、ざっと一五◯ジュール(≒一五◯キロ)。
いまのデッドマンモスは、自分の体重以上の重量を首だけで支えていると言ってよい。
「ぬ、ううっ……」
デッドマンモスは苦しげにあえぐ。
雷霆落としから逃れる方法は心得ている。
自分から仰向けに倒れるのだ。
大事なのはきっちりと背中を地面につけることである。
そうすれば、首にかかった荷重を、身体全体に分散することができる。
それは、しかし、敵に無防備な腹をさらすことにもなる。
仰向けに寝転がった人間は、
コズマも最初からそれを狙っている。
「あきらめろ、黄瀬川師範代――――」
コズマは小声で囁く。
心理的なゆさぶりをかけようというのではない。
本気で師の身体を心配しているのだ。
「これ以上やるとほんとうに首が折れるぞ」
「まだ、だ……」
「ここで死ぬつもりか!?」
デッドマンモスは答えない。
そのかわりとでもいうように、わずかに膝が沈んだ。
「――――!?」
コズマを担ぎ上げたまま、デッドマンモスの巨体が跳躍したのは次の瞬間だった。
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