宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-7

 ガラスの割れる音。

 金属の破壊音。

 自分のすぐそばで生じたけたたましい騒音も、コズマ――風祭には、どこか遠い世界の出来事みたいに感じられた。


 ほんの数秒前――――

 怪星人デッドマンモスの飛び蹴りを受けたコズマは、そのまま二メートルほど宙を舞った。

 ひとたび両足が地面を離れてしまえば、どんな達人・名人であっても身体の自由は失われる。

 はたして、コズマはセットの端に置かれた三脚式ライトスタンドに背中から突っ込み、これを破壊したのだった。

 

 体重をもろに受け止めた金属製のスタンドは、三脚がひしゃげ、電球も割れている。

 これではもう使いものにはならない。


 もっとも、同様のライトスタンドは、セットのあちこちに置かれている。

 ひとつが壊れたとしても撮影に支障をきたす懸念はない。

 番組が生放送ライブという形式を取っているいじょう、なにがあろうと中断は許されないのである。

 すでにカメラはデッドマンモスのほうにパンし、倒れたコズマを映さないように配慮している。


 コズマはまるでなにごともなかったみたいに立ち上がり、前後左右に軽くステップを踏む。

 骨や腱に異常はない。打撲傷も派手にふっとばされたわりには軽微だ。


 むろん、黄瀬川――デッドマンモスが、番組の尺をもたせるために手加減をしたわけではない。

 武の道に足を踏み入れてから今日まで、真剣勝負しかしたことのない男だ。

 そういう器用な真似は、命令されてもできないだろう。


 直撃の瞬間、コズマはのである。

 防御を固めればダメージを軽減することはできる。

 もっとも、それが通用するのは、こちらの防御の技術が敵の力より優っているか、せいぜい拮抗している場合だけだ。

 敵の力がこちらの防御や受け身の技術をおおきく上回っていれば、そこで戦いはおわりである。

 デッドマンモスの力は、あきらかに防御可能な範疇を超えている。

 もしコズマが防御をえらんでいたなら、一撃で戦闘不能に陥っていたにちがいない。


 コズマはデッドマンモスの飛び蹴りをわざと受けることで、を能動的にコントロールしたのである。

 コントロールするといっても、おのずと限界は存在する。

 命中と同時に後方に跳び、さらには空中で身体をひねることで、衝撃インパクトを可能なかぎり減殺したのだ。


 独楽コマみたいに回転しつつ宙を舞い、ライトスタンドに派手にぶちあたって倒れたコズマは、傍目にはすさまじいダメージを負ったようにみえたはずだ。

 コズマがほぼ完璧なダメージ・コントロールに成功したことを理解しているのは、おそらくデッドマンモスだけだろう。


(さっそく切り札を使わされちまった――――)


 二度目はない。

 敵の攻撃をあえて受けることでダメージを軽減するのは、そもそもが薄氷を踏むようなあやうい技術なのだ。

 自分の身体を賭けた丁半博奕バクチと言ってもいい。

 黄瀬川ほどの使い手が相手となればなおさらであった。


 ふたたびセットに戻ったコズマは、デッドマンモスにむかって半身の構えを取る。

 まずは、右足。

 つぎは、左足

 体幹は一本の杭みたいに固定したまま、前に出す手足を入れ換え、じっくりと間合いを詰めていく。

 こちらの四肢の動きを読ませないためだ。


 前に出ているほうの手足で攻撃を仕掛けるとはかぎらない。

 打撃の構えと見せかけて関節技に持ち込む、あるいはその逆も、叢雨流ではごく当たり前におこなわれるテクニックである。


 いかに敵の目をあざむき、惑わし、その思考の裏をかくか……。

 正々堂々たる戦い方が通用するのは、あらかじめ勝敗が決められた芝居の中だけだ。

 生命がけの真剣勝負は、かならずだましあいの性格を帯びるのである。


 デッドマンモスが動いたのはそのときだった。

 すっ……と、音もなく上半身が沈む。

 セットの地面が揺れたのは次の刹那だった。

 子供の胴体ほどもある太い両足がうみだす強烈な推進力によって、巨体はまたたくまにトップスピードにたっする。


 ほとんど前のめりに倒れるような姿勢。

 そこから繰り出されるのは、超低空のタックルだ。

 ランカシャー・スタイルのレスリングから盗んだ技術である。

 コズマの足を取り、グラウンドの関節技に持ち込もうというのだ。


 うしろに下がったところで、タックルの猛烈な勢いから逃れることはできない。

 だからといって左右に逃れたり、あまつさえジャンプなどしようものなら、それこそ一巻の終わりだ。

 動けば動くほど構えは崩れ、隙がうまれる。

 ほかの敵ならいざしらず、黄瀬川のまえで隙を見せればどうなるか。

 たちまち関節を極められ、そのまま骨をへし折られるだろう。


 ごつ――と、砂の詰まった革袋を叩くような重い音がスタジオに響きわたった。


「むう⁉︎」


 驚嘆の声を洩らしたのはデッドマンモスのほうだ。


 コズマとデッドマンモスは、互いの肩を押し付けあうようにして真正面から組み合っている。

 それぞれの両腕は相手の両腕をがっちりとホールドし、着ぐるみの頭と頭はぴったりと密着している。

 プロレスでいうロックアップの体勢によく似ていた。

 ただし、ひとつの試合の起点であるロックアップにたいして、こちらは一種の膠着である。


 コズマは突進してくるデッドマンモスにむかって、のだった。

 攻撃をわざと受けるどころか、攻撃に攻撃を重ねたのだ。

 総合的な筋力ではデッドマンモスに及ばないコズマだが、瞬間的に同等の力を出すことはできる。

 その力を、こちらにむかってすさまじい勢いで突っ込んでくるデッドマンモスにぶつけようというのだ。


 その衝撃の度合いは、ちょっとした自動車事故にも匹敵するだろう。

 ただし、正面衝突によってぐしゃぐしゃに潰れるのは、金属のボディではない。

 どちらも血の通った生身の肉体である。


 悪くすれば、どちらか、あるいは両方が死ぬ。

 よしんば最悪の事態をまぬがれたとしても、脳や脊椎への致命的なダメージは避けられない。

 そうなれば、戦うことはおろか、このさきの一生をベッドの上で過ごすことになる。


 デッドマンモス――黄瀬川の脳裏をよぎったのは、故郷でひとり自分の帰りを待つ女の姿だ。

 自分になにかあれば、いまも病床にある女はひとり残されることになる。

 果たし合いの場にあるまじき逡巡……。

 それがデッドマンモスの突進に急ブレーキをかけた。


 コズマはそんなデッドマンモスにむかって、スピードを落とすことなく突っ込んできた。

 さきに攻撃を仕掛けたはずのデッドマンモスは、にわかに守勢に転じた。

 というよりは、否応なくそうせざるをえなかったのである。


「正気の沙汰ではないな、風祭」


 固く組み合ったまま、デッドマンモスはコズマに語りかける。


「もし私が立ち止まらなけば、二人とも死んでいただろう」

「そんなことは百も承知だよ。そのうえで、あんたが止まるほうに張ったまでだ」

「きさま――――」

「博奕は俺の勝ちだ」


 言い終わらぬうちに、コズマの身体がふいに地面を離れた。

 一見すると、膠着状態を打開するためにデッドマンモスが力まかせにコズマをリフトしたようにもみえる。

 じっさい、やろうとおもえばそれも可能だっただろう。


 コズマは地面をおもいきり蹴り、自分からデッドマンモスに担ぎ上げられる格好になったのだ。

 肩と首をデッドマンモスに密着させたまま、コズマはめいいっぱい弓なりに背中を反らせる。

 重心の軸が下半身に移っていく。

 コズマはみずからの筋力ではなく、慣性の法則にしたがって動いている。

 こうなっては、デッドマンモスのパワーでも容易にふりほどくことはできない。


 コズマとデッドマンモスの身体が縦一文字を描いた。

 デッドマンモスの肩の上でコズマが逆立ちをしているような格好である。


 まだ、終わりではない。

 コズマのねらいは、ここからさらに技をかけることだ。

 コズマは身体を振り子みたいにしならせ、デッドマンモスの背側へと一気に重心を傾けていく。

 

「叢雨流――――雷霆落とし」


 その瞬間。

 スタジオのマイクは、奇妙な音を拾っていた。

 落雷をうけた樹木がめきめきと裂けるような、腹の底が寒くなる音……。

 デッドマンモスの骨と筋肉があげる断末魔であった。

 

 

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