宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-6
まばゆい光のなかに
怪星人デッドマンモス――
生身でも二メートルを超える巨躯の持ち主である。
巨躯と言っても、だらしなく肥っていたり、あるいはひょろひょろに痩せているのではない。
鍛え上げられた武術家の肉体である。
太く
そのうえに、着ぐるみの厚みが加わっている。
着ぐるみのモチーフになっているのは、氷河期に絶滅したマンモスである。
特撮番組の怪人や怪獣は、あくまでつくりものであり、世間一般の大人からみれば滑稽なかぶりものにすぎない。
彼らが醸し出すこわさ、不気味さは、作り手が苦心してそうみえるように演出しているのである。
がんらい滑稽でばかばかしいものをいかにこわく装うか――
それこそが、特撮の勘どころと言っても過言ではない。
演技じょうずな役者が熱くもない茶をいかにも熱そうに飲んでみせるように。
あるいは、ベテランの切られ役が、じっさいには刀がかすりもしないのに斬られてみせるように。
すべては緻密に計算された嘘なのである。
ならば、いまの黄瀬川は、マンモス人間というばかげた存在に扮した道化なのか?
否。
断じてそうではない。
スタジオにひしめく数十人からの人間のなかに、そんな不埒な考えをもっている者はひとりもいない。
怖いのである。
デッドマンモスはなにをするわけでもなく、じっとそこに佇んでいるだけだ。
ただそれだけのことで、スタジオじゅうを恐怖に染め上げている。
演出もなにもない。ただそれがそこに存在するだけでいい。
ほんものの武術家の肉体が、ばかばかしいマンモス人間の着ぐるみをほんものの怪人に昇華させているのだ。
丸太みたいな脚も、やはりほんものである。
スタジオの人間を皆殺しにしようとおもえば、簡単にやってのけるだろう。
――怪人に殺される。
――この怪人は、ほんとうに人間を殺す力をもっている。
特撮に長くかかわってきた人間でも、そういう種類の恐怖を味わったことはない。
スタジオが異様な雰囲気に包まれるなか、スタッフたちは、恐怖心をまぎらわすようにせわしなく動き回っている。
もう一体のほんものがセットに足を踏み入れたのは、ちょうどそのときだった。
「おたがい準備は万端ってところだな」
言って、コズマはデッドマンモスに右手を差し出す。
「いったいなんのつもりだ?」
「見りゃわかるだろう。握手さ。いちおう双方合意のもとで
コズマはスタジオの片隅にちらと顔を向ける。
その視線の先には、橘川と、そのかたわらに立つ
彼らは日陽テレビと叢雨流それぞれの代表者としてここにいる。
その二人のまえで握手を交わした以上、どんな大怪我をしようと――最悪、死ぬことになったとしても、すべては撮影中の予期せぬ事故として処理される。
もはや後戻りはできないということだ。
コズマの掌に、デッドマンモスの
ぎしい――と、耳ざわりな音がスタジオに響いたのは、気のせいではない。
頑丈な皮革のグローブがあげた悲鳴であった。
「これでなにがあっても文句なしだ。はじめようぜ、黄瀬川師範代」
***
撮影監督が「アクション」と叫んだのと、コズマとデッドマンモスが動いたのは同時だった。
動く。また、動く。
あくまで静かな、それでいてすばやい足の運び。
どちらも脚掌(足の裏)を地面からほとんど離さない歩法だ。
風を受けて海面をすすんでいく帆船を彷彿させる、なめらかで淀みのない動作。
柳生新陰流で”
叢雨流はどこまでも貪欲な流派だ。
勝つためであれば、他流の技術を盗むこともいとわないのである。
「せいっ」
さきに攻撃を仕掛けたのはコズマだ。
やはり足を地面からほとんど離さないまま、すばやくデッドマンモスに肉薄する。
紙を裂くようなするどい音が生じた。
コズマが右足で蹴りを繰り出したのだ。
かかとから爪先まで、脚掌のリーチを最大限に活かした中段の前蹴り。
叢雨流の数ある足技のなかで、もっとも射程距離が長い技のひとつである。
その原型は中国拳法の斧刃脚だ。
むろん、既存の技をそのまま模倣しただけではない。
「りゃっ――」
爪先がデッドマンモスに届くかというとき、蹴りの軌道が変わった。
蛇!!
まさしく蛇がその身をくねらせるがごとく、コズマの右脚は縦横無尽に空を薙ぐ。
技の原理としてはさほど難しいものではない。
股関節から膝、そして足首の関節をたくみにしならせることで、予測不能の蹴りを繰り出したのである。
足さばき以上に注目すべきは、コズマの上半身がほとんど動いていないことだ。
左足一本で身体を支えているだけでなく、たえまない重心移動を完璧にコントロールしているのである。
極限まで鍛え抜かれた体幹筋と、天性のバランス感覚……。
そのどちらか一方が欠けても不可能な芸当であった。
ひゅっと空気を裂いてコズマの蹴りが奔った。
デッドマンモスの左の脇腹を狙おうというのだ。
人体にはその構造上、どうしても鍛えきれない部位が存在する。
脇腹もそのひとつだ。
それは黄瀬川のような達人であっても例外ではない。
まともに
横隔膜をえぐられれば、まともに呼吸ができなくなる。
肝臓や胃を打たれる痛みは、大の男を失神させるほどきつい。
いずれにせよ、戦闘能力を奪うには充分だ。
「――――!!」
コズマの蹴りが当たるかというまさにそのとき、デッドマンモスの巨体が宙を舞った。
ジャンプしたのではない。
両膝を抱えるように身体を丸めて跳んだデッドマンモスは、その場でぐるりと前転宙返りをおこなったのだ。
ちょうど膝をふところに抱き、さらに腋を締めることで脇腹への攻撃をガードした格好である。
サーカスの軽業師もかくやという離れ業。
それを身長二メートル、体重百キロ超の巨躯でやってのける。
おそるべき運動能力であった。
「おおっ!!」
ずうん――と、重い音が生じた。
デッドマンモスの両掌がセットの地面をはげしく打ったのだ。
音だけではない。まるで地震でも起こったみたいにスタジオ全体が揺れる。
信じがたい光景が展開されたのは次の瞬間だった。
デッドマンモスがコズマめがけて飛び蹴りを繰り出したのだ。
飛び蹴りとは言うものの、いわゆる慣性にまかせたドロップキックではない。
地面につけた両腕をバネにして、デッドマンモスはみずからの巨躯を勢いよく射ち出したのである。
コズマとデッドマンモスのシルエットがひとつに重なった刹那、耳ざわりな破壊音がスタジオに響きわたった。
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