宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-4

「やはり、おまえだったか」


 黄瀬川きせがわの声にはわずかな動揺もない。

 第一話の映像を見たときから分かっていた。

 宇宙拳人コズマの気ぐるみの中に入っていた男。

 そして、数日後には、敵として対峙しなければならない相手。

 かつての弟子――風祭豪史かざまつりにむかって、黄瀬川は低い声で問う。


「風祭。なぜおまえが特撮に――――」

「それはこっちのセリフだぜ、黄瀬川師範代」


 言って、風祭はちらと目線を動かす。


 ただでさえ人目を引かずにはおかない体躯の二人である。

 周囲にはぽっかりと空隙が生じ、遠巻きに見物する野次馬さえ出てきている。

 ただならぬ雰囲気から、喧嘩が始まるとでも早とちりしたにちがいない。

 このまま立ち止まって話を続けていれば、その人数は増えるいっぽうだろう。


「ついてきてくれ。ここじゃおちおち話もできねえ」


 風祭の言葉に、黄瀬川は無言でうなずく。

 

 五分後――――

 風祭と黄瀬川は、ところを変えてふたたび向かい合った。

 駅前通りからそう遠くない空き地である。

 ちかぢか建設工事が始まるらしく、地面には細かな砂利が敷かれている。

 周囲は寂然と静まりかえり、街灯もまばらな道には通行人の姿もない。


 ここに来るまでの道中、二人はひと言も口を利かなかった。

 まるで言葉を惜しむみたいに、内側に閉じ込めておきたかったのだ。


「さて、と……どこから話したもんかな」


 風祭は頭を掻きながら呟く。

 

 その姿がふっと霞んだのは次の瞬間だ。

 両膝の力を抜き、音もなく姿勢を低くしたのである。

 ”膝抜き”と呼ばれる古流の技術だ。

 瞬時に姿勢を転換することで相手の目を欺き、さらには柔軟な動作を可能とする。


 風祭は身体のバネを最大限に活かし、氷の上をすべるように間合いを詰める。

 むろん、ほんとうに滑走しているわけではない。

 小刻みかつ足底を地面からほとんど離さない独特の足運びが、見る者にそのような錯覚を引き起こすのだ。

 

 姿勢はあくまで低く保ちながら、上半身はまるで地面に打ち込まれた杭みたいに微動だにしていない。

 鍛え抜かれた体幹と、絶妙のバランス感覚がなければ不可能な芸当であった。

 攻撃の予備動作を見せないことで、拳か蹴りか、左右どちらの側で打つのかを相手にギリギリまで悟らせない効果もある。


「――――」


 びゅっと空気を裂くするどい音が生じた。


 上段蹴り!


 地を這うような姿勢を取っていた風祭は、一転、逆立ち同然の格好になっている。

 狙うは黄瀬川の頭――正確には、耳のうしろにある乳様突起だ。

 武術の達人でも、脳までは鍛えられない。

 乳様突起に爪先がかるく触れただけで、どんな大男だろうと平衡感覚を失い、しばらくは立ち上がれなくなる。


 風祭の蹴りが当たるかという瞬間、黄瀬川の右腕が動いた。

 二メートルを超す巨体からは想像もつかないほどなめらかで素早く、そして優雅な挙動。

 水風船が弾けるような音が空き地に響きわたった。

 黄瀬川が太い五指をまっすぐに伸ばした掌で風祭の足首を弾いたのだ。


 鉄のように分厚く硬い掌であった。

 むやみに硬いばかりではない。

 ゴムのような弾力と、しなやかな柔軟性をも兼ね備えている。


「田舎暮らしで腕がなまったんじゃないかと思ってたが、どうやら無用の心配だったみたいだな」


 すばやく退いた風祭は、べつだん驚いたふうもなく、にやりと不敵な笑みを浮かべる。


 黄瀬川はなにも言わず、しずかに息を吸い込む。

 長く息を吐きながら、左右の拳を腰のあたりに置き、両足をゆるく開いた姿勢を取る。

 たとえるなら――――人の形をした山脈。

 重々しくも隙のない、みごとな構えであった。


 いっぽうの風祭は右八相の構えを取っている。

 かたや静。かたや動。

 まったく対照的でありながら、二人の構えには、たしかに相通じるものがある。


「こうしていると思い出すぜ。あんたの下で修行してた時代ころをよ」


***


 風祭が黄瀬川と出会ったのは、中学に入ってまもないころだった。


 当時の風祭は十三歳。

 その体格と力は、しかし、並みの大人をはるかに凌駕していた。

 とくに身体を鍛えていたわけではない。

 進駐軍の米兵と日本人の女とのあいだに生まれた混血児だったからだ。


 風祭は父の顔も名前も知らない。

 未婚のまま彼を産んだ母は、おさない我が子になにも語らないまま病気であっさりと死んだ。

 育ての親である母方の祖父母には、おまえの父親は朝鮮戦争で死んだと聞かされたが、それが真実かどうかを確かめるすべはない。

 本国に妻子をもつ米兵が、日本人の愛人とのあいだに子供を作り、任期が終わるや無慈悲に置き捨てていった話などはありふれていた時代である。

 父親が生きていようと死んでいようと、風祭にとってはどうでもいいことだった。


 それいじょうに深刻な問題に直面していたからだ。

 同世代の子供からの苛烈ないじめである。

 明るい色の髪と、日本人はなれした目鼻立ちをもつ風祭は、学校に通い始めるといじめの恰好の標的になったのだ。


 大勢の悪ガキに囲まれて袋叩きに遭ったことも一度や二度ではない。

 過酷ないじめは、少年の心を荒ませるにはじゅうぶんだった。

 そんなつらい日々にも、やがて終わりは訪れた。

 顔も知らない父がくれた唯一のおくりもの――同世代の日本人の子供のだれよりも強く、大きな肉体である。

 ありあまる力を手にした少年が、自分を虐げてきた者たちへの復讐に走ったのは言うまでもない。


 中学に上がるころには、風祭は上級生はおろか、なまじなやくざ者にも負けないほどの腕っぷしを身につけるようになっていた。

 喧嘩のやり方は我流である。

 ただ力まかせに殴り、がむしゃらに蹴るだけで、相手は木の葉みたいに吹っ飛んだ。


 喧嘩に飽きた風祭が次に目をつけたのは、町の道場だった。

 入門希望者をよそおっては道場主をぶちのめし、看板を持っていくかわりに金銭を要求したのである。

 身体こそ大きいが、風祭はあくまで素人の中学生にすぎない。

 武術家のメンツを考えれば、警察や学校に通報される心配はまずない。

 多少手こずることもあったが、それも最初のうちだけだった。

 いくら技巧を凝らしたところで、人種に由来する絶対的な体格の差がくつがえるわけではない。

 それどころか、相手がつかう空手や柔道の技を盗むことで、風祭は生来の強さをますます増幅させていったのである。


 無人の野を行くような快進撃は、しかし、そう長くは続かなかった。


 ある日、例によって金めあてに叢雨流の道場を訪れたときのことだ。

 そこで風祭はかつてないほど徹底的に打ちのめされたのである。

 ただの負けではない。文字どおりの完敗だった。

 風祭は、成長期を迎えてからはじめて自分より強く大きな男と戦い、そして敗れたのだ。


 その相手こそ、当時まだ二十歳そこそこの黄瀬川であった。


 

 


 

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