宇宙拳人コズマ 対 怪星人デッドマンモス-2
「
コップの水を一気に飲み干したあと、男はだれにともなくひとりごちた。
都内にある木造アパートの一室である。
六畳一間のワンルーム。窓際に置かれたベッドのほかには、簡素なテーブルと椅子があるだけの殺風景な部屋であった。
口中いっぱいに広がった鉄くさい後味に顔をしかめながら、男はベッドにごろんと横たわる。
『宇宙拳人コズマ』の初回放送から二度目の朝を迎えたいまも、その顔には痛々しい戦いの痕跡が残っている。
無理もないことだった。マスクをつけていたとはいえ、マウントポジションで元プロボクサーの乱打を浴びたのである。
放送が終わった直後、風祭は病院での診察を受けた。
というよりは、心配した橘川がなかば強引に受診させたのである。
さいわい脳へのダメージはなかったものの、顔じゅうが青黒く腫れ上がり、ほとんど前も見えなかったほどだ。
一晩じゅう氷を当てつづけたことで皮下出血はまもなく引いたが、口腔内の切り傷はそう簡単に癒えるものではない。
ようやく食事が喉を通るようになったのは昨日の夕方のことだ。
「やってくれたな、あのボクシング野郎――――」
うらめしげな言葉とは裏腹に、風祭の声色は弾んでさえいる。
怪星人キラーアルマジロン――正確にはその着ぐるみに入っていた男は、右腕を折られてもなお立ち向かってきた。
それどころか、折れた右腕で果敢に攻撃を仕掛けてきたのである。
放送時間いっぱいまで粘ったキラーアルマジロンは、コズマ――風祭のドロップキックをまともに浴びて、ようやく倒れたのだ。
勝利へのあくなき執念と不屈の闘志……。
稀有な資質をふたつながらに兼ね備えた人間は、
総帥・叢雨
「まったくうれしくなってくるぜ、なあ」
風祭は不敵につぶやく。
叢雨流は本気で特撮を潰しにかかっている。
正義の味方が勝ち、悪役が負けるというヒーロー番組の大前提を、
それだけに、まさか第一話から敗北を喫するとは思ってもいなかったにちがいない。
予定を狂わされた覚龍斎は、さらなる猛者を送り込んでくるはずだ。
次から次へと、より強い使い手が挑んでくる――――
武術家としてこれほど胸躍ることはない。
まだ見ぬ強敵との戦いを想像するだけで全身の毛穴がきゅっとすぼまり、武者震いがしてくる。
外で物音がしたのはそのときだった。
硬い靴音がアパートの階段を叩き、廊下を足早に近づいてくる。
「開いてますよ」
ドアが叩かれるよりはやく、風祭はなんのけなしに告げる。
「鍵もかけずに、おまえ、いくらなんでも無用心だぞ」
開いたドアの隙間から、橘川はあきれたように言った。
きっちりとスーツを着込んだ姿は、いかにも出勤途中の会社員らしい。
「先輩だってことは分かってましたよ。ほんとうにヤバい相手ならまず足音を殺してくる」
「言ってくれるよ」
橘川は苦笑しつつ、テーブルに紙袋を置く。
袋の口からはビニール袋に包まれたロールパンやオレンジジュースの瓶、銀紙に包まれたバター、ロースハムなどが覗いている。
量だけをみれば五人家族の朝食と言っても通用するだろう。
多様な品々から、早朝から営業している店を回ってきたことは容易に察せられた。
「腹が減ってると思ってな。もうメシは食えるようになったんだろう?」
「気を遣わせちまってすみませんね」
「いいんだよ。おまえには早く体力を回復してもらわないと困るからな」
風祭は「いただきます」と言うが早いか、ロールパンに齧り付いていた。
バターとハムを交互に口に運び、咀嚼もそこそこにオレンジジュースで胃に流し込んでいく。
あいかわらず傷は痛むが、丸一日水しか飲めなかった身体はいいかげん空腹に耐えかねていたのである。
口内にひろがる血の味も忘れて、風祭はあっというまに紙袋の中身をたいらげた。
だまって食事が終わるのを見守っていた橘川は、
「ところで、次回の放送のことなんだがな」
言って、一枚の写真をテーブルの上に置いた。
映っているのは工房らしい場所に立つ一体の着ぐるみだ。
長い鼻と大振りな耳、そして口の端から伸びる牙が目を引く。
それいじょうに特徴的なのはそのサイズだ。
工房内に立っている職人風の男と比べてもふたまわりは大きい。
遠近感を差し引いても、ゆうに二メートル以上はあろう。頭などはもうすこしで天井に触れそうなほどだ。
「ずいぶんデカいですね」
「デッドマンモスだ。もともと一番大きかったが、改造してもっと巨大化させた」
「中に入るヤツの図体に合わせたってわけですか」
橘川は無言でうなずく。
「叢雨流とはおたがい手の内を明かさない約束になっている。だから、おまえのこともむこうには一切知られていない。だが……」
「だが、なんです?」
橘川は困惑したように視線を宙に泳がせたあと、ぽつりと言った。
「昨日の晩、こいつの中身が俺の家にやってきたんだ。次の放送で着ぐるみに入ることになったので、なにとぞよろしくお願いします……ってな。ご丁寧に名刺まで置いてったよ」
橘川が取り出した名刺を目にした瞬間、風祭の表情がこわばった。
「
「知っているのか!?」
おもわず身を乗り出した橘川に、風祭は震える声で応じる。
「黄瀬川師範代――――俺に武術を教えてくれた人だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます