宇宙拳人コズマ 対 怪星人キラーアルマジロン-6(終)

「ぐおおっ」


 怪星人キラーアルマジロン――朱木あかぎの口からくぐもった悲鳴が洩れた。

 宇宙拳人コズマ――風祭かざまつりは、十字固めアーム・バーを解き、密着していた身体をすばやく離す。

 

 コズマにやや遅れて、キラーアルマジロンも立ち上がった。

 一メートル半ほどの距離を隔ててふたたびファイティングポーズを取る。

 キラーアルマジロンの右腕はだらりと垂れ下がったままだ。

 両拳で顔面をガードしようにも、右肘を曲げることができないのである。


 完全に極まった十字固めから逃れることは熟練の柔道家であってもむずかしい。

 逃れる方法は降参ギブアップか、腕が折れるかのふたつにひとつ。

 コズマがあっさりとキラーアルマジロンを解放したのは、早々に目的を達成したからにほかならない。

 着ぐるみを着込んでいるため外からは見えないが、朱木の右肘の関節は、外側へとに折り曲げられているのだった。


 朱木の背筋を冷たいものが駆け抜けていく。

 腕を折られた痛みもさることながら、それいじょうに気がかりなのは敵の正体だ。

 わずかな躊躇もなく、まるで木の枝でも折るみたいに人体を破壊する男……。

 奴は何者なのだ。

 スタントマンや殺陣師とはあきらかに動きがちがう。

 フリッカージャブを見切り、フェイントを見破ったことを考えれば、自分とおなじボクサー出身である可能性は捨てきれない。

 しかし、あれほどみごとな関節技サブミッションを習得しているボクサーなど――――


(まさか――叢雨むらさめ流!?)


 コズマの姿がキラーアルマジロンのまえから消えたのは次の瞬間だった。

 着ぐるみの視界は狭い。

 いったん死角に潜り込まれれば、もはや眼で追うことは不可能だ。

 

「ぬうっ!!」


 ままよと、キラーアルマジロンは身をかがめ、前方へ飛びだす。

 敵の姿がみえない以上、後手に回るのは危険だ。

 人体の構造上、後ずさる動作は隙がおおきく、関節技サブミッションの餌食になりかねない。

 ならばいっそ、こちらから突進してやろうという魂胆だった。

 

 刹那、がつん――と、重い衝撃が走った。

 コズマとキラーアルマジロンは、意図せず真正面から喧嘩四つに組み合う格好になった。

 どちらも着ぐるみで身体が膨らんでいることもあり、組み合うというよりは、ほとんど抱き合っているといったほうが正確だろう。

 ちょうどボクシングでいうクリンチの体勢だ。

 密着した互いのマスクごしに、コズマはキラーアルマジロンにささやく。


「折れた腕でなかなか頑張るじゃねえか」

「ほざきやがれ。てめえ相手にはちょうどいいハンデだ」

「上等――――」


 キラーアルマジロンの身体がぐっと沈んだ。

 折れた右腕をコズマの股間にくぐらせると、そのまま左足を取る。

 柔道技の朽木倒しだ。

 コズマとしても、まさか体重ウェイトで劣る相手がこんな技を繰り出すとは思いもしなかったのだろう。

 それも、健在な腕でコズマを抑え込み、折れたほうの腕で仕掛けてくるとは!

 もともとキラーアルマジロンの着ぐるみの可動範囲がせまく、折れた腕がギプスをはめたように固定されたことで可能となった技だが、気絶するほどの激痛を伴うことには変わりない。

 恐るべきは朱木の勝利へのあくなき執着であった。


 仰向けに倒れたコズマに、キラーアルマジロンはすかさずのしかかる。

 マウントポジションを取ったのと、すさまじい猛攻が始まったのは同時だった。


 殴る!

 殴る!

 殴る!


 折れた右腕は使いものにならない。

 肩の力で振り回し、着ぐるみの重さにまかせて叩きつけているのだ。

 雨あられと降る乱打をまともにあびて、コズマのマスクはみるみる変形していく。

 マスクの素材であるラテックスと繊維F強化RプラスチックP、そして内張りのウレタンがあるていどの衝撃は吸収してくれる。

 とはいえ、これだけ一方的に打ちのめされては、内部の風祭にも相当なダメージが及んでいるはずだ。


(このまま番組が終わるまで殴り続けてやる……)


 キラーアルマジロン――朱木はいっこうに攻撃を熄めようとはしない。

 あふれだした脳内麻薬によって異常な興奮状態に陥り、もはや折れた腕の痛みも気にならなくなっている。

 こうなってはもはや止める術はない。テレビ局のスタッフだろうと、おなじ叢雨流の人間だろうと、邪魔する者には容赦なく襲いかかるだろう。


 ふいにキラーアルマジロンの猛打が途切れた。

 自分の意志でそうしたのではない。

 コズマが下半身をスイングさせ、両足首でキラーアルマジロンの首を交差するように捉えたのだ。

 アンカーみたいにがっちりと絡み合った両足首は、どうあがいたところで小揺るぎもしない。

 そうするあいだに、キラーアルマジロン――朱木の頸動脈はぎりぎりと締め上げられていく。


 ひゅうひゅうと苦しげな呼吸のあいまに、キラーアルマジロンはコズマに問う。


「きさま、なぜまだ動ける!?」

「あんたのパンチがちっとも効いてなかったからさ」

「バカな――――」

「ボクサーのパンチはから強いんだ。座り込んだまま、肩の力だけで闇雲に繰り出すパンチは、せいぜい被り物を凹ませるのが関の山ってわけだ……」

 

 と、コズマの両足首がキラーアルマジロンの首から離れた。


 窒息の危機を脱したキラーアルマジロンは、よろよろと立ち上がる。

 なぜ技を解いたのかはわからない。

 とにかく、いまは間合いを取って、いったん仕切り直しを……。

 そう思いかけて、朱木はおもわず目を見開いていた。

 マスクの狭い視界を占めたのは、照明を背にして立つコズマの姿だった。


「ヒーロー番組の締めくくりは、やっぱり派手な技でなけりゃな」


 だん――と、烈しい音とともにセットが揺れた。

 コズマが跳躍したのだ。

 高い。

 すばらしい身体のバネであった。

 両足をぴんと伸ばし、足の裏をキラーアルマジロンにむけて、コズマは流星みたいに空を滑っていく。

 フライング・ドロップキック。


 よけなければ……。

 頭ではそう思っていても、朱木はどうしてもその場から動くことができなかった。

 照明の光を浴びてきらめくコズマに、その技の美しさに心を奪われたのだ。

 

 真っ向からドロップキックを浴びたキラーアルマジロンは、もんどりを打って倒れる。

 コズマは拳を高く突き上げ、みずからの勝利を宣言したのだった。


***


 正義は勝ち、悪は敗れる。

 テレビのまえの視聴者には、としか映らなかっただろう。予定調和、ご都合主義と言い換えてもいい。

 しかし、日本のながい放送史において、この十分というわずかな時間。

 勧善懲悪というゆるぎない虚構フィクションは、薄氷を踏むような危うさのうえに成り立っていたのである。


 伝説の特撮番組『宇宙拳人コズマ』。

 全七話にわたって繰り広げられたのは、現実リアル虚構フィクションの戦いにほかならなかった。


【第一話 終】

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