宇宙拳人コズマ 対 怪星人キラーアルマジロン-5
熱い光がセットに降り注いでいた。
低予算特撮の例に漏れず、『コズマ』で用いられている撮影機材は一六ミリフィルムカメラである。
完全屋内撮影ということもあり、七◯ミリや三五ミリにくらべて感度のひくい一六ミリフィルムを美しく発色させるためには、大量の照明が不可欠なのだ。
強力な光は、とうぜん熱をともなう。複数のライトに照らし出されたセット内は、肌着一枚でもじっとりと汗をかくほど高温になっている。
ヒーローと怪人を演じる人間にとっては、ただでさえ着ぐるみに体温がこもって蒸し暑いところに、さらに追い打ちをかけられているにひとしい。
そんな灼熱のリングで、十分間。
休むことも許されない
マスクにはいちおう覗き穴と空気穴がもうけられているが、デザインを損なわない程度のささやかなものだ。
狭隘な視界と、うっかりすれば酸欠に陥りかねない密閉感……。
並の体力の人間であれば、戦うどころか、動いているだけでへばってしまう。
しかし、歴史を紐解けば、人類はそういった環境での戦いを幾度も経験している。
洋の東西を問わず、戦士は重い甲冑を身につけ、視界がきかない兜をかぶって
じつに三百年あまりの歳月を経て、いま、鎧武者同士の戦いが再演されようとしている。
そうだ。『宇宙拳人コズマ』とは、ヒーロー番組の皮をかぶった鎧武者同士の一騎打ちにほかならないのである。
「撮影開始五分前でーす!」
メガホンを手にした助監督が叫ぶ。
ふたりの異形はゆっくりとセットの中央に進み出る。
宇宙拳人コズマ――――
怪星人キラーアルマジロン――――
本番前のひりつくような緊張感のなか、ふいにキラーアルマジロンの赤く裂けた口――奥には覗き穴がある――から低い声が流れた。
「しかし、あんたも災難だなァ」
キラーアルマジロンの口の奥に見え隠れする朱木の眼には、残酷な笑みが浮かんでいる。
「いちおう教えておいてやるが、これはお芝居じゃない。正真正銘の
わずかな沈黙のあと、くつくつと低い笑い声が起こった。
コズマの仮面の下――風祭がいかにもおもしろげに哄笑しているのだ。
「なにがおかしい!?」
「この期に及んで当たり前のことを言うからさ。
「その言葉、いまなら聞かなかったことにしてやるぜ」
「冗談じゃない。
それきり、ふたりの会話は途絶えた。
すさまじいまでの緊張感がスタジオじゅうに伝播していく。
コズマとキラーアルマジロンは、どちらも戦闘態勢に入ったのだ。
二体の異形がはなつ悽愴な鬼気に、周囲のスタッフは固唾をのんで見守ることしかできない。
軽快な音楽が流れはじめたのはそのときだった。
コマーシャルが明け、『こどもショウ』が後半に入った合図だ。
いまごろ放送では、新番組『宇宙拳人コズマ』の開始を告げる
ワンコーラスの主題歌と、毎話のあらすじを説明するみじかいナレーション。
それが終われば、いよいよゴングだった。
***
「コズマ、死ねッ!!」
先に仕掛けたのはキラーアルマジロンだった。
打ち合わせでは、まずコズマが名乗り口上とともにポーズを決めるはずだったが、そんなものが守られるなどとはコズマ=風祭も思っていない。
これは
むしろ、わざわざ「死ね」と声に出して仕掛けてきたぶん、まだしも芝居っ気を出してくれたと考えるべきだろう。
キラーアルマジロンは左右に軽快なステップを踏みつつ、コズマに肉薄する。
ボクサー特有の足運び。
脇をかたく締め、両肘を畳んだフォームも、やはりボクサーのそれだ。
左右の拳を顔のまえに掲げたピーカブースタイル。
着ぐるみの肥大化した拳は、ボクサーグローブの数倍はあろう。ほとんど盾となってキラーアルマジロンの顔面と喉を守っている。
跳ぶように接近するキラーアルマジロンにたいして、コズマは動かない。
両足をゆるく開き、重心を落として、相手の出方を伺っているのだ。
と、ふいにキラーアルマジロンの左拳がだらりと下がった。
肩から先の輪郭がぼやけ、一匹のしなやかな毒蛇へと
フリッカージャブ!
一流ボクサーの繰り出す左ジャブは、あらゆる技のなかで最速といわれる。
出されてから見切ることは、熟練の格闘家にも至難だ。
腕のしなりを利用したフリッカージャブは、その不規則な軌道とあいまって、通常のジャブにもまして回避が困難なのである。
コズマの
ノックアウトするつもりはない。
番組が終わるまでのあいだ、脳震盪で意識もうろうとなったコズマを、カメラのまえでじっくりといたぶり尽くしてやる。
それがキラーアルマジロン――朱木のもくろみだった。
「――――っ!!」
確実にコズマの
直撃の寸前、コズマはスウェー・バックで上体を弓なりに反らせた。
むろん、それだけで避けきれるものではない。
コズマはスウェー・バックから姿勢を回復させることなく、身体をひねりつつバク宙に移ったのだ。
敵のまえで身体の上下を入れ替えることでパンチの狙いを外す……。
おそるべき見切り。危険を顧みない胆力。そして、常人ばなれした瞬発力がなければ成り立たない芸当だった。
「いいジャブだ。当たれば持ってかれてたかもな」
コズマは姿勢を立て直すと、半身に構える。
剣術でいうところの右八相の構えだ。
前方投影面積を減らすことで、被弾率を減らすだけでなく、こちらの攻撃も見切られにくくなる。
「あいにくだが、タイムリミットがある。悠長に睨み合いをやってるわけにもいかないんでね」
言うが早いか、コズマがすばやく動いた。
「バカが。自分から死にに来たかよッ」
キラーアルマジロンの上体が傾いだ。
必殺の右ストレートを繰り出すかまえ。
それは、しかし、敵の目をあざむくためのフェイントである。
攻撃を確実に当てるためには、奴の曲芸を封じなければならない。命中率の高い左のボディブローで、確実に動きを止めようというのだ。
(――――来た!!)
キラーアルマジロンがフェイントを解いたのと、コズマが跳躍したのとほとんど同時だった。
まるで重力などなきがごとく、コズマは空中で身体を横転させる。
そして、ストレートのかまえを取っていたキラーアルマジロンの右手首を掴み取ると、肘のあたりを左右の太腿で挟み込む。
ちょうどキラーアルマジロンの伸ばした右腕にコズマがしがみついているような格好になった。
もともと体重差がある両者である。
右腕一本では、七◯キロを超えるコズマの体躯を支えきれるはずもない。
キラーアルマジロンの視界がマスクのなかでぐるりと回転した。
仰向けに倒されたと気づいたときには、コズマは完全にキラーアルマジロンの右腕を取っていた。
飛びつき腕ひしぎ十字固め!
「悪く思うなよ」
ごきり――と、キラーアルマジロンの右肘から耳を塞ぎたくなるような音が生じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます