宇宙拳人コズマ 対 怪星人キラーアルマジロン-2

「……これが番組の放送スケジュールだ。まあ、いちおう目を通しておいてくれ」


 言って、橘川きっかわはホチキス留めされた書類をテーブルに置いた。


 日陽テレビ本社からすこし離れた路地にひっそりと佇む喫茶店である。

 麹町駅で風祭と待ち合わせた橘川は、彼を連れてこの店に入ったのだった。

 橘川はいかにも会社員といった風情の背広姿、風祭はセーターにジーンズというラフな格好である。


 橘川があえて人気ひとけのない店を選んだのには理由がある。

 叢雨むらさめ流との一件は局内でも極秘事項として扱われている。

 もし放送前に情報が洩れでもすれば、日陽テレビを揺るがすスキャンダルになりかねないのだ。

 なにしろ、手加減いっさいなしの真剣勝負ガチンコを公共の電波――それも、子供向け特撮という体裁で放送しようというのである。

 きわめつけとばかりに、ヒーローの中に入るのは、ヤクザまがいの用心棒で身を立てている前科者ときている。

 放送倫理や児童教育の観点からはありうべからざる暴挙と言わざるをえない。


 しかし、に発覚するよりは、問題になったほうがまだ言い訳もきく。

 無許可の路上ゲリラ撮影などが好例だが、いちど撮ってしまえば、たとえ監督やプロデューサーが逮捕されても映像そのものは残るのである。

 橘川のテレビマンとしての人生は終わるかもしれない。すくなくとも、その覚悟はしておくべきだろう。

 それでも、特撮を潰すためにむちゃくちゃな要求を突きつけてきた叢雨流と叢雨覚龍斎かくりゅうさいに一矢報いることができるなら、自分の首ひとつくらいがなんだという思いもある。


(戦うと決めたからには徹底的にやってやる……)


 もし自分があと五歳若ければ、コズマの着ぐるみに入って叢雨流と戦うこともできただろうに――――。


「なあ、橘川先輩よう」


 風祭に呼びかけられて、橘川ははたと我に返った。

 ごほん――とわざとらしく咳払いをした橘川は、努めて冷静を装おうとする。


「なにか気になることでもあったか? 風祭」

「単独の番組じゃなくて番組の一コーナーというのはわかる。しかし、それにしても全七回というのは、ちょっと中途半端すぎるんじゃないか」

「ああ、そのことだが……」


 橘川はぬるくなったコーヒーを啜りつつ、ぽつりと呟く。


「じつは『こどもショウ』は七月で打ち切られることになってるんだ。もともと視聴率があまりよくないところに、メインスポンサーが降板したいと言いだしてな。局内ではもう後番組も決まってる」

「つまり、『宇宙拳人コズマ』は打ち切りまでの埋め草ってわけか?」

「そうとも言えるな」


 風祭の遠慮のない物言いに、橘川はおもわず苦笑する。


「だがな風祭、打ち切り寸前の低視聴率番組でなければ、こんな無茶はやれないんだ」

「そんなものですかね」

「いずれにせよ、おまえにやってもらうことに変わりはない。全七回、一話あたり十分。毎週がノーカット生放送だから、局側としてはなにが起こってもおまえを守ってはやれない」

「死ぬほどキツいのは覚悟の上ですよ、橘川先輩。本当に死んだら、骨くらいは拾ってもらいたいもんですがね」


 おどけたふうに言った風祭だが、橘川にはそれが冗談でないことがわかる。

 この数週間で、風祭の肉体は服の上からでもはっきり分かるほど変化している。

 余分な脂肪が削ぎ落とされ、身体全体がするどさを増したようにみえる。

 それでいてやせ衰えた印象がないのは、筋肉量を増やすためのトレーニングを並行しておこなっていたためだろう。

 橘川も学生時代は空手に打ち込んできた。贅肉を落としながら筋肉を増やすことのむずかしさと過酷さは、よくよく知悉しているつもりだった。


「ところで、橘川先輩。話というのはそれだけですか?」

「いや、じつはな……」


 言いかけて、橘川はふっと相好を崩す。


「一昨日コズマの着ぐるみが完成した。おまえには、これから衣装合わせをやってもらう」


***


 喫茶店をあとにした二人は、新宿通りでタクシーを拾った。

 向かうさきは日陽テレビ代官山スタジオである。

 『こどもショウ』の収録は、もっぱらこの代官山スタジオでおこなわれている。

 まだ放送が始まっていない『宇宙拳人コズマ』も、このスタジオから生放送されるのだ。


 ずんずんと先を行く橘川を、風祭はひたすら追いかける。

 スタジオに入ってしばらく歩いたところで、ふいに橘川は足を止めた。

 正面のドアの金属プレートには「第十三スタジオ」とある。

 

「ここが『コズマ』の収録現場だ。まだセットは未完成だが、衣装合わせのついでに間取りを見ておくといい」


 橘川に勧められるまま、風祭はスタジオ内に足を踏み入れる。

 広い部屋だった。

 一辺あたり三十メートルはくだらないだろう。

 そのすべてをアクションのために使えるわけではないといっても、面積としてはちょっとした体育館にも匹敵する。

 高い天井には、照明器具やカメラを移動させるためのレールが張り巡らされている。

 なんとなくプロレスのリングのようなものを想像していた風祭は、いい意味で期待を裏切られた思いがした。

 なるほど、ここなら、セットが完成すれば野外ロケに劣らぬ迫力が出せるかもしれない。

 

「もともと芸能人の運動会みたいな番組で使っていた部屋でな。運良く押さえられたというわけさ」


 風祭は感慨深げに室内を見渡すと、


「着ぐるみはむこうに用意してある。だいじょうぶだ、着付けは俺が手伝ってやる」


 風祭にむかって、どこか子供っぽい表情で言ったのだった。


***


 宇宙拳人コズマ。

 それは宇宙征服を企む悪の帝王サタンゴルデス率いる怪星人軍団に、たったひとりで敢然と立ち向かう正義の戦士。

 どこで生まれたのか。なぜ戦うのか。すべては謎に包まれている。

 武器も光線技ももたない彼は、自慢の宇宙拳法を駆使して怪星人とわたりあう。

 サタンゴルデスを倒し、銀河に平和を取り戻すその日まで、コズマは若い命を燃やすのだ――――。


 橘川は、おもわずナレーションの文言を口ずさんでいた。

 それも無理からぬことだ。

 いま、彼の目の前に屹立するのは、まぎれもない宇宙拳人コズマなのだから。


 スーツのメインカラーはわずかに青みがかったグレイ。

 胸から腹、そして四肢に走る赤と黒のラインは、ヒーローの力強さを表現したものだ。

 肩当てと膝当ては硬質レザーだが、演者の動きやすさを考慮して、スーツにはジャージ生地を採用している。

 ヒーローの生命であるマスクは、繊維F強化RプラスチックPによって可能なかぎり頑丈かつ軽量に仕上げられている。薬師如来をおもわせる気高い顔立ちは、一見すると戦士らしくないが、それゆえに悪との戦いにむかう決意の固さと、悲壮なまでの覚悟を表しているようであった。

 額に輝くのはコズマの頭文字であるCマークを象った金属プレートである。

 このうえに黒い革手袋と革ブーツを着込むことで、風祭かざまつり豪史たけしは、宇宙拳人コズマへと変貌を遂げるのだ。


「どうだ、風祭? はじめて変身してみた気分は?」

「いや、橘川先輩、これ……」

「どうかしたのか?」


 とっさに駆け寄った橘川を、風祭は片手で制止する。


「マスクかぶると前がぜんぜん見えねえんですよ。マスクにはでかい目がついてるのに」


 その言葉を聞くや、橘川は堰を切ったみたいに笑い出した。


「はじめて着ぐるみを着た人間はみんなそういうんだ。鼻のあたりに覗き穴があるだろう? そこからの視界に慣れるしかない」

「こんなんでほんとうに叢雨流とれるんですかね」

「心配するな。視界については相手も条件はおなじだ」


 釈然としない様子の風祭に、橘川はなおも告げる。


「本番まであと三週間、本物のコズマになることだけを考えるんだ。……心配ない、おまえならやれる」

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