第2話 一緒にカフェへ行く

「おはよう」


 教室に入って来た月岡くんと目が合って、向こうから挨拶された。

 メイクはしていなくて、ふわふわした髪の毛。クラスで毎日見かける、爽やかな月岡くんだ。


「月岡くん、おはよう」


 嬉しいような、恥ずかしいような。挨拶を返すだけなのに、ドキドキする。


 どうしたの? と月岡くんに視線を送られて、反応に困った。

 昨日のメイク姿も、学校の姿も、どちらもカッコいい。まじまじと見つめてしまった。

 月岡くんは私の席まで近づいてきて、小声で耳打ちしてきた。


「来週、ミラゴーのカフェへ一緒に行かない? どうかな。男一人では入りづらくて」


 急にデートのお誘い!? と一瞬驚いたけど、納得。なんだ、一人で入りづらいってことね……。私で話し相手になれるかな?

 協力してあげてもいいよって言ったら、上から目線だよね。


「いいよ」

「よっしゃ」


 小さくガッツポーズしてる月岡くんが可愛い。

 クラスで遠巻きに見ていた女子から「え? 月岡くんが笑ってる!」と驚きの声が聞こえた。そして今になって、イケメンと一緒にカフェとは、ハードルが高かったことに気づいた。いつも、気づくの遅くないか、私。


「月岡くんと親しげだね。クラスイチのモテ男の」

「若葉!」


 親友の若葉から声がかかった。

 この前のイベントでの出来事を説明できていなかった。でも、月岡くんはオタバレしたくないようだし、その辺はぼかして伝えないとな……。


「歌手のイベントで会って、ファン仲間だったことがわかってね……」


 嘘は言っていない。突っ込まれたら、色々と説明が難しいけど。


「歌手って?」 

「男性の歌手グループだよ」


 これも、嘘は言っていない。若葉はテレビを見ない人だから、これだけ言えばそれ以上は聞かれないだろう。


「そんな接点があったとはね〜。びっくりだわ」


 納得してくれてホッとした。



 そして、翌週のカフェの約束日。

 休日の月岡くんはヴィジュアル系モードで来るのかと思いきや、駅の改札前の待ち合わせに現れたの爽やか系な私服姿だった。白シャツに黒スキニーパンツ。シンプルな服装なのに、いや、シンプルだからこそ、月岡くんのイケメンが際立っている。


 道を歩く女性たちからの視線が痛い。「カッコいい子いるね」と「隣になぜあんな女の子が」が入り混じった好奇な視線。

 これはカフェに入るお手伝いで、デートじゃないんだから、と周囲からの視線を跳ね返すように自分に言い聞かせた。


 目当てのカフェに着くと、月岡くんの目の色が嬉々として変わった。ミラゴーの等身大パネルに出迎えられた。写真映えするだろう。


「俺の携帯で写真撮ってくれる?」

「いいよ」


 写真に収まった月岡くんは涼しげな笑顔だ。

 パネルの間に月岡くんが入ると、メンバーの一人かと勘違いする人が出てきてもおかしくない。


「新発田さんは撮らなくて大丈夫?」

「私は大丈夫だよ」


 自分は入らずに、メンバーのパネルだけ携帯で撮った。従姉妹の話のネタにちょうどいい。誰と行ったのと話を掘り起こされそうだけど。

 やがて、店員から席を案内されると、月岡くんはさりげなくソファ側の席を私に勧めてくれた。



 月岡くんの注文したカプチーノが来た。私の頼んだパフェは、まだ時間がかかるみたい。

 早速、携帯で写真を撮る月岡くんに声をかける。


「ラテアートになってるんだね! 可愛い。あ、私のは気にしないで、先に飲んでください」

「ありがとう。でも、これ……飲んじゃうのもったいないな」


 帽子を被ったピエロが描かれていた。メンバーのネイオンのモチーフとなっている柄だ。

 初期の代表曲『トランプ協奏曲』が発売されてから、トランプの模様がメンバーの代名詞となっている。ハート、ダイヤ、スペード、クローバー、そしてジョーカー。ライブでは団扇にトランプの柄を貼り付けているファンがいたり、ネットの掲示板では絵文字一つ打てば、メンバーがわかるという。ジョーカーは「J」だけど。


 パフェもその後に来て、豪華な見た目を裏切らない味に満足した。


 食べ終わると、パフェの下に置いていた、カフェ限定のコースターを月岡くんに渡した。ネイオンの漫画風のちびキャラが描かれている。月岡くんのカプチーノのコースターは、残念ながら彼の推しメンが当たらなかった。


「これあげる。ネイオンが好きなんでしょう」

「くれるの?」

「いいの。グッツを集めているわけじゃないし」

「ありがとう。サンキュ」


 こんなもので喜んでくれるなら安いもんです。一喜一憂してくれるから、もっと喜んでほしいと思ってしまう。


 楽しんでいる人の隣にいると、「楽しい」が伝染してくる。月岡くんが心から楽しんでいるからだろうか。にわかのファンでも十分に楽しめた。


 月岡くんがバッグから取り出したものを見て、私は思わず声を上げた。


「用意がいいんだね」

「大事なものはしっかり保管しておきたいんだ」


 ニ枚のコースターはチャック付きポリ袋の中へ大事に収まった。

 


 そして、一通りカフェ堪能すると、店の外へ出た。


「なんだか、付き合わせて悪かったな」

「そんなことないよ。パフェもおいしかったし。それに……夢中になってる月岡くんを見てると楽しかった」

「…………へ?」


 月岡くんの顔が赤くなる。知らなかったけれど、感情豊かな人なんだな。


「夢中になってるって、俺、恥ずかし……」

「ごめんごめん。初対面なのに、こんなこと言って。月岡くんって、話しやすい人だと思わなかった」

「学校ではキャラを作ってるからなー。オタバレしないように」

「そうなの? 隠れオタクって大変なんだね。まぁ、私も似たようなもんだよ。皆に合わせるように必死」

「新発田さんは、まだミラゴー沼にハマっていない気がする」

「え、そうかな?」


 とぼけてみるものの、月岡くんには見破られているような気がする。にわかのファンだということを。


「なんかこう、情熱にブレーキかけてる感じ? だから、こっち側に引きずり込むのが目標」


 月岡くんはフッと悪い笑みを浮かべた。当たっている。片足突っ込んじゃったし、沼にハマってみてもいいかも。そうしたら、月岡くんは喜んでくれるだろうか。


「情熱にブレーキかぁ。言われてみるとそうかも」

「楽しんだもの勝ちだな。ミラゴーも人生も」

「人生って、ずいぶん大きく言ったね」


 私がおどけて、くすくす笑うと、月岡くんも笑った。


 この二人でいる状況を、クラスメイトの一人に見られているとは知らなかった。

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