クラスの爽やかイケメンの秘密を知ったら、溺愛が始まりました!

八木愛里

第1話 クラスのイケメンの秘密を知る

 特別にハマるとか、好きなものがあるわけではない。

 「好きなアイドルは?」と聞かれても、特に思い浮かばない。アイドル自体に興味がないのかな。歌手のアイドルだった場合は、落ち着いて良い曲だな、カラオケで歌いやすそうだな、とか自分と曲の相性はわかるけれど。


 熱狂的にアイドルにのめり込む姿――身近な例では、従姉妹を見ていると、羨ましく感じてしまう。


 ミラクルゴー、略してミラゴー。

 従姉妹が大ハマりしているビジュアル系男性アイドルユニットだ。


 イベントのチケットがニ枚当たったとかで、ミラゴーに初めて会う。従姉妹に話を聞くだけだったのに、初めて参加するイベントが握手会とは、ハードルが高すぎ……だと思う。


 案の定、イベント会場の最寄り駅を降りたところで、もう帰りたくなった。場違い感があるのだ。

 ゴスロリの衣装を着た人、髪の毛にピンクや黄色の鮮やかなメッシュが入った人、ネックレスなどの装飾品をジャラジャラ付けた人……個性が弾けている。圧倒された。


 従姉妹もストレートの黒髪を背中に流して、白い詰襟シャツに黒のエプロンワンピースの服装だ。彼女の私服はいつもこんな感じ。


 私も黒い暗い色の洋服を指定されて、手持ちの服で合わせたけれど、なんだか恥ずかしくなってきた。ミラゴーのファンになりきれていないからだろうか。

 従姉妹の頼みで来ているから、我慢する。我慢するけれど……。


 駅から降りた人の目的地は一緒。引き返したい気持ちはあっても、前の人に続いて歩いていく。

 

「私って浮いてないかな?」

「気にしすぎ! 鈴もちゃんと溶け込んでるよ! 男の子のファンもいるんだから! ほら、あそこにも……」


 従姉妹が視線を送った先に、背の高い男の子がいた。メイクして、美形が際立っている。

 でも……どこかで見たことがあるような。

 ピンと伸びた背筋を見て、同じクラスの月岡くんだとわかった。中ニの新学期早々、何人かの女の子から告白されるくらいのイケメン。どの告白も丁重に断っているとかで、女子からの好感度は上がっているらしい。


 私は彼を見て、違和感を覚えた。

 あれ? 月岡くんって学校では爽やか系のイケメンじゃなかったっけ?

 メイクして、ワックスで髪を整えて、黒系の細身の服を着ているのも似合ってはいるけれど、イメージのギャップがある。

 目が合った。

 月岡くんはギョッとした顔でこちらを見た。彼が頭を抱えて「終わった……」と呟いたのが、口の動きでわかった。


 いや、私もどちらかというと、月岡くんと同じ気持ちだからね? 普段は選ばないモノトーンな服を着て、アイドルの握手会のイベントでクラスメイトに会っちゃうのは恥ずかしすぎる! 穴があったら埋まりたい。


 最近、月岡くんが炭酸飲料を飲んでいたのは、応募者全員サービスのシールを集めていたからなんだね。私もいとこに「協力お願い!」と頼み込まれて、何本も飲んでたな。しみじみと思い出した。そう、彼は苦行を共に戦った同志に違いない。

 ポシェットの中から携帯のバイブ音が振動した。


『ちょっときて』


 携帯を取り出すと、新規のアカウントの月岡千明――月岡くんからのシンプルなメッセージだ。


 クラスのグループSNSから私のアカウントを探してきてくれたらしい。新しいクラスで作成したばかりのグループSNSで、月岡くんとは個人的なメッセージを送り合ったことはもちろんない。


「知り合いを見つけたから、ちょっと行ってきていいかな?」

「いってらっしゃい。私、物販の方にいるよ」


 断りを入れると、従姉妹は、私とイケメンの男の子の間に何やら感じ取ってくれたらしい。イベント開始まで、別行動することになった。

 私が月岡くんに近づくと、彼は携帯から顔を上げた。


「メッセージくれたよね?」

「同じクラスの新発田さん……だね」

「はい。そちらは月岡くん、だよね?」


 わかりきったことなのに、疑問系で聞いてしまう。いまだに信じられない自分がいる。

 月岡くんは困ったような顔をしながら、私を見て口を開く。


「ここで俺に会ったことは、クラスでは秘密にしてほしい」

「大丈夫だよ。口は硬い方だから。秘密は守るよ」


 コスプレのようなものだと思う。普段と違う姿を楽しむような。そんな一面があったんだと驚くけど、全然嫌ではない。むしろ……。

 月岡くんは照れたようにはにかむ。


「ありがとう。秘密というのは、クラスのみんなに知られると恥ずかしいというか、女性ファンの方が多いから、肩身が狭いというか……。オタクな男って嫌じゃないかな?」

「そうかな? 好きなことがあるのって素敵だと思う! 全然嫌じゃないよ!」


 イケメンがメイクすると美形度が増す。月岡くんにはすごく似合っていた。

 従姉妹の言葉を借りれば、尊い!


「素敵……」


 月岡くんは呆気に取られたように、目を丸くしていた。


「ミラゴーが好きなのわかるよ。月岡くんには好きなものに突き進んでほしい」


 従姉妹がハマるぐらいだから魅力的なグループなのだろう。と、想像して話していた。


「わかってくれる人がいるのは嬉しいな。よろしく、新発田さん」


 月岡くんが微笑した。少し笑っただけなのに、イケメンの笑顔が眩しい。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 じゃあねと手を振って、月岡くんと別れた。

 緊張した。クラスイチのイケメンと話をするのは、心臓に悪い。

 私、変なことは言っていなかったかな。

 思い返して、重大なことに気づいた。


 あ……従姉妹に連れられてきただけの、にわかのファンだとは言い忘れてた!

 変なこと言ってなかったかな、じゃなくて、言うべきことを言っていなかった!



 従姉妹と合流すると、「どうだった?」と食い気味に聞いて来た。


「クラスの、普段は爽やかイケメン枠の男の子だった……」

「まじ? ギャップ萌えじゃないー!」


 私の話を聞くなり、従姉妹のテンションは上がった。ちなみに、一つ年上の従姉妹は、同じ年の彼氏がいる。安全圏から他人の恋愛模様を覗き見るような、テンションの上がり方だった。


「あのイケメン。鈴の同じクラスの男の子で、ミラゴーのファンだったんだね!」

「どうしよう! ただの連れだと言い忘れてたよ」

「大丈夫。握手会で魅力を十分に堪能してもらえれば」


 ファンになっちゃえ、と軽い調子で言われる。

 そんな簡単にファンになれたら、困りはしないって。

 


 握手会では、緊張している私に気さくに話しかけてくれた。「初めて来てくれたの? 嬉しい!」と優しい笑顔を見せてくれた。


「ヴィジュアル系って、ドライな人間関係だと思ってた」


 私の率直な感想に、従姉妹は「ファンになった?」とニヤッと笑った。


「どうかな……。一つわかるのは、メンバーが魅力的なんだと思う」


 まだ、ファンの境地まで行っていない。ファンというよりは、そこそこ気になるグループぐらいで。


「ミラゴーって、グループの仲がいいんだよ! そこが良い! 曲でも横に並んで同じ振りを踊るところが魅力的で……」

「もっと教えてほしいな」

「おっ?」


 ミラゴーに意欲的になった私に、従姉妹は俄然やる気を見せた。


「よし、お姉さんにお任せくださいな! 推し動画と一緒に解説するから!」


 その後は従姉妹の家に移動して、月岡くんとミラゴー談義ができるくらい、グループの魅力を頭に叩き込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る