第47話「あるいは二人が前を向けるまでの物語」



『結局カップルチャンネルにしたんだねー』


 携帯端末から聞こえてくるミーシャの声に、ゆうは一瞬言葉を詰まらせた。


「……ああ、その、一応違うぞ。一応」

『なにそれ?』

「いや、別にカップルチャンネルみたいにイチャイチャしているところを動画に撮るわけじゃないから……」

『カップルチャンネルって、恋人同士とか夫婦とかがやるってだけでもそういう分類になると思うけど』


 その仕分け方なら確かに当てはまってしまう。心情的にはちょっと拒否したいのだが。


 とはいえなつは完全に恋人同士のつもりっぽいし、無理に訂正するのは彼女のやる気に多大な悪影響を及ぼすのでできない。大人しくミーシャのげんを受け入れることにする。


『その辺りの軸はきちんとしておいた方がやりやすいと思うけどね。やるからには中途半端はいけない、配信者は尖ってこそよ』

「そうだな……」

『あ、そうだ。今回の動画の感想ね。かなり良くなってると思うよ。キミたち二人の掛け合いは面白いし、惚気だしたときのテロップの突っ込みも鋭いし。これなら一ヶ月以内に収益化条件の達成も夢じゃないかも』

「そ、そうか? ありがとう」


 ――あの告白合戦(?)から二週間、『あまみゃんチャンネル』は悠斗ヤト千夏あまみゃんが二人(+一匹シャル)で映る動画を何本か投稿した。


 最初の一本はかなり低評価も付いたが、それは既存ファンのうち千夏あまみゃんだけでやってほしかった人たちが付けたものだ。彼らのコメントはかなり攻撃的なものだったが、こればかりは仕方がない。この路線に舵を切ってしまった以上、適度に受け止めつつ、彼らに認めさせるか去るのを待つかしかない。


 しかし、意外だったのだが、わりと受け入れる視聴者もいたということだ。


【あまみゃん、相方と一緒の時の方が楽しそう】

【リアクションが自然になってて良い】

【恋する乙女は可愛いってはっきりわかんだね】

【美少女がデレデレしているカップルチャンネルはここですか?】


 などなど、二人でやることに好意的な視聴者もそれなりにいた。


 ……いや、そういう流れを作りやすいように、悠斗たちが別のアカウントで擁護コメントを書き込み、好意的なコメントにグッドを付けて押し上げた(コメント欄で評価順にしたときに上に来るようにした)のだが。これには炎上していることを新規視聴者に意識させない狙いもある。登録者が数万を超えるような配信者であれば業者を疑われるだろうが、『あまみゃんチャンネル』はギリギリ二桁台に乗る程度の弱小チャンネルだ。そういう指摘は見られなかった。


 チャンネルと紐付けたSNSで悠斗と千夏(たまにシャルとおり)がわちゃわちゃしている様子を撮って写真やショート動画として投稿し始めたのも良かったのだろう。SNSを見てチャンネルに飛んでくれた新規もそれなりにいた。


 そして、誰かが(掲示板かSNSかで)宣伝してくれた(後で言われたことだが、実はミーシャも多少細工をしていたらしい)ようで、新規視聴者がそこそこ多く来てくれたタイミングがあった。


 そこで生配信に再挑戦してみたら、思ったよりも好評であり――。


『とりま、登録者百人突破おめでとう』


 そう、ついに登録者が三桁になったのである。


 ……『条件』達成にはまだまだ遠いが、それでもあの日から二週間で十倍にしたのだ。なかなか凄いことだと思う。


「ありがとう。ミーシャのおかげだ」

『いやあ、私はほんのちょっとアドバイスしただけだよ。キミたちの力がほとんどさ』

「いや、本当に助かった。色々裏でもやってくれたみたいだし」

『ま、多少はね。お礼ですから』


 だとしても、ここまで色々と協力してくれるのはミーシャの人がいからだろう。自分も忙しいのにこうしてアドバイスのために電話をする時間も取ってくれるのだから。


『……いやまあ、こっちもこっちで色々と思惑があるんですケド』

「?」

『あはは、なんでもないよー』


 携帯端末の向こうで笑うミーシャ。


 ちなみにだが、今ミーシャと通話をしているこの端末は、悠斗個人のものである。生配信に初挑戦したときに購入した、「別アカウントでコメントをするため」のものだ。安い機種だが通話くらいは問題なくできる。最初に教えた番号は千夏が専有している端末のものなので、悠斗が気軽に連絡を取られるようにこの端末の番号もミーシャに教えたのだ(実際はミーシャから悠斗個人と連絡が取りやすい番号を要求された)。


 と。


「悠斗、誰と話してるの?」


 声と共に、背中に体重がかけられる。伝わってくる人の体温と、柔らかい感触。さらりと視界の端を流れる金の髪――千夏だ。


 悠斗の恋人(だと向こうは認識している)の少女は悠斗の背中に抱きつくと、右肩に顎を乗せた。そして悠斗の顔と自分の耳の間で端末を挟むようにする。


『っち、奴が来たか……』

「ミーシャちゃん? 悠斗との通話は五分までって言ったわよね?」

『五分で悠斗くんが満足できるとは思えないけどなー。束縛キツいと嫌われるよ?』

「うるさいわね。このくらいは恋人として当然でしょ」


『あはは。キミも配信者で「あまみゃんチャンネル」のメンバーなんだから、アドバイザー様との取引をもっと有効に使うべきだと思うんだけど? キミは忘れているかもしれないけど、私はこれでも登録者百七十万人越えの大物なんだぜ?』

「……あんた、割り切ったんじゃないの?」

『ちょっとでもチャンスがあるなら狙い続けるのが女ってものでしょ?』

「チャンスなんて欠片もないわよ。悠斗の一番はわたしだけなんだから」

『この余裕が……強い……ッ!』


 なにやら戦いが勃発していた。ミーシャはノリで付き合っているだけな気もするが。


 ともあれ、だ。


「……ミーシャ、今日もアドバイスありがとう。ちょっとこの後用事があるから、切らせてもらうな」

『あ、もしかして撮影日? りょーかい。私はそろそろ寝ようかな……』


 現在時刻は午前九時なので完全に昼夜逆転している発言だが、配信者には良くあることである。……いや体が資本な探索者的には珍しいことなのだが。


 通話を終了し、端末を耳から離す。

 と、千夏のほっぺたが悠斗の右頬とくっついた。


「んふふ」


 ご機嫌に笑みを零す千夏。

 顔に伝わってくる千夏の体温に、段々と顔に熱が上るのを自覚する。


「悠斗、ノルマ」

「……この体勢で?」

「良いでしょ? ほら、はやく」


 恋人に(千夏の中では)なってから、スキンシップをしながらノルマを求めてくることが増えた。ちなみに美織はこれを目撃する度に顔をしわくちゃにする。ちょっと面白い。


「可愛い」

「もっと心を込めて」

「……可愛いぞ」

「名前もセットで」

「可愛いぞ、千夏」

「んっ――ふぁ……」


 ぶるりと体を震わせて、艶っぽい吐息を零す千夏。わりと毎度のことだが、悠斗としては反応に困る。ちなみに美織はこれを目撃する度に血反吐でもこらえるように手で口を押さえる。さすがに可哀想。


「……………………お二人さん、そろそろ出発しようぜ」


 噂をすれば影、ではないが、美織が死にそうなくらいかっすかすな声をかけてきた。


「んぅ……ちょっと待って美織、まだ腰が抜けてる」

「やめろマジでそういうこと言うの。覚悟しててもあたし的にダメージがでかい」

「なんか勘違いしてるかもしれないがそういうことはしてないからな!?」


 早口で訂正する悠斗に、美織は何とも言えない目を向けてきた。


   ◆ ◆ ◆


 今日の撮影場所は初級ダンジョン『輝く紅葉の丘』。


 生配信をした『小さな黒の森』と同じ初級だが、それよりほんの少し難易度の高いダンジョンだ。……中級ダンジョンにもソロで潜れる悠斗的には誤差だが。


「うわぁ――すっごい綺麗ね」


 感嘆の声を上げる千夏に、悠斗は頷いて同意する。


 このダンジョンは、一年中尽きることのない紅葉が景観を彩っている。実は探索者の中でデートスポットとして密かに人気の場所なのだ。カップルのダンジョン配信者(悠斗たち以外にもそこそこいる)が一度は撮影する定番ロケ地でもある。


「……ぶっちゃけ目新しさとかなくない?」

「定番、王道はとりあえずやっとけ。ある程度数字は付いてくるから」


 カメラを構える美織は気楽にそう言った。


 ともあれ、悠斗たちはいつも通りに――いや場所が場所なのでイチャイチャ成分増し増しで撮影を行った。



 悠斗の神経と理性、美織の精神をゴリゴリ削る探索&撮影が、四時間ほど経った頃。


「――、ぁ」


 か細い声を零して、千夏がふらりと倒れた。


「千夏っ!?」


 悠斗が慌てて体を受け止める。


 千夏の全身からは完全に力が抜けており、全体重を悠斗が支えることとなる。


 千夏は意識を失っていた。――いや、呼吸の感じからして、眠っている……?


 と、ドサリという音。


 振り返れば、美織も気を失い、その場に倒れていた。


「にゃ(この魔力は……)」


 シャルが悠斗の足下で警戒するように喉を鳴らした。


 黒猫と悠斗が眠らなかった理由は何だ? いやそもそもなぜ千夏と美織は突然眠ったのか……?


 不可解な現象に困惑しつつ、神経を尖らせて周囲を警戒する悠斗。


 その警戒は無意味だった。


 そいつは、いつの間にか悠斗の前に立っていた。



「――ひさしぶり、



 白い少女だった。


 白銀の長髪を優雅に流す、処女雪のような肌を持った少女。白いドレス、白い手袋、白いティアラ。瞳の色だけが黄金で、妙な存在感を放っている。


 見たことのない人物。


 だが――


 その名前で悠斗を呼び、あまつさえ知己のように振る舞う存在など、彼女しかいない。



「……ユイメリア」



「うん、そう。よくわかったわね、全然見た目違うのに」

「いや、わりと見覚えあるぞ。画面の中で」


 ユイメリア――悠斗のネット上の親友は、ゲームではこのような真っ白のアバターを好んで使っていた。「色塗り苦手なタイプか?」などとからかったら、ぶち切れてはくはつ美少女の素晴らしさについて数時間ぶっ続けで語られた覚えがある。


 変わらない趣味に懐かしさを感じつつ、悠斗は口を開く。


「お前も、転生していたんだな」

「うん。……もっと驚いてくれると思ってたんだけど、反応うっすいわね」

「多少は予想していたからな」


 シャルからその名を聞いたとき、悠斗はその可能性を考えていた。


 とはいえ、実際に目の前に現れ、しかも全く違う姿になっていたことには驚いたが。


「……なんでそんな趣味全開の姿になってんだよ?」

「転生特典……的な? 新作ゲームのお試しキャラメイクで作ったら、その姿で異世界に来てたのよね」

「ああ、そういうタイプ……」


 どこかのラノベかWeb小説かで見た覚えがある。転生の方法は悠斗たちのような神様と会うパターンだけではないらしい。


「いやあ、しっかし――」


 と、ユイメリアは悠斗――ではなく悠斗が抱える千夏に視線を落として、


「千夏ちゃんも大きくなったなぁ」

「……、」


 ユイメリアの本名は、あめみやふゆ

 千夏の姉だ。


 妹を見つめる彼女の目は、慈愛に満ちていた。

 だからこそ――わからない。


「なんで眠らせたんだ?」


 悠斗は率直に問いかける。

 ユイメリアは一瞬だけ驚いた顔になって、しかしすぐににやりと笑った。


「バレてたか、私が眠らせたって」

「そりゃあな。状況的にお前以外の誰がするんだよ」

「それもそう」


 苦笑を零して、ユイメリアは続けた。


「あんたと二人きりで話したかったから」

「……、」

「って、言ったらどうする?」


 からかうようににやりと笑うユイメリア。

 悠斗は半眼を作って、


「冗談はそのドブ川みたいな内面だけにしとけ」

「あら酷い。半分くらいはこれが理由なのに」


 彼女の態度からは全く本気さが伝わらないが。


「……で、残り半分は?」

「合わせる顔がないから」


 ユイメリアは、簡潔に述べた。


「あ、顔が違うからってわけじゃないわよ? いやまあ千夏ちゃんにこの顔で雨宮冬姫だって認識してもらうのは難しいかもしれないけど」


 やべ、本名バラしちった、などと言って舌を出すユイメリア。

 悠斗はこみ上げてきた言葉を一度飲み込んでから、平静を保って問いかける。


「お前、千夏とどういう関係だったんだよ?」

「姉妹」

「それはわかってる。……そうじゃなくて、なぜか千夏はお前と比較させたがっているみたいだったから」



『わたし、お姉ちゃんよりも、可愛い?』



 脳裏に蘇る千夏の問い。

 ユイメリアは淡く笑って言った。


「……それは、あんたが千夏ちゃんに聞くべきことでしょ。私からは何とも」

「そう……かもな」

「一応、私視点で言うなら……『逃げた姉と、残った妹』ってところね」

「……、」


 噛みしめるように、悔やむように。


 問い質したいが――答えてはくれないだろう。コイツはそういうやつだと、悠斗ヤトは知っている。


「っと、そうだ」


 暗くなった空気を払拭するように、ユイメリアは手を叩いた。

 彼女の視線が悠斗の足下の黒猫に移る。


「まずは猫ちゃん、ありがとね。私の願いを聞いてくれて」

「にゃん(……貴様は、我の最初の対等な契約者だからな)」

「良い子良い子、猫缶あげちゃう!」

「にゃあ(いらん、血を寄越せ)」

「あ、それは無理。だってこれ実体じゃないし」


 さらりと言ってのけるユイメリア。


 

 例えるなら、映像が乱れたときのような感じ。


 目を見開く悠斗に、シャルが補足してくれる。


「にゃん(影を飛ばしているのだ。というか、ダンジョンコアの機能だな)」

「コア……って、ユイメリアはダンジョンマスターなのか!?」


 驚愕のままに問いかけると、しかしユイメリアは首を横に振った。


「そこに倒れている茶髪の美少女と同じ存在を思い浮かべているなら、ちょっと違うわね」


 美織がダンジョンマスターだと把握されていることに突っ込めば良いのか、その違いとやらを問い質せば良いのか。


 質問の順番を悩む悠斗に、ユイメリアは待たずに言葉を投げる。


「全ての神造ダンジョンを管理するシステムの一部。それが私――ユイメリア・ヴィンクスよ」


 ダンジョンを管理する――その部分だけなら、ただのダンジョンマスターだろう。


 だが彼女は、全ての神造ダンジョンと言った。


「……ダンジョンマスターたちの元締めみたいな感じか? つまり魔王的な?」

「それはもう一人の管理者のあだ名ね。ってかこの世界の魔王システムはすでに壊されているらしいから、厳密には本物でもないんだけど」

「はあ」


 ぶっちゃけ意味がわからない。というか魔王だの何だの、世界の根幹に関わるような――言わば物語フィクション的なことは悠斗は関わらないと思っていたので、理解が追いつかない。


 ……まあきっとその辺りは聖剣の勇者(他称)であるけんざきがなんとかするだろう。たぶん。


 そんな人任せな思考を読み取ったかのように、ユイメリアがくすりと笑った。


「……、は?」


 何を言ってるんだコイツは?


 シャルに目を向ければ、黒猫は小さく頷いた。……ユイメリアの言葉を肯定した。


 眉をひそめてユイメリアに視線を戻すと、白い少女は意地の悪い笑みを浮かべて、


使。だから猫ちゃんの契約者は勇者候補だって認識されるのよ」

「は」

「そもそも神造ダンジョン自体が勇者を、そして人類を鍛えるためのものなのよね。そのために三百年前、私たちは沢山のダンジョンを出現させたわけだし……」

「え」


「それなのになーんでかダンジョン配信なんて流行っちゃって……まあ人類ってそんなもんか。このままだと星ごと滅ぶけど」

「ちょ」

「なんてね」


 さらりと聞き流してはいけないことを喋って、ユイメリアはぺろりと舌を出す。


「実際どうなるかなんてまだわからないし、他の人たちも色々動いてるから、あんたが絶対に動かなきゃいけない……って状況でもないわよ」

「……、」

「というか私的にはあんまり関わってほしくない。ずっと千夏ちゃんを守っててほしいから」


 今までのどこかふざけた調子を消して、ユイメリアは真剣な目で悠斗を見つめた。


「ああもちろん、あんたにも危険なことはしてほしくないって思ってるわよ。親友だもの」


 三百年、という言葉が聞こえた。


 ユイメリアはそれだけ長い時を生きて――それがどんな方法かは知らないが――それでもなお、悠斗を親友だと称した。


「私からのお願いは、ただ一つ。――千夏ちゃんを守ってほしい」

「……言われずとも。コイツは俺の、パートナーだからな」

「わーお。それはどういう感情で?」

「わかってんだろ」


 無駄にキラキラした目を向けてくるユイメリアにうんざりする。と、白い少女は苦笑して、


「うん、知ってる。――ヤト。

「そうだな」

「心の通った親友、絶対に裏切らない相棒……そんな存在と一緒にいたいだけ。……そしてたまたま相手が異性だっただけ。そうよね?」

「ああ、そうだ」


 千夏に向ける感情は、ユイメリアに向けていたソレと同質のもの。


 だから、千夏が言っていた「失恋」というのは、間違いだ。


 今も昔も、悠斗が求めていたのは恋人ではなく――相棒で。


「でもま、恋人でも良いんじゃない?」


 あくまで気楽な調子で、ユイメリアはそう言った。


「両立できるでしょ。相棒も、恋人も。むしろ人生の相棒って言い換えたら、結婚相手みたいな感じじゃん」

「……同じじゃない。感情の性質が違う」

「そうかしら?」

「お前が恋愛初心者だからわからないんじゃねえの?」

「失敬な、私にも恋人くらいいるわ」


 ちょっとびっくりした。コイツにまさか、そんな存在がいるだなんて。


 悠斗の反応から何を思ったのか察したのか、ユイメリアは半眼になりながら言う。


「馬鹿にしてんのか貴様ぁ」

「いや、だって、最近色々言われてるけど、それでも世間的にはまだまだ厳しくないか……? 

「何言ってんのあんた、ここは異世界なのよ?」


 どや顔がウザい。


 ……異世界だから常識が違う、というのはわかるが――そもそもこの世界は同性愛に寛容なのだろうか? 調べたことがないのでわからない。


「いやまあ一般的ではないけどね、特に三百年前なんかは」

「……、」

「でもイマジナリー恋人なんかじゃないわよ。そして相手が男でもない。超絶美少女よ。千夏ちゃんとおんなじくらい可愛くてカッコイイ」


 ユイメリアは微笑みを浮かべた。愛おしそうに、幸せそうに。


「……そうか。良かったな。おめでとう」


 そんな親友に素直に祝福を送っておく。ここで憎まれ口を叩くほど悠斗はひねくれてはいない。


 けれど――少しだけ、飲み下せない思いがあった。


 寂しさ、だろうか? 裏切られた、なんて思うのは勝手か。、それを忘れてしまったのか――あるいは乗り越えられたのか。


 と。


「――ぅん」


 悠斗が抱える千夏の体が、わずかに動いた。


「やば、ちょっと眠りが浅かったか」


 焦った様子でユイメリアは呟いて、


「私が伝えたかったのはそれだけ。猫ちゃんと一緒に千夏ちゃんを守って。……そして、幸せにしてほしい」

「つか、お前も直接守ってやれば良いんじゃねえの?」

「できないからこうして依頼してるんじゃない」


 ユイメリアの体が――映像がブレる。


 飛ばしていた影を消そうとしているのだ。


 逃げるように――いや、実際に逃げているのか。千夏から。


「……少しくらい話せば良いのに。家族なんだから」

「あはは、まだちょっと怖いかな」

「意気地なし」

「うるせえ朴念仁」

「……何でお前にそんなこと言われるのやら」

「じゃあすけこまし」

「ひっでえ」


 軽口の応酬に懐かしさを感じて。


 完全に消える前に、悠斗は問いかける。


「……もうお前とは、会えないのか?」


 きょとんとした顔があった。

 それからユイメリアはふっと笑って、


「寂しいのかー? お姉さんと会えなくなるのが」

「うっせえ。三百年も生きてんならおばあさん通り越して亡霊だろ」

「ぶち転がすぞ小僧めが。……私はあるダンジョンの奥地から離れられないけど、たまになら猫ちゃんを通じて話せるわよ。起きてれば」

「……お前、夜行性だったっけ?」

「いんや、二十四時間ログインしてるタイプだったよ。今は逆に二十四時間寝てるけど」


 じゃあ連絡取れねえじゃん。

 呆れながらそう返したが、返事はなかった。


 白い少女の姿は完全に消えていた。


「……、」

「ゆう、と……?」


 と、千夏の唇がわずかに動く。うっすらと瞼を開け、琥珀の瞳がゆっくりと焦点を合わせていく。


「……おはよう、千夏」

「ん……なんで、わたし……寝て……?」

「変な魔女が来て催眠テロを起こしたんだよ。そいつはもう帰ったけどな」

「魔女……?」


 眉をひそめる千夏に、悠斗は苦笑を返した。


「……女?」


 ――あれ、なんだか気温が下がって……?


「……どんな奴よ、その女って」

「え、そこに反応するの? 別に浮気とかそういうのじゃないんだが?」

「教えなさい、どんな女? そしてあんたはどのくらいデレデレしてたの?」

「してないが? あいつにそんな目を向けるわけないだろ、見た目と正反対の中身をしたドブ川女だぞ」

「ふぅん。……ずいぶんと仲が良さそうだけど」

「勘弁してくれ……」


 どう説明すれば千夏は矛を収めてくれるのか。

 悠斗が頭を痛めていると、千夏の視線は黒猫へと向かっていた。


「シャルちゃん?」

「にゃん(まあある意味ではイチャイチャしていたかもな)」

「は?」

「違いますそんな事実はございません! おいこらクソ猫テメエまぎらわしいこと言うんじゃねえよっ」

「にゃあ(昔の女と久しぶりに会って盛り上がっただけだな。なにもやましいことはない)」

「言い方ァ!」


 ぎゅう、と。千夏が悠斗の体に抱きつき、体重をかけてくる。


 突然のことに悠斗は支えきれず、尻餅をついてしまった。


 千夏は馬乗りになって、こちらを見下ろす。


「ち、ちなつ、さん……?」

「悠斗」


 名前だけ呼んで、しばらく千夏は黙りこくった。


 琥珀の瞳が揺れ動いている。唇がもにゅもにゅ動いて、でも言葉は出てこない。


 ややあって。


 千夏は目を閉じた。

 そして、顔が降りてくる――。


「ん」


 唇を合わせる。


 熱い吐息が零れ、互いの体温を交換する。


 数秒の交わりを堪能して、千夏はわずかに顔を上げた。


「……悠斗。わたしだけを見て」


 少女は縋るような目をしていた。


「わたしだけを、感じて。今、あんたの前にいる、わたしだけを」


 悠斗の心に残る存在を塗り潰さんと、再び粘膜を接触させる。


 舌を入れ、唾液を混じり合わせ、濃密な感情と共に熱を送り出す。


 それは一方的に愛を求める行為。


 ……それではいけないと、わかってはいるが。


「好きよ、悠斗。愛してる」




 いつか――その想いが変わる日が。


 あるいは、自覚するときが来るまで。


 二人は、歪な関係を続けるのだろう。






――――――――


 第一章・完、的な位置づけです。一応一区切りです。

 次回は軽くキャラ紹介の予定です。

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