第43話「これから」
当然と言えば当然だが、あの生配信は燃えた。
……底辺配信者なので規模は小さいが、「女性配信者が男性と親密な関係をにおわせるようなことをし、これからその男性と二人で画面に映る」などと言い出したのだ。あのときの視聴者は見事にバッド評価を付けていった。
低評価割合は九割。しかも評価自体普段は合計しても一桁しかないのに、今回は二桁台に乗って、この割合である。
アーカイブ(生配信をリアルタイムで見られなかった視聴者が後から見られるように、残しておく機能)は残さないようにしたため、これ以上低評価が増えることはない。ただし、視聴者が何らかの方法で動画を保存していたり切り抜いていたりした場合、悪評はどんどん広まってしまうだろう。
ただ――幸いと言うべきか、『あまみゃんチャンネル』は底辺も底辺であるため、拡散するような人間は湧かなかった。というか、拡散しようとしても誰も食いつかなかった、と言うべきか。
新人発掘系の掲示板などでは多少話題になったようだが、それも長くは続かなかった。あの生配信の翌日の昼には話題に上がらなくなっていたほどである。ネットの住民は、星の数ほどいる底辺の不祥事で騒ぐほど暇でもなかったということだろうか。助かったと言えばいいのか、チャンネルの注目度の低さに悲しめば良いのか……。
早めに対処した方が良い。
そうわかっていても、すぐにアクションを起こすことができない。
「……、」
だが雨宮は「これからは悠斗と一緒じゃないと撮らない」と言った。
演者が拒否する以上、無理に方針を強要することはできない。……そもそも生配信であんなことをしておいて、再び雨宮一人での活動を同じチャンネルで続けること自体が難しい気もするが。
自然、新しく方針が定まるまで活動休止状態となることに。
色々アドバイスをしてくれたミーシャにも申し訳ないことをしてしまった。ミーシャは「もの凄い荒療治みたいな感じだけど、あとから炎上するよりはマシじゃないかな」と励ましてくれて、さらに「本格的にカップルチャンネルにするなら、そっち方面のアドバイスもできるように準備しておくね」と言ってくれた。本当に彼女には感謝してもし切れない。
ちなみに、雨宮はずっと上機嫌だった。
悠斗はチャンネルのこれからについて大いに頭を悩ませているというのに、雨宮はニコニコしながら『
昨日の今日なのだ。雨宮と一緒の空間にいるとどんなことを言ってしまうかわからない。
自分の心を整理するためにも、悠斗は部屋を出て散歩でもすることにした。
目指す場所などない。ふらふらと歩くだけ。ダンジョンに潜る選択肢もあったが、難易度の低い場所であろうと危険地帯であることに変わりはないので、考え事には向いていない。なんとなく人を避けて静かな場所に引き寄せられるようにして、足を動かす。
『一年以内に登録者百万人なんて、本当に達成できると思ってる?』
雨宮の問いが、脳裏に蘇る。
できるかできないか、なんて考えている場合ではない。
できなければ死んでしまうのだから、具体的な方法論も道筋も見えていなくたって、取りかからないわけにはいかない。
『あんた、別に来年も生きていたいわけじゃないでしょ?』
「……、」
教室での様子だとか、失恋がどうだとか。雨宮に指摘されたことは、一度脇に置いて。
さて。
自分の本心はどうだろう?
「……俺は」
――二年前、ユイメリアがゲームにログインしなくなって、ショックを覚えたのは確かだ。
あえて他の連絡手段を作っていなかったため、ゲームにログインしてくれなければ相手の安否すらわからない。忙しくなってログインできないのか。あるいはPCが壊れてゲームができない状況なのか。……単純に飽きてしまったのか。
リアルでユイメリアと会った場所にも行ってみたが、彼女を見かけるようなことはなかった。
悠斗にできたのは、いつか帰ってくることを信じて、ゲームで待ち続けるだけ。
……半身を失ったような喪失感だった。
ユイメリアという人物は、悠斗にとって親友で、仲間で、相棒だった。
そんな人を失って、ただただ無為に待ち続ける日々を雨宮に「死んだように生きていた」と言われても仕方がない……のかもしれない。
「……俺は、」
だとしても。
……悠斗は別に、生きることを諦めていたわけではない、はずだ。
そもそも「生きる意味」だなんて、高校生の何割が持っているものなのか。
自分がどう生きたいか、何をするために生きるのか……そんなご立派なものを明確に定めて生きているような人間が、果たしてこの世の何割いるだろうか?
皆なんとなく生きている。
死ぬのがなんとなく嫌だから、生きている……そんなものではないだろうか?
これは悠斗が適当で無気力な人間だからそう考えるだけなのかもしれないが――。
それでも、「鬼畜な条件を与えます。クリアできなければ一年後に死にます」なんて理不尽なことを言われて、すぐさま諦めるほど人生に絶望してはいない。
「それに、」
ひょっとしたら。
自分だけだったら、心が折れて、諦めていたかもしれない。
でも、自分にはパートナーがいた。
誰かと一緒というのは、それだけで心強いものだ。
特に最近は、ユイメリアと二人でゲームをしていたときのような、充実感すら覚えていたというのに――。
『わたし、悠斗と一緒に動画を撮るのが楽しい』
『二人で画面に映って色んなことができたらもっと楽しくなるって、思ったの』
『最後のときまで、楽しいことをしていようよ』
「……、」
ああ――。
もしかしたら、だけれど。
雨宮も悠斗と同じような感情を持っていたのだろうか――。
「
ふと、背中に声がかかった。
思考の海から浮上する。
思ったよりも長い時間放浪していたようで、夕陽が街をオレンジに染め上げていた。
声の方に振り向けば、茶髪サイドテールの少女が立っていた。
「……
どうしてこんなところに、という問いを乗せて名を呼べば、彼女は嫌そうに顔をしかめて、
「いい加減名前で呼ぶのやめてくれ」
「でもお前、俺の下僕じゃん」
「クソ猫の下僕であってお前の下僕じゃねえよ」
シャルは悠斗の使い魔なので実質下僕、そして下僕の下僕は下僕である。だからといって変な命令なんぞする気もないが。せいぜいこき使う程度である。
……とはいえ勢いで言ったまま修正する機会を失っただけ、というのが真実なので、根っこが小心者な悠斗は密かにやめたいと考えていた。嫌がる女子を名前呼びし続けるとか、心臓が鋼鉄でできていないと難しい。
「……ああ別に、お前から名前呼びされるのが特別嫌って訳じゃねえよ」
「え、そうなのか」
「特別」ってところがミソである。つまり「際立って嫌」というわけじゃないだけ、なんなら「普通に嫌」と言い換えられる可能性もある。……やっぱり嫌がられている!?
「こうして共同生活するハメになってるんだからな……なるべく仲良くしていきたいって気持ちはある。同じ雨宮信者だしな」
「信者じゃないが?」
すかさず否定するが、美織は無視。
「何ならこっちも名前呼びしたいところなんだが……」
「は? 普通にすれば良いだろ」
カーストトップ層の陽キャがそんなことを躊躇するなんて、などと(一部の人間に対する偏見で満ちた)失礼なことを考える悠斗。
美織はどうしてか呆れたような表情になった。
「……先を越されるのが嫌っていう乙女心を察して差し上げろ、信者一号」
「?」
「わからねえのか。……そうだな、お前があたしのことを最初に名前呼びしたときの雨宮の表情を思い出せ」
「はあ」
美織を最初に名前呼びしたとき――。
シャルがダンジョンコアの魔法に割り込んで、美織を下僕にしたときのことだ。あのときは、「使い魔の下僕は俺の下僕」理論を持ち出してマウントを取り、話の主導権を握ろうとしたのだが――。
果たしてあのとき、雨宮はどんな顔をしていただろうか?
「……覚えてない」
「そもそも見てなかったんだろうな。見てたら絶対名前呼びやめてただろうし」
「はあ?」
マジでどんな顔をしていたのだろう。ちょっと気になる。
「これであたしがお前のこと名前で呼び始めたら、あたしは今日の夕飯から『白米だけの刑』に処されるだろうな」
「なんでだよ」
「そういうことだよ」
「どういうことだよ?」
美織は大げさに溜息を吐いた。解せぬ。
「……ま、それについてはまた話すとして」
「はあ。……あ、苗字呼びにした方が良いですかね
「良いよ別に。とっととお前が雨宮を名前呼びしてくれれば解決する話だし」
「それは一生無理だと思うんだが……?」
「ハッ」
なぜか鼻で笑われた。どうして?
美織は仕切り直すように咳払いを挟むと、嫌に真剣な目でこちらを見つめてきた。その変わりようにやや気圧されながら、悠斗は見つめ返す。
「刈谷。お前はこれから、どうするつもりだ?」
「……、」
美織が訊いているのは、『あまみゃんチャンネル』の方針について。あるいは次に取るべき具体的なアクションについてか。
いくらか頭の中で考えたとはいえ、まだ形にはなっていない。
悠斗が言い
すなわち、
「諦めるのか?」
「――、」
「もう無理だと諦めて、生
美織が問うたのは、もっと手前のことだった。
――なんでそんなことをわざわざ訊くのだろう?
と、一瞬考えて。
気付く。
「――ああ」
訊かれるまでもない。
「諦めるわけないだろ」
悠斗は最初から、これからどうするかを考えていた。
ただしそれは、雨宮が言ったような「『条件』達成を諦めて、残り一年の時間を楽しく過ごすか、否か」――ではない。
ここからどうやって巻き返すか。
『条件』達成のためには、どんなことをすれば良いか。
悠斗の目的は変わっていない。
「状況が絶望的だってことはわかってる。でも、それはまだ諦めるには足りない。そうだろ?」
無理に格好付けるように言ってやれば、美織は複雑な笑みを浮かべた。安堵のような、どこか悔しさを滲ませているような。それがどんな感情によってブレンドされたものなのか、悠斗には理解できない。
「……そうか。なら、良かった。もし『諦めて雨宮とイチャラブしますぅ』なんて言い出したらぶっ殺すところだったぜ」
「こわっ。というかイチャラブとか、ラブコメ脳だなお前」
「……お前にも言われるのかソレ」
「?」
何やら美織はショックを受けているようだが、原因が不明なので悠斗は首を傾げるしかない。
「ま、……何はともあれ、諦めないなら良いさ。あたしとしても、お前らに死なれるのは困るしな」
「ん? ……ああ、生活費の話? お前なら頑張れば探索者として生きていけるんじゃないか? 戸籍もシャルが偽造……用意してくれたんだし」
「アホ。誰が友達が死んでも良いだなんて思うんだよ」
「……、」
あれこの人、普通に良い人では?
……そういえば
雨宮に対して屈折した想いを抱えているし、一度爆発もしたが……根っこのところは善人らしい。
「……んだよ」
生暖かい目を向けていたら睨まれてしまった。
「というかお前、次に何をすべきかわかってるよな?」
鋭い視線のままそう問いかけてくる美織に、悠斗はわずかに目を泳がせながら、
「あー……その、炎上対策とかリカバリーとか初心者にはわからんちんでして……」
「はあ」
「と、とりあえずは、まあ、雨宮と今後の方針を話し合うしかない……ですかね……?」
配信上級者(実際のところは不明だが、先輩であることは間違いないはず)な美織の顔色を窺いながらおずおずと答えると、深い溜息が返って来た。
ついでに舌打ちも一つ。
美織は馬鹿な奴を見るような目を悠斗に向け、言う。
「配信者として云々よりも、まず、やるべきことがあるだろ」
「と、良いますと……?」
ピクリと美織のこめかみが動いた。漫画的表現なら青筋浮かべてぶち切れる一歩手前みたいな雰囲気である。
「あたしは……あんま認めたくないけど、結局のところ信者だからさ。……こういう役回りからしてすでにイライラしてんだが」
「はい」
「それでも一応、壁になりながらカップリングを楽しむ程度はできる人種なわけよ」
「はい?」
いきなり何を言っているのかわからない。
怪訝な顔をする悠斗に、美織は再び大きな溜息を吐いた。
そして、呆れた表情で零すように言う。
「……お前のパートナーは誰だ」
「……、」
「今後の配信がどうのこうの、なんて後回しで良い。あいつにとってそんなことはどうでも良いんだからな」
雨宮は今日も変わらずノルマを要求してきた。
あの少女にとって、来年以降の未来がどうとかよりも、そっちの方が大事なのだろう。
それはすでに諦めているからか。
あるいは、それが彼女の支柱だからか――。
「まずは、言え。お前は諦めないと」
「ああ、俺は諦めない」
「そして、説得しろ。――あいつが来年以降も生きていたいと言えるように」
「……、俺にできるか?」
「できるかできないかじゃねえ、やれ。……少なくともクソ理不尽な『条件』を達成するよりも楽だろうよ」
パシンッ! と。美織が悠斗の背中を叩いた。
茶髪サイドテールの少女はにやりと笑って、
「ほら、帰るぞ。あのわがままな女王様を口説き落とすためにな」
夕陽に照らされる美織の顔は、眩しいほどに輝いて見えた。
……雨宮がずば抜けているせいで薄れているが、南雲美織も充分以上に美少女である。不覚にも見とれてしまった。
誤魔化すように目線を切って、悠斗は軽口を叩く。
「……わがままならむしろ姫様じゃねえの?」
「同級生をお姫様扱いはさすがにキショいぞ」
「女王様でも天使でも女神でも、
「違いねえな」
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