第33話「契約者」



 配信機材の追加購入やおりの装備の用意によって共有通帳の数字がかなり減ってしまったため、あまみやの命令(夕食の品数を使った脅し)を受けたゆうはシャルと一緒にダンジョンに来ていた。


 今まで稼ぎ場にしていた中級ダンジョン『愚者の墓場』は異常事態イレギュラー発生後の調査のため閉鎖されている。ゆえに今日挑戦したのは別の場所――等級は同じ中級だが、細かい区分では少し難易度が高いとされるダンジョン『緋色水晶の洞窟』だ。


 名前の通りに緋色の水晶でできた洞窟を、量産品の長剣を片手に悠斗は歩く。


「その辺の水晶の塊を持ち帰っても、装飾品の材料なんかに使えそうだよな。……売れたりしない?」

「にゃ(この種類の水晶は、場の特異な魔力に影響して色を変える。外に持ち出した瞬間、ただの石ころに戻るだろうな)」

「それは残念」


 そもそもこのダンジョンは封鎖されているわけでもアクセスの悪い場所に入り口があるわけでもないので、探索者資格があるなら入り口付近でうろちょろするだけでも水晶は拾える。仮に水晶に需要があったとしても、入手難度が低すぎるので大した値は付かないだろう。


 腰に付けたポーチにしまっていた腕時計(ダンジョン内では腕に付けると邪魔なので)を取り出すと、針は十六時を指していた。


「……そろそろ帰るか」


 悠斗たちの寝泊まりする部屋からこのダンジョンの入り口まで、徒歩+電車(魔力で動くらしいので正確には魔車?)で一時間半ほどである。夕食の時間を考えると、そろそろ引き上げた方が良さそうだ。


「まあまあ稼げたが……明日もどっかに潜らないとなぁ」

「にゃん(いっそのこと上級にでも挑めば良いであろう)」

「さすがにまだ不安。特に装備が」


 悠斗の装備品は、一般的な中級レベルの探索者よりもいくらか質の落ちるものだった。


 探索者の装備は高い。脱初心者した辺りから急激に値段が跳ね上がり、上級者用は服一枚で車を買えるレベル……なんてこともざらにある。モンスターの攻撃やダンジョンの過酷な環境に耐えうるものを作るのが、材料的にも技術的にも大変だというのが原因である。


 中級探索者に推奨されるような装備を一式揃えるとなると、最初に神が用意してくれた資金を全て注ぎ込んでも足りない。しかし悠斗の身体能力はシャルの契約と強化魔法のおかげで装備の不足を補えたので、こうして「装備に金をかけずダンジョンに潜る、ハイリスクハイリターン」な方法を採れた……が、それでも上級レベルに挑むのは躊躇われた。ゲームと違ってやり直しが利かリトライはできないのだから。


「稼ぐためにダンジョンに潜るが、もっと稼ぐためには金をかけなければならない……ままならないものだ」

「にゃん(悟った顔で格好付ける前に、一匹でも多く狩って素材を持ち帰る努力をしろ)」

「はい……」


 使い魔に叱られ、悠斗は見かけたモンスターを倒しつつ来た道を戻って出口に向かう。


 と、視界の端に違和感を覚えた。


「ん?」



 鋼鉄の扉が、水晶の壁に埋まっていた。



 明らかに周囲から浮いている鈍色のソレ。行きでここを通りかかったときには存在しなかったと断言できる。これだけ目立っていれば、見逃すなどあり得ない。


「……隠し扉? なんか条件で出現した、とか?」


 トリガーとなるモンスターの討伐、フロアに仕組まれたギミックの解除――ゲームのダンジョンであれば起こりうることを考えて、しかし悠斗は首を捻る。


 このダンジョン――というか基本的に現代に残っている中級以下のダンジョンは、そのほとんどが「踏破済み」である。


 この「踏破」というのは、最奥部のボスを討伐し、ダンジョンコアの部屋を発見・制圧した状態のことを言う。つまりは中級以下のダンジョンのほとんどは一度クリアされているのだ。ダンジョンからの出土品や探索者(もしくは許可を得た研究者や観光客)が齎す地元の経済効果を考えてコアの破壊(=ダンジョンの破壊)までは行わないが、内部は一通り探索されている。


 その踏破時に集めたダンジョンの内部情報は探索者協会が買い取り、保管している。そして、探索者はいくらかの金銭を支払えばその情報を閲覧することができる。悠斗も安全に関わるので(あと文庫本一冊買う程度の値段なのでそれほど躊躇しなかった)ダンジョンに挑む前に情報を買って読み込んでいた。


 もちろんこのダンジョン『緋色水晶の洞窟』も踏破済みであり、協会から買った情報には各フロアのマップに罠や仕掛け、出現モンスターの名前、判明している宝箱のランダムポップ地点など、詳細な情報が記されていた。


 だが――その中には、このような隠し扉はなかった。


「……未発見のエリアがあった、ってことか?」


 呟いて、すぐに自分で否定する。


 発見年数が比較的新しい、または人気がなく潜る探索者が少ないダンジョンならそれもあり得るかもしれない。だが『緋色水晶の洞窟』は百年以上前に発見されており、景観が良く出現モンスターの素材もそれなりに高く売れるので探索者の姿はそこそこ多い。


「にゃん(我が契約者よ)」


 と、肩に乗ったシャルが鳴いた。

 どこか硬い雰囲気のそれに悠斗はわずかな緊張を抱きながら、耳を(思念なので正確には頭を?)傾ける。


「にゃにゃ(この扉を開くのはやめておけ。確実に、異常事態が待っている)」

「イレギュラー……」


 またか、と口の中で呟き、悠斗は舌打ちした。


 どうして自分の周りではこんなにもイレギュラーが起きるのか。普段は起こらないからイレギュラーなのに、これではただのランダムイベントではないか――。


 そんな思考を遮るように、シャルは言った。


「にゃ(前回のことで確信したが、これは明らかに貴様を狙っているな)」

「は?」


 耳を疑った。


「……俺はただの一般人だぞ。そういう物語的なやつはけんざきの領分だろ」


 お姫様だの勇者だの波瀾万丈な歩みをしている聖剣使いの名を出すが、シャルは彼に対しては言及しなかった。代わりに出した名前は――。


「にゃあ(正確には貴様と我、そして小娘だな)」

「……雨宮のことか?」


 シャルが言う「小娘」は美織の場合もあるが、どうやら正解だったようだ。シャルは小さな頭で頷いて、続ける。


「にゃん(貴様と我が共にダンジョンに入ると、このような異常事態に頻繁に遭遇することになるだろう。小娘がいれば可能性はさらに増すだろうな)」

「……リューレンにはめっちゃ潜ってたが、イレギュラーには会わなかったぞ?」


 美織の件は確かにイレギュラーだろうが、彼女が『リューレン地下洞窟』のダンジョンマスターになったのは神の影響だ。悠斗たちを狙ったわけではないはず。


「にゃ(いいや、下僕の小娘みおりの件も我らを狙ったものだ)」


 シャルは何かを思い出すように顎を少し持ち上げながら、続ける。


「にゃあ(あやつがあのダンジョンのマスターになったのは、あの日――あやつを我の下僕にした日から一ヶ月前だと言っていたな)」

「え? ああ、確かそんなことを言ってたな。俺と雨宮よりも二、三週間早く転生してたって」

「にゃん(恐らくそれ自体は間違いではないだろう。)」

「…………、は?」


 美織の記憶が誤っていた、ということか?


 ……美織は独りで転生し、食事も取れないまま薄暗いダンジョンの中で長い時間を過ごした。しかも自分が人類の敵だということまで知ってしまい、ダンジョン――すなわち自分のねぐらに侵入してくる者たちは自分を発見したら殺しにかかってくる状況に怯えながら。そんな状況下に長時間あれば、まともな精神を保つことはできないだろう。何らかの記憶違いがあってもおかしくはない。


 しかしシャルは、そういう人の心の働きは関係ないと否定する。


「にゃにゃ(本来は別のダンジョンのマスターだったのだろう。それがどこかは知らんが……。ダンジョンコアに触れて少々情報をが、あやつとコアの契約は約一週間前――我らが『リューレン地下洞窟』に潜った後だった)」

「なんで、そんなことが……?」

「にゃん(さあな。予想はできるが、詳細を語っても信じられまい。――神造ダンジョンの意志決定がそういうものだから、と今は認識しておけ)」

「どういうことだ……?」


 神造――神が作ったダンジョン。その意志決定。


 シャルの言葉を悠斗は正しく理解することはできなかった。推測することはできるが、それが合っている保証はないし、シャルも今は答え合わせをする気はないようだ。


「にゃん(……我が契約者よ)」


 じっ、と。シャルの赤い猫目が悠斗の顔を射貫く。

 その眼力に気圧されながらも見つめ返すと、シャルは唐突にある単語を思念に乗せた。


「にゃ(ユイメリア)」

「ッ!!」


 違う。

 それは名前だ。


 悠斗のよく知る――



「にゃあ(あるいは、雨宮ふゆという名を知っているか?)」



「――、」


 一瞬、思考が止まった。

 どうしてその二つの名前が並ぶのか。


 ……悠斗が知っているのは一つ目の名前だけ。だが、二つ目の名前は、その前半部分からいくらか推測できる。できてしまう。


「……ユイメリアは、日本にいた頃、ネットで出会った友人だ。何回かリアルで会ったこともある。二つ目の方は……知らない」

「にゃん(そうか。……これも運命なのかもしれんな)」


 そんなことを呟いて。


 この話題は終わったとばかりに、シャルは悠斗の肩から飛び降りてしまった。それから異常事態イレギュラーを閉じ込める扉に背を向け、勝手に歩き出す。


「お、おい、シャルっ?」

「にゃ(帰るぞ。我が下僕からパスを通じて連絡があった。貴様の嫁が『夕食には間に合うの?』だと)」

「雨宮は嫁じゃねえ! ってか、あの扉がイレギュラーなら協会に報告しないと――」


 扉に向かって指を差そうとして――気付く。


 なかった。

 周囲から浮きまくる違和感バリバリの鋼鉄の扉は、綺麗さっぱり消え去っていた。


 周りと変わらない緋色の水晶の壁を呆然と眺める悠斗の背に、シャルが鳴き声をかけた。


「にゃん(……我らが入らないと気付いたから、消したのだろう。本当に、我らを狙っているらしいな)」

「……、」


 体の芯が凍る感覚。

 頭の中は疑問で埋め尽くされている。


「にゃ(考えるのは後にしろ。中級程度とはいえ、ここが危険地帯であることに変わりはないのだからな)」


 シャルの思念に背中を押され、悠斗は暗記したダンジョンの地図を頼りに、やや不安定な足取りで出口へ向かった。


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